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「おはよう。」
「おはよ〜。」
「若井はー?」
「顔洗いに行ったんじゃないかなぁ?」
今日も外はいいお天気で、朝ご飯の前に、寝汗でベタつく顔を洗おうと、ぼくも若井が居ると思われる洗面台がある脱衣所に向かう事にした。
ガチャッーー
「ん?若井お風呂入るの?」
「汗、気持ち悪いからシャワー浴びようかと思って。」
「えー!いいなぁー!」
「一緒に入る?」
「入る! 」
キッチンの扉から廊下に出て、脱衣所の扉を開けると、服を脱いでる若井が居た。
中学から一緒で、お互いの家に泊まりに行った時や修学旅行など、ぼく達は、一緒にお風呂を入るのは当たり前。
だから、若井に誘われ、入ると即答したぼくは、何の恥じらいもなく服を脱ぎ始めた。
「相変わらずスタイル良くてムカつく。」
「まあね。おれは運動してるし。てか、元貴だって別に太ってなくない?意外と筋肉質だし…白いけど。 」
「うっせぇ。日焼けすると赤くなっちゃうんだから仕方ないじゃんっ。 」
若井は昔からスタイルがいい。
運動神経抜群で、程よい筋肉があって、足も長い。
顔だって、正直カッコイイと思う。
実際、ぼくとは真逆で中学・高校とずっとモテてきてたし。
告白されてる光景も実際に見た事がある。
でも、誰かと付き合ったと言う話は聞いた事がない。
前に気になって聞いた事があるけど、その時は『今は、サッカーが楽しいからそういうのはいいかな。』と言っていた。
じゃあ、大学生になった今はどうなんだろう?
若井なら彼女なんて直ぐに出来そうだけど…
「めっちゃ見るじゃん。」
気づけば、ぼくはシャワーを浴びる若井を無意識のうちにじっと見つめていたらしい。
視線に気付いた若井は少し恥ずかしそうにぼくを見て、そう言った。
「別にいいじゃーん。減るもんじゃないし。てか、もしかして、若井、恥ずかしいのー?」
恥ずかしそうにする若井が面白くて、ぼくはイタズラっぽくそう言うと、若井は少し口をとがらせて、もってたシャワーをぼくに向けてきた。
「うわっ!なにすんのさっ。」
「うるせー。そういう事言うからだろっ。」
ふざけたやり取りの中にも、少しだけドキドキする気配が混じっていて、 ぼくはなんとなく、その視線をもう一度だけ若井の身体に向けた。
……やっぱ、ずるいくらいカッコいいな、こいつ。
・・・
「ほんとに二人は仲良しだねぇ。」
脱衣所に行ったっきり、中々戻って来ないのを心配して涼ちゃんが呼びに来た。
『時間ないよ〜』とバスルームの扉の向こう側から声を掛けられて、ぼく達は急いでシャワーを終えキッチンに向かった。
時計を見ると確かにのんびりしていられない時間で、ぼく達は用意されたいつもの朝食を口に詰め込んでいく。
そんな慌てるぼく達を、二限からで余裕のある涼ちゃんはのんびり眺めながらしみじみとそう言った。
「…実は付き合ってたりしてぇ。」
それから、ぼくと若井を交互に見ながら、何を言うのかと思ったら、まさか発言。
『はぁ?!』と、反射的に声を上げそうになった ぼく達は、そろって朝食を喉に詰まらせた。
「うっ、げほっげほっ…!」
「ぐっ、ごほっごほっ…!」
「あはは、ごめんごめん。冗談だってぇ。でも、もしかして図星だった?」
苦しそうに水を一気飲みするぼく達を見て、涼ちゃんは謝りながらも、少し意地悪そうな笑顔でさらにからかってきたので、ぼく達はそろって声を張り上げた。
「そんな訳ないだろっ!」
「ありえないっ!」
・・・
今日の朝は色んな事があったけど、変わらず今日も講義が始まる。
先日、全ての教科のレポート課題と試験範囲が提示され、講義の内容も重要ポイントの復習などの内容が増えてきて、どことなくいつもよりピリついた雰囲気がしていた。
それなのに、ぼくはと言うと、今朝の涼ちゃんの発言が気になって、全然集中する事が出来ないでいた。
ぼくと若井が付き合ってるだなんて、やっぱり絶対にありえない!
だって、若井は大事な友達だし…
てか、そもそも男同士だし…
確かに若井はカッコイイと思うけど、でもそれはそういう意味でじゃなくて…
って、そういう意味ってなんだよ…!
「元貴。元貴てばっ。」
「……ん?え、なに?」
「なに?じゃないって。先生にあてられてるからっ。」
「おーい、大森ー。」
「えっ、あ……は、はいっ。」
若井に肘で小突かれて、ようやく先生に呼ばれている事に気付いたぼくは、慌てて椅子から立ち上がった。
「大森、今のポイント言えるか?」
「あの…すみません、聞いてなかったです…。」
「おいおい、大丈夫かー?まあ、皆も初めての試験で大変だと思うけど、講義でも結構大事な事言ってるから、気を抜かないようになー。大森、座っていいぞ。」
「…はい。」
恥ずかしさで、顔が熱くなるのを感じながら、先生に言われたとおり、席に座る。
すると、すぐに若井が小声で話し掛けてきた。
「目、開けたまま寝てたの ?」
そう言って、からかう若井に、ぼくは、若井本人に若井の事を考えてたなんて言える訳もなく、ぼくは顔を背けながら小さく『…うるさい』とだけ返した。
・・・
その後、二限目が終わり、ぼくと若井は食堂に向かった。
食券を買い、カウンターで食堂のおばちゃんからトレーに乗った昼食を受け取る。
生姜焼き定食と親子丼。
それぞれのお昼ご飯が乗ったトレーを手に、ぼく達は もう当たり前のように青い髪を探した。
「おまたせー。」
「あ、元貴。今日は親子丼なんだ〜!」
「うん。涼ちゃんはカレーだね。」
今日は、涼ちゃんの隣とその向かいの席が空いており、ぼくは涼ちゃんの隣に、若井は向かいの席に腰掛けた。
「そう!夏ってなんかカレー食べたくなるんだよねぇ。若井は生姜焼き定食かぁ。…て、ご飯多くない? 」
「うん、なんかいつもおばちゃんが勝手に大盛りにしてくるんだよね。」
どうやら若井は、最近、食堂のおばちゃんのお気に入りになったらしく、いつも何かと“サービス”されてしまうらしい。
「…食べ切れるかな。」
特に大食いな訳ではない若井は少し困ったようにトレーを見下ろし、『好意でやってくれてる事だから断れないんだよね。』とぼやいた。
「食べ切れなかったら僕に任せて!」
「助かる…!」
そんな若井に、痩せの大食いである涼ちゃんがちゃっかり助け舟を出しあげていた。
「てか、若井は年上キラーでもあるんだね。 」
「なんだよそれ。そんな事ないし、“でも”ってなんだよ。“でも”って。ってか、そもそも別にそんなモテてな…」
「あ!ひろぱじゃーん!サークル以外で初めて会ったねっ。」
若井がぼくの発言に否定しようとしたその時、背後からひょいと現れた人影が、若井に後ろから抱きついた。
「わっ、先輩…!びっくりしたー。」
「えぇ〜!びっくりした顔、可愛い〜!」
二人の会話を聞く限り、どうやらあの人は、サークルの先輩らしい。
胸元の開いたピッタリめのTシャツにミニスカート。
まるで“女の武器”を惜しげも無く使いこなしているような服装と、背中に押し付けられた大きな胸に若井もどこか満更じゃない顔をしていた。
これまでも、若井がモテてている光景は何度も見てきた。
なのに、今、その光景を見ているぼくは、胸の奥がチリッと妬けるように疼いた。
なんでだろう…?
大学に入学してからは、初めて見るから?
単純に羨ましいだけ…?
それとも…
今朝の、涼ちゃんのあの一言。
冗談だと分かっているのに、今日一日ずっと頭の中に残っている、例の言葉。
そのせいで、“ありえない考え”がふと浮かび、ぼくはそれを慌てて頭の中からかき消した。
「若井、モテモテだねぇ。」
若井と“先輩”と呼ばれている女の子との様子を見ていた涼ちゃんが、こっそりぼくの耳元で囁いた。
涼ちゃんには、何の悪気もないのは分かっている。
だけど、その一言が、ぼくの胸の奥を更にチリッ刺激した。
「ね、羨ましい。ぼくも、モテてる人生がよかったよ。」
気のせい。
そう自分にいい聞かすように…
ぼくは、そう言って笑ってみせた。
・・・
今日の講義が全て終わると、ぼく達と涼ちゃんは図書室で合流する。
これも、もうお決まりの流れになっていた。
この数日で、慣れないレポート作成もなんとか終わりが見えてきていたので、今日は気分を変えて試験範囲の勉強をする事に。
今も大量のレポート作成に追われている涼ちゃんや、一足先にレポートを書き終えた若井(悔しい事にぼくよりも少しだけ頭がいい)に教えて貰いながら、ぼくは黙々と問題を解いていった。
今日は、帰りにスーパーに寄ろうと昼間に話していた為、閉館の1時間前に切り上げ、まだ空が薄明るいうちに大学を後にした。
それからのスーパーに行く道すがら、家への帰り道、夕飯を食べながらの時間。
聞くタイミングは、 いくらでもあったのに。
どうしてだろう。
いつもなら、こんな事ないし、結構なんでも話してきた間柄で、聞きずらくて躊躇する… なんて事、なかったのに。
昼間の女の子と若井がどういう関係なのか。
ぼくは、その日、聞く事が出来なかった…。
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