「あれれー、そこにいるのは佐橋さんかなー?」
姉と共に後ろを向くと、お洒落を頑張っているがお洒落ではない男の人が立っていた。
真っ黒というよりは、漆黒だ。
炭のように黒いロングコートに、悪魔払いが出来そうな大きな十字架のネックレスは、神父様と中学生男子だけが許される筈のファッションだが、この人は大学生だろうか。
その上、ダメージジーンズとは、ダメージが酷いものほどお洒落なのだと勘違いしていないかと聞きたくなるくらい大きく破れすぎたジーンズからは、太ももの毛が覗いていて不快である。
「先輩、こんにちは」
姉が麗を隠すように一歩前に出た。
「ごめんね、お話中に。友達?」
それは、謝っているのに何となく姉を嘲るような声音だった。
「高校の後輩です。今日は遊びに行く約束でして」
嫌な人なのだろうか。
いつもなら、姉は半分しか血のつながりのない麗を堂々と妹だと紹介してくれるのに、この男の人には誤魔化した上、麗に挨拶をさせるつもりもないらしい。
「そっかー、残念だなー。今日は佐橋さんが楽しみにしていた会社の社員さんにお話を伺う日なのに。来れないんだ、サークル」
姉から企業と大学生を繋いで、ビジネスを創造する? という如何にも難しそうなサークルに入っていると聞いたことがある。その活動だろうか。
それにしても、この男、全然残念に思っているように聞こえない。
(何なんだろう、嫌な人)
「日時の変更があったという連絡は頂いていませんでしたが」
姉の声音が一気に不機嫌なものになった。
麗など姉がいつも父に向けているこの声音を聞くだけでビビってしまうのに、平気なのだろうか。
「あれれー? 連絡行き違ってた? ごめんねー。先方のご都合で急遽変更になったんだー。サークルにしては珍しい時間帯だけど、もうすぐ始まるんだよねー」
尚も挑発しながら、視線は姉を舐め回す男を盗み見て、麗は気づいた。
「あ、なんや! この人、姉さんにフラれて逆恨みしてるんや!!」
麗がハッキリと大きな声で言い放った言葉に、男の顔がにわかに赤くなった。
「こら、やめなさい」
姉が笑いを堪えているので、大当たりらしい。
麗の頭の中で、商店街で半年に一回抽選会をやっている酒屋のおじさんが、大当たりのベルを鳴らしてくれている。ブランド牛くらい貰えそうだ。
「私、今日はこれで帰るね」
姉に仇をなす者に恥をかかすことができ、麗はとてもスッキリしていた。
ここまで来た甲斐があったというものである。
「気にしなくていいのよ。遊びに行きましょう?」
「姉さんこそ気にせんとって、なかなかお話聞けへん人なんでしょ? 私にはまた姉さんと遊びに行く機会はあるやろうし。折角、この足が冷えすぎて風邪ひきそうなジーパン穿いてる人が、間抜けにもギリギリで教えてくれたやからお話聞きに行って、ね?」
向けられた悪意が麗に向けてのものならスルーするが、姉を馬鹿にした以上、倍返しである。
姉は麗の全てだ。傷つけるものは許さない。愛する姉を守ることこそが麗の生きる意味なのだ。
「本当にいいの?」
姉が心配そうに麗の顔を見る。
「うん、頑張って」
だから、麗はにっこり笑って頷いた。
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