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「おはよう…」
7月に入り、いよいよ太陽も本気を出し始めた今日この頃。
今朝もカーテンの隙間から差し込む太陽の光と、じわりと肌にまとわりつくような熱気で目を覚ました。
寝汗で少し湿ったTシャツをパタパタさせながらリビングの扉を開けると、冷房の涼しい風がふわり頬を撫で、ほんの少し、意識が覚醒していくのを感じた。
「おはよ。」
「おはよ〜。」
リビングには誰の姿もなく、ただ朝のニュースが流れるテレビがついているだけだった。
ぼくはカチャカチャと音がするキッチンの方に足を向けると、既に朝食が出来ており、若井が涼ちゃんからスクランブルエッグが乗ったお皿を受け取り、ダイニングテーブルに運んでいる所だった。
そんな二人の自然な様子を見て、やっぱり気のせいじゃないよな、とふと 思う。
何があったのかは分からないけど、ルームシェア初日から、ずっとどこかぎこちなくて壁があるように見えていた二人の距離が、ここ最近少しずつ縮まっている気がするのだ。
正直、何があったのか聞きたい気持ちもあるけど、それは無粋な気がして、ぼくはそっと心の中で喜ぶだけにした。
「ん?元貴、なんかいい事でもあった?」
「んーん!別にぃ。」
・・・
今日もぼくと若井は一限から、涼ちゃんは三限から講義がある為。
涼ちゃんとはお昼に大学の食堂で落ち合う約束をして、若井と二人で家を出た。
今日は、一限も二限も、講義の最後に期末試験に向けた、レポート課題や試験範囲が提示された。
黒板に書かれた【提出期限】や【持ち込み可・不可】の文字を目で追いながら、いよいよ大学生活初めての試験が近付いている事を実感する。
「やばっ、そういえばあの講義、この前寝ちゃってノート取ってないんだよね…若井お願い!あとで見せて!」
「んー、まぁ、いいけど。その代わり、あとでジュース奢れよ?」
「ありがとう!喜んで奢らせて頂きます!」
午前中の講義を終わらせたぼく達は、初めての試験に向けてあーだこーだ言い合いながら、昼食を求めて、涼ちゃんが待って居るであろう、食堂へと向かった。
・・・
ざわざわと賑わう昼時の食堂に入り、辺りを見渡すと、直ぐにお目当ての人物を見つける事が出来た。
やっぱり、あの綺麗な青い髪はどこに居ても目立ち、いい目印になる。
ぼく達は、先に食券を買い、目当ての昼食を食堂のおばちゃんから受け取ると、先程見付けた涼ちゃんの所に向かっていった。
「涼ちゃん、席取りありがと。」
「うん。全然大丈夫だよぉ。あ、若井もA定食にしたんだ〜。 」
「おまたせー。」
「あ、元貴はまたオムライス?」
「うん!だって美味しいじゃんっ。」
若井とぼくは、涼ちゃんが取っておいてくれた席に涼ちゃんと向かい合うように座り、それぞれトレーの上の昼食に手をつけた。
「お水持ってくるねぇ。」
ぼくが来た時には既に半分ほど食べ終えていた涼ちゃんは、先に空になった食器を片付ける為に席を立った。
そして、ついでに空になったぼく達のコップも当たり前のように手に取り、トレーに乗せていった。
「おまたせ〜。」
「さんきゅ。」
「ありがとっ。」
しばらくすると、人混みを縫い、お水が入ったコップを慎重に運びながら涼ちゃんが戻ってきた。
「で、二人とも今日の講義が終わったらどうするの〜?」
涼ちゃんは席に着いてコップを置くと、さっきの話の続きを口にした。
「うーん。ぼく達は図書室に行こうかなって思ってる。涼ちゃんは?」
「僕も。今日は三限だけだから、それが終わったら図書室に行くつもり。仕上げなきゃいけないレポートが山ほどあるからねぇ。」
「3年生は試験の代わりにレポート評価が多いんだっけ?」
「そうだよぉ…もう地獄だよ…若井も2年後、同じ目に合うから覚悟しときなよ…」
「うぇー、脅すなよっ。」
「じゃ、三限の講義室少し離れてるとこにあるから先に出るねぇ。」
そう言って、涼ちゃんはコップの水を飲み干すと、少しげんなりした顔で席を立った。
・・・
三限、四限と午後の講義が終わったぼく達は、その足で図書室に向かった。
大学に入学して初めて行く図書室に少し迷い、壁に掲示されている案内板を確認しつつ、キャンパスの1番奥にやっとそれらしい扉を見つけた。
少し緊張しつつ、その扉を そっと開けると、ひんやりとした静かな空気が肌を撫でた。
入り口のカウンターで学生証を提示し、簡単な入館手続きを済ませる。
涼ちゃんからは、三限目の終わりに『グループ学習席の方に居るね』とメッセージが届いていたので、ぼく達はカウンターを抜けると、仕切りの少ないオープンなスペースの方に足を向けた。
静かな空気の中、パラパラと本のページをめくる音や、キーボードのタイピング音が微かに響いていて、なんだか背筋が伸びるような気がした。
いつもより少しだけ早足で進む若井の背中をぼくは無言のまま追いかけながら涼ちゃんを探す。
が、やはりあの青い髪はよく目立ち、ぼく達はすぐに涼ちゃんを見付けると、空いてた涼ちゃんの前の席に荷物を置いた。
「お疲れ〜。」
1人用の席とは違い、こちらの席は、会話がOKとなっているが、それでも涼ちゃんは周りに気を配るように、少し声のトーンを下げてでぼく達に話し掛けてきた。
その後、図書室利用が初めてのぼく達に、ぼく達がレポートで使いそうな資料がある棚の場所を教えてくれた。
ぼくと若井は手分けして棚を巡り、必要な資料をかき集めてくると、それぞれページをめくりながら情報を共有し、レポートの構成をああでもないこうでもないと悩み、たまに涼ちゃんに先輩ならではの助言を貰いながら、なんとか進めていった。
気がつけば、外はすっかり暗くなり、図書室の閉館を知らせる館内放送が流れる頃、ようやくぼく達は一息ついた。
大学の敷地を出た頃には20時を過ぎていて、今日の夕飯はどこかで食べて行こうと言う事になり、家から反対方向ではあるが、大学の近くにあるチェーン店の牛丼屋に向かった。
「二人とも、初日から張り切りすぎじゃない?大丈夫〜?」
ぐったりしているぼくと若井を見て、涼ちゃんはクスクスと笑う。
「…ぼく、レポート苦手。」
「おれも。」
3時間以上も作業していたのにも関わらず、資料集めすら終わらなかったぼく達は、早くもレポート作成の洗礼に打ちのめされていた。
「ははっ、最初はそうなるよねぇ。でも、そのうちなんとなくコツみたいのが分かってくると思うよ。」
まあ、コツを掴んでも、地獄には変わりないけど。と、 満面の笑みで追い打ちを掛けてくる涼ちゃんに、ぼくと若井は同時に肩を落とし、逃げ場のない現実に深い溜息をついた。