額の中の2人の動きが、目視できるくらいに早くなっていた。5人の必死の叫びも虚しくとうとう2人は湖のなかに身を浸し始めている。
「アニキぃ………戻ってきて!!」
「悠くん!!ダメ!!」
「アニキ!そっちじゃないよ!」
「悠佑!悠佑ぇ!!」
狂ったようにその名を呼び続ける。
だめだ。悠佑の動きは止まらない。
…アニキは、もうこちらには未練がない?
あんなに、楽しかったのは、自分たちだけだった?
ふざけるな。このまま俺らの前からいなくなるなんて、絶対許さないからな。
ifは、大きく息をすいこむと、力の限り声を出した。
ずっと想ってた やっと君に伝えるよ
心の鼓動 止まらない
「!?」
仲間の視線がifにあつまる。
ちょっと立ち止まって そっとこれまでの君と
僕の物語 綴ろう
Seventh。自分たちの代表作。
本気でぶつかった日々も 本気で笑いあった日々も
何一つも欠けちゃいけない力になるから
頼むから
気付いて!
これは……歌?
顔をあげる。明らかに今までと違う音。
歌っている。音は拙いが、これは歌だ。
なんの曲だろう。なんだか、懐かしい。
しかし。
「ぶはっ、みんな音程バラバラやん。」
つい、吹き出した。それほどまでに音程がぶれている。
「これが人気歌い手グループのクオリティかよ。人前では聞かせられんぞ。」
口にしてから、気がついた。
こいつらは…俺は…
ギュ、と少女の腕に力が入った。
「あ…ごめんな。何でもないんや。」
口ではそう言ったが、悠佑の心は完全に歌へとむかっていた。
君がいたから僕は笑えた
君がいたから本気で泣けた
君がいたから僕は歌えた
君がいたから前に進めた
君がいたから頑張れたんだ
君がいるなら僕は何回だって
叶えられる君と二人なら
少女の手が、悠佑の頬に触れた。
気づかないうちに流れていた涙を拭ってくれたようだ。
しかし、少女の顔は無表情だった。こんな表情は初めて見た。
「俺は、悠佑。いれいすってグループで歌い手してる。あいつらは同じグループの仲間たち。俺にとって何より大事な家族や。」
ゆっくり、口にする。
「いれいすは、これからもっと大きくなってでっかい舞台にあがるんや。みんな、その目標にむかって今までも突っ走ってきた。俺やて、足を引っ張らないよう頑張ってきたつもりや。でも…。」
悠佑が、少女をぎゅっと抱きしめた。
「あいつらはもう、俺なんかいなくても大丈夫や。だから、俺はお前とおる。約束は守るよ。」
顔は見えないが、少女が悠佑の方を見ているのがわかった。
歌は終盤にかかろうとしている。聞こえてくる歌声は涙ながらで、とても聞かせられるようなものでは無い。
「今はあいつらも悲しんでくれるだろう。それは悪いことしたな。でも、あいつらなら乗り越えてくれるさ。」
……いいの?
「ああ。あいつらはひとりじゃない。でも、お前は俺がいなくなったらまた1人になってしまうやろ。そんなの、辛いやん。」
……………!
たくさんの中のひとりじゃない 君のことちゃんと見てるよ
君じゃなくちゃ代わりなんて
絶対ないから
「……っ」
少女を抱きしめる悠佑の力が、少しだけ強まった。
そして
「……え?」
少女が、悠佑の体を自分から引き離した。そのまま湖のほとりへと押し返される。
「なんで……。」
倒れ込む直前、少女の口が動いているのが見えた。
何を言っているのかは分からなかった。
そこで、悠佑の意識は途絶えた。
歌い終わってしまった。
みんな涙でぐちゃぐちゃな顔をしてただ泣いていた。
額の中の悠佑は、既に湖から辛うじて頭が見える程まで沈んでいた。
もう、だめなのだろうか。俺たちの声はアニキには届かなかった………
パリン、と小さな音がした。
「え?」
見ると、額のガラスに、ヒビが入っていた。
ガラスの奥の風景画が、ゆら、と揺れたように見えた。
悠佑の頭の横で、あの少女がこちらを見ていた。
その表情は禍々しいものではなく、悠佑がずっと見ていたあの穏やかな顔だった。
口元が動く。
あーあ。いいな。羨ましいな。仕方ないな。
直接頭に言葉が響く。直後。
パン、と大きな音がして、額が弾けた。5人は衝撃に思わず目をつぶる。
そっと目を開けると、そこにはもう額はなかった。
かわりにそこには、5人が切望していた光景があった。
「アニキ!!」
その場で目を閉じたまま立ち尽くしている悠佑。
と、糸が切れたように悠佑の体が崩れ落ちた。
「……っ!!」
5人の手が悠佑の体を抱きとめた。
悠佑の体は暖かく、すうすうと寝息が聞こえていた。
「アニキぃ………。本当にアニキだ。」
「うん、悠くんや………。」
「アニキが戻ってきた!良かったよぉ……。」
「悠佑。ほんとに、心配かけやがって……。」
「ばか!もう、二度とこんな思いさせんなや………。」
しばらく、誰もその場から離れようとはしなかった。
悠佑は軽い栄養失調と診断され、一晩入院した。
退院後はいつもの悠佑で、どうやらあの不思議な数日間のことは覚えていないようだった。
ただ、あれ以降なにか吹っ切れているような、スッキリした表情になったように見えた。
「アニキ、早く行くよ!ちゃんと着いてきてる?」
「ハイハイ、わざわざ迎えに来んでもちゃんと遅刻せんで行けるよ。」
「だめ!アニキは俺らがきちんと見守ってなきゃ!」
「もー、なんなん、この前から。」
あれ以来、子供組は悠佑にべったりだ。今日も打ち合わせ会場であるないこの家まで悠佑の手を引っ張ってきた。
悠佑もなんだか嬉しそうに手を引かれて入ってきた。
悠佑がソファに座ると、今度はないことifが両隣にピッタリと座る。これにも苦笑する悠佑。
ああ、何気ないこの日常が、今は愛おしい。
ふと、部屋内に風がふいた。
窓も開けていないのに、その場の全員の体を撫でていく。
「……悠くん?」
「……あれ?なんで?」
悠佑の頬を涙が1粒2粒、こぼれた。何故かわからず、悠佑は首を傾げながら涙を拭う。
そっと目を合わせる5人。
どこかで水が跳ねる音がした。
終
何とか完結しました。
長文&拙い文章失礼しました。
こんな駄作にたくさんのハート、ありがとうございました。
また、お会い出来ますように……。
コメント
7件
全て見させて頂きました…!! 設定から6人の心情まで詳しく綺麗に表現されてあって魅入ってしまいました…w 第5話(間違ってたらすみません💦)でのホトケくんの僕らの声は聞き逃さないっていう言葉が刺さりまくりました…素敵な連載ありがとうございました!! フォロー失礼します🙇♀️