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【 第10話 】
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夜風が静かに吹いていた。
駅へ向かう人たちの足音。
遠くを走る車の音。
そんなものは聞こえているはずなのに、秀哉の耳には自分の心臓の音しか入ってこなかった。
「 もう一回呼んでください 、 お願いだから ッ … ! 」
政裕さんはそう言った。
まるで大したことじゃないみたいに。
でも俺にとっては大したことだった。
とんでもなく。
だって今までずっと、
“ 政裕さん ”
としか呼んでこなかったのだ。
仕事相手だったから。
年上だったから。
それが当たり前だったから。
なのに。
一度だけ口から零れてしまった。
“ まさ ”
たった2文字 。
それだけなのに、どうしてこんなに特別なんだろう。
「 ……政裕さんでいいじゃないですか ッ 」
なんとかそう返す。
精一杯の抵抗だった。
けれど政裕は小さく笑った。
「 今の方が好きです 」
その瞬間。
秀哉は本気で帰りたくなった。
恥ずかしすぎて。
心臓が持たなくて。
でも政裕さんの顔を見ると、そんなこともできなかった。
困ったように笑っているくせに。
目だけは真っ直ぐだったから。
逃げられなかった。
秀哉は観念したように息を吐く。
「 ……まさ 」
今度はちゃんと呼ぶ。
誤魔化さずに。
逃げずに。
政裕を見る。
すると政裕は一瞬だけ目を伏せた。
そして小さく笑った。
その笑顔が妙に柔らかい。
現場では見たことのない顔だった。
「 ありがとうございます 。めちゃくちゃ嬉しいよ ッ … 、 」
そんな大袈裟な。
そう思うのに。
政裕さんが本当に嬉しそうだから何も言えなくなる。
二人の間に少しだけ沈黙が落ちる。
やっぱり気まずくはない。
でも落ち着かない。
さっきまで普通に話していたのに。
名前を呼んだだけで全部変わってしまったみたいだった。
思う。
もう駄目だ。
これ以上は本当に駄目だ。
好きになるとかじゃない。
そんな段階はとっくに終わっている。
認めてしまっている。
それなのに。
政裕は何も知らない顔で隣を歩く。
知らないわけないのに。
気付いていないわけないのに。
それでも何も言わない。
だから苦しい。
だから怖い。
「 秀哉 」
不意に呼ばれて顔を上げる。
政裕がこちらを見ていた。
少しだけ真剣な顔。
いつもより静かな目。
その視線だけで胸がざわつく。
「 今、すごく困ってます 」
思わず瞬きをする。
困っている?
何に。
そう聞こうとした時だった。
政裕は少しだけ苦笑する。
「 ちゃんと考えようと思ってたんです 」
秀哉の呼吸が止まる。
あの日の言葉だった。
『 ちゃんと考えたい 』
そう言った日から。
二人は少しずつ距離を縮めてきた。
仕事以外でも会うようになって。
メッセージをするようになって。
名前を呼ぶようになって。
でも答えだけはまだ聞いていなかった。
政裕は視線を逸らしたまま続ける。
「 もう少し冷静でいられると思ってました 」
秀哉は何も言えない。
ただ聞くことしかできない。
「 … でも無理みたいです 」
その声は小さかった。
けれどはっきり聞こえた。
政裕は少し笑う。
自分に呆れたみたいに。
「 会えば会うほど好きになりますし 」
秀哉の心臓が止まりそうになる。
「 今日だって… 」
政裕さんはそこで言葉を切った。
数秒だけ沈黙する。
何かを迷うように。
何かを堪えるように。
そして。
ゆっくりと秀哉を見る。
その目を見た瞬間。
秀哉は悟った。
ああ。
たぶん。
「 秀哉が名前を呼んだだけで嬉しかったです 」
夜風が吹く。
誰も動かない。
時間だけが止まったみたいだった。
その二文字はまだ聞いていない。
でも。
政裕が何を伝えようとしているのか。
何を隠しきれなくなっているのか。
全部分かってしまった。
秀哉は視線を落とす。
少し笑ってしまう。
だって。
ずっと怖かったのに。
ずっと不安だったのに。
今は不思議なくらい安心していた。
政裕さんも同じだったんだ。
苦しくなるくらい。
会いたくなるくらい。
その事実が胸の奥を温かくする。
二人の間にまた沈黙が落ちる。
でも今度の沈黙は違った。
言葉が足りないんじゃない。
言葉にしたら何かが変わってしまうから。
だから二人とも立ち止まっている。
あと一歩。
本当にあと一歩。
その距離だけが。
どうしても遠かった _ 。
・
・
・
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駅前の夜は静かだった。
人はたくさんいる。
車も走っている。
音だってある。
それなのに。
秀哉の世界は政裕さん、いや 、まさしかいなかった。
さっきから何度も思う。
あと一歩だ。
本当に。
あと一歩だけ。
なのに言えない。
怖いから。
もし違ったら。
もし自分だけだったら。
そんな不安を何度も抱えてきた。
けれど今は違う。
まさも同じだった。
会うたびに好きになって。
名前を呼ばれるだけで嬉しくて。
自分と同じように苦しくなっていた。
それが分かった。
だから。
今度は逃げたくなかった。
秀哉は小さく息を吐く。
そして政裕を見る。
政裕もこちらを見ていた。
まるで何かを待つみたいに。
「 ……まさ ッ 」
呼ぶ。
今では少し慣れた名前。
それでも胸は高鳴る。
政裕が優しく目を細めた。
「 … はい 」
その返事だけで。
本当にどうしようもない。
秀哉は少しだけ笑う。
きっと今。
情けない顔をしている。
それでもいいと思った。
この人の前なら。
完璧じゃなくてもいい。
そう思えたから。
「 ……俺 」
声が震える。
思ったよりずっと。
緊張していたらしい。
「 こういうの慣れてなくて ッ … 」
政裕は何も言わない。
急かさない。
ただ待ってくれる。
昔からそうだった。
倒れそうだった時も。
仕事で余裕がなかった時も。
いつだって。
だから。
今度はちゃんと言おうと思った。
秀哉は息を吸う。
そして。
まっすぐ政裕を見る。
世界が静かになる。
言った。
ついに。
ずっと言えなかった言葉。
何度も飲み込んだ言葉。
その全部を。
ようやく伝えられた。
「 好きです 」
もう一度言う。
今度は少しだけ笑いながら。
「 たぶん結構前から 」
恥ずかしくて仕方ない。
逃げ出したい。
でも逃げない。
政裕の返事を待つ。
すると… 、
政裕は少しだけ目を伏せた。
まるで安心したみたいに。
張り詰めていたものが解けたみたいに。
そして小さく笑う。
「 よかった … ッ 」
その声は。
驚くほど優しかった。
秀哉が瞬きをする。
政裕はゆっくり顔を上げた。
そして。
真っ直ぐ秀哉を見る。
「 …俺もです 」
心臓が跳ねる。
「 ずっと言わないようにしてました 、」
政裕は苦笑する。
「 でも無理でした ッ … 、」
秀哉は何も言えない。
言葉が出てこない。
嬉しすぎて。
信じられなくて。
胸がいっぱいで。
ただ立ち尽くす。
そんな秀哉を見て。
政裕は少しだけ困ったように笑った。
「 …だから 、 …… 」
一歩。
距離が近づく。
「 これからも会ってくれますか 、 ?」
秀哉は思わず笑った。
何を今さら。
そんなこと。
決まっている。
「 … 会おう 、 いっぱい ッ … ! 」
即答だった。
政裕も笑う。
その笑顔を見た瞬間。
秀哉は思う。
ああ。
本当に。
この人でよかった。
出会った日から。
少しずつ。
少しずつ。
綺麗にしてもらった気がする。
顔じゃない。
いつからか 、 心を。
毎日を。
生き方を。
そして気付いたら。
どうしようもないくらい。
深く。 深く。
政裕はふと笑う。
「 秀哉 。 いや、しゅう 。」
呼ばれる。
好きな声で。
好きな名前を。
「 はい 」
返事をすると。
まさは少しだけ照れたように笑った。
「 これからよろしくお願いします ッ … ! 」
秀哉も笑う。
たぶん今。
人生で一番幸せな顔をしている。
「 こちらこそ … ! 」
夜風が二人の間を通り過ぎる。
もう前みたいな距離じゃない。
もう仕事だけの関係じゃない。
もう。
名前を呼ぶだけの関係でもない。
これから先。
何度も喧嘩するかもしれない。
すれ違う日もあるかもしれない。
それでも。
きっと大丈夫だと思った。
隣にはまさがいるから。
そして。
政裕の隣には自分がいるから。
二人は並んで歩き出す。
同じ方向へ。
ゆっくりと。
・
・
・
【 君を綺麗にするたび、恋をする 】
~ 完 ~
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ど ~ でしたでしょうか ッ !
良ければまとめてでも 、コメントに感想をくれると嬉しいです !
そして … !
続編を書くか迷っております !
続編の需要はあるかなど 、教えて頂けたら光栄です ! 🫣💕
【 君を綺麗にするたび、恋をする 】
close ……
すすずめくん
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コメント
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「まさ」って呼ぶところ、もうずっとドキドキしながら読んでた……! お互い「会うたびに好きになる」って同じ気持ちで、でも言えなくて、でも最後にちゃんと伝え合えたのが本当に尊すぎた。完結編、最高だったよ。続編も絶対読みたい!🔥