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「スパイってなに?」
と脇田が言った。
社長室で脇田と一緒になったとき、渚が彼にも蓮の家の話を振ったのだ。
脇田は、昨日、徳田に電話で聞いたと言っていた。
そして、その流れでうっかり、お隣はスパイの話をしてしまった。
「秋津さんの発想が妙なのは、お嬢様だから?
秋津さんだから?
渚の彼女だから?」
と畳みかけるように言われてしまう。
いやあの、秋津さんだからってのが一番気になるんですが……と思っていると、
「……確かに、人の正体ってわからないよね」
と含むところあるように、脇田は言う。
なんだろう? と思っていると、脇田は、こちらを見て、
「ああ、でも、秋津さんのことは大体わかってたよ」
と言ってくる。
「え?」
「お嬢様だって言うのはさ。
やっぱり見てればわかるよ。
お金に関して、緊張感がないって言うかね」
と渚と同じことを言った。
でも、想像していたより、家が凄かったんで、びっくりした、と言う。
「秋津会長の直系のお孫さんとはね」
「うち、兄も居るんですけど。
放蕩して飛び出して、私にお鉢が回ってきたっていうか。
和博さんの父親は、お爺様から見て、次男になるんですけど。
そのおじ様たちも、私と和博さんを結婚させたら、我が息子が後を継げるかもと言うので、押せ押せなんです。
でも、なんで、脇田さん、徳田さんからその話聞いたんですか?」
と言うと、脇田が、えっ、という顔をする。
「徳田さんって、自分から余計なことを話しそうにはない方ですが」
「それは……」
「脇田ー、そろそろ行った方がいいんじゃないか?」
突然、渚が話を遮る。
あー、そうだねー、とよくわからない誤魔化し方を脇田はする。
渚さんがなにか言って、脇田さんが徳田さんに電話したとか?
私の家のことを調べさせようと?
いや、渚さんは、早くから知ってたみたいだった。
じゃあ、なにを? と口では敵いそうにない渚ではなく、脇田を見る。
じーっと脇田を見上げていると、目をそらされた。
「……ごめん、秋津さん。
見つめないで」
ああ、すみません、と言いながら、まだ見ていた。
ちょっと違うことが気になったからだ。
脇田さん、男なのに、色が白くて、肌がすべすべだなあ。
お手入れとか特にしそうもないのに、としょうもないことが気になっていたのだが、渚がイラついたように言う。
「いいから、早く仕事に戻れよ、お前ら」
社長様がそうおっしゃるので、はーい、と社長室を出ようとすると、
「蓮、待て」
と言われた。
一瞬、脇田も振り返ったが、なにも言わずに出て行く。
扉が閉まるのを待って、側に来た渚が言った。
「蓮、こっちを見ろ」
は? と言いながらも、見上げると、
「俺を見てろ。
脇田より長く」
と言い出す。
「……なんなんですか」
と言ったが、まだ、イラついているように、いいから、と言う。
ちょっと笑ってしまった。
「笑わずに見上げてろ」
はいはい、と見る。
そうだ、この隙に、と思って、一応、訊いてみた。
「渚さん、脇田さんに、なにを調べさせようとしてたんです?」
「……俺はなにも命じていない」
「目をそらさないでください」
貴方が見てろと言ったんですよ、と言うと、渚は蓮の肩をつかんで抱き寄せた。
胸に押し付けるように頭を抑えつけられたので、顔が見えなくなる。
「えーっ、もうっ。
なんなんですかっ。
ずるいですよーっ」
「またなんか揉めてますね」
閉まっている社長室の扉を見ながら、浦島がパソコンのディスブレスから顔を上げ笑う。
傍目に見てる分には、まあ、微笑ましいカップルだ、と脇田は思った。
『人の正体ってわからないよね』
そう言った自分の言葉を思い出す。
社長室の中ではまだなにか蓮がわめいていた。
渚は、蓮の過去を洗えと言ったことを彼女に知られたくないようだった。
らしくもなく、本人に問いただす勇気がなかったことが、恥ずかしいからかもしれない。
いっそ、バラしてやろうかと思ったが、余計に愛が深まるだけのような気がして、やめておいた。
秋津和博のことは、ちょっと調べたらすぐにわかりそうだが。
蓮は、和博には気はないようだったから、渚が引っかかっているのは、誰か違う男の存在だろうと思う。
一番怪しいのは、前の会社だな、と思った。
っていうか、調べて、本当になにか出てきたら、どうしたらいいんだろう。
すぐに、渚に言うべきか。
まず、蓮に断ってからにするべきか。
恐らく、蓮は自分から言うと言うだろう。
でも、確か、蓮は渚と付き合うまで、誰とも付き合ったことはないと言っていたし。
彼女が嘘を言うとも思えないんだが。
なんなんだろうな、と思いながら、なんとなく、パソコンで以前、蓮が居た会社を調べる。
うおっ、雨だ。
傘ないのにっ。
仕事が終わり、玄関ロビーまで降りた蓮は、そこでようやく、雨が降っていたことに気がついた。
音もなく降っていたので、わからなかったのだ。
いつの間に~。
コンビニで傘を買おうかな。
いや、すぐそこだから、走って帰ろうかな、と思っていると、
「どうしたの? 秋津さん」
と声がした。
振り向くと、脇田が立っていた。
「ああ、いえ。
雨、降ってたんですね」
気がつかなかった、と言うと、
「もしかして、傘ない?」
と訊いてくる。
「そうなんですよー。
降ると思ってなかったから。
でも、すぐそこなんで、走ろうかな、と思って」
じゃあ、と脇田は軽い口調で言ってきた。
「僕が入れてってあげるよ。
ちょうど、あっちに用事があるから」
「えっ。
悪いですよ、そんな」
いいよ、いいよ、近いから、と言いながら、外に出た脇田は傘を差した。