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外は雨。
町はすっかり寝静まり、天井に打ち付ける雨音だけがよく響く。
家のすぐ隣に建つ小さな小屋。
古いソファと小さな本棚、お下がりの学習机をぎゅうぎゅうに詰め込んだ僕の隠れ家だ。
壁にかかった時計の針がもうすぐ深夜0時をさす。
秒針が真上に来たタイミングで、晴人はスイッチを入れる。
─こんばんは。雨音ラジオの時間です。
雨の日に深夜0時から放送してます。
初めての方も、そうでない方も今から10分だけ、お付き合いいただけると嬉しいです。
今晩は久しぶりの雨になりましたが、皆さんいかがお過ごしでしたか、、、
時計がちょうど0時10分になり、晴人はスイッチを切る。
雨の夜にラジオを続けて半年になる。
ラジオと言っても、ミニFMで、誰かに届いているかどうかも分からない。
最近あったことや、思ったことなんかを雨音のBGMに乗せて話すだけの自己満足な放送だ。
晴人はおじいちゃんっ子だった。
兄と妹がいるが、晴人が1番かわいがってもらった。
じいちゃんはよく小屋でラジオを聞かせてくれた。
声だけで紡がれていく話に、晴人は胸を踊らせた。
テレビっ子だった兄や妹と違って、晴人はラジオを聞きに小屋に入り浸った。
中学に入り勉強や部活が忙しくなると、おじいちゃんとラジオを聞く機会はどんどん減っていった。
次第に小屋からも足が遠のいていった。
中2の夏。じいちゃんが死んだ。
もともとの持病が悪化して、昔よりふた周りくらい小さくなり、最期は小さなツボにおさまってしまった。
よくなでてもらった大きい手は、もう二度と触れることも出来ない。
春が来て、兄が家を出るのと同時に家をリフォームすることになった。
「今小屋があるところにもう一台車を止めれるようにしよう。」
父がそう言った。
晴人は必死に頼んだ。
「小屋を残してほしい。ちゃんと管理するから!」
最初は反対していた両親も、晴人の熱意に負けて許してくれた。
その日、晴人は久しぶりに小屋の扉を開けた。
─こんなに狭かったかなぁ。
小さい頃は大きく感じたこの小屋も、久しぶりに入ると狭く感じる。
「これ、何だろう、、。」
小屋の奥に見たことがないダンボールが1つ置いてある。
中には機械の部品やマイク、アンテナなんかがいろいろ入っている。
よく見るとダンボールに小さく何か書いてある。
─ミニFM、、?
FMとはラジオのあれだろうか。
それにミニがついたのは一体なぜだろうか。
おそらくじいちゃんの物だろうが、こんな物がここにあるとは知らなかった。
晴人はスマホでミニFMについて調べる。
─個人で出来るラジオ放送ってこと、、?
どうやらこの箱の中身で簡単なラジオを放送出来るらしい。
─懐かしいなぁ。昔はよくじいちゃんと、ラジオDJごっこしたっけ。
忘れかけていた記憶が、急に鮮明に蘇る。
渋くてかっこよかったじいちゃんの声とまだ幼い晴人の声が、まだこの小屋のどこかから聞こえてきそうだ。
─じいちゃんは何のためにこれを持っていたんだろう。
「ごちそーさま。小屋で勉強してくる。」
夕飯を食べ終わると、晴人はすぐに小屋に向かう。
持ってきた勉強道具を置いて、晴人はしばらくスマホとにらめっこする。
─まぁ、どうにかなるか。
自分の部屋から運び出して、なんとか小屋の中に押し込んだ勉強机を作業台にする。
見様見真似でダンボールの中身を組み立てていく。
「これでどうだ、、」
かれこれ4時間以上格闘し、ようやくどうにか形になった。
─これ、ホントに電波にのってんの、、、?
「あー、あー、テステス。聞こえますかぁ。」
ラジオだから返事をくるわけがないことに気づき、晴人は苦笑いをする。
─明日学校だし、そろそろ寝ないとな。
晴人はスイッチを切り、小屋を出る。
1週間後、晴人は雨の中小走りで小屋に向かう。
─せっかくやってみようと思ったのに、やっぱり雨かぁ。
“晴人”という名前は、晴れてまわりを照らすような人になるようにとつけられたらしい。
晴れる人という名前をつけてもらったのに、晴人はことごとく雨男だ。
大事な日にはいつも雨が降る。
今まで、行事があるたびに雨が降った。
そもそも、生まれたその日にさえ雨が降っていたというのだ。
晴人はこの名前が嫌いではないが、自分には相応しくないといつも思っていた。
そんなことをまた思いながら、ラジオの準備をする。
この1週間、ラジオで何を話そうか考えていた。
喋りが得意なわけでも、面白いネタがあるわけでもない。
─どうせ誰も聞いてないだろ。
晴人は開き直って、考えてきたことを話すのはやめる。
一応、知り合いに聞かれないように、放送は深夜0時からに決めた。
あと少しで放送だというのに、雨が強くなってきた。
お世辞にも丈夫とは言えないこの小屋に、雨が激しくぶつかる。
予定時間になり、晴人はスイッチをいれる。
─えー。こんばんはー。
今からラジオを始めます。
名前はまだ決まっていません。
(あれ、どんな感じで話せばいいんだっけ。)
今日はあいにくの雨模様ですね。
ちなみに僕は生まれつきの雨男なので、今日の雨はたぶん僕のせいです。
雨音がうるさいですけど、僕の声は聞こえてますか。
もはや雨音しか聞こえない、雨音ラジオみたいになってるかもしれないですね。
そうだ、この番組の名前、雨音ラジオにしてみますか。
もし公募して、いい名前があったらその時は新しくします。
それまでは雨の日の深夜0時から雨音を放送する雨音ラジオをお送りします。
ラジオ名はメールアドレス
「アマオト ドット ラジオ アットマーク ドット コム 」
までお願いします。
今日はお聞きいただきありがとうございました。
また次の雨の日にお会いしましょう。
晴人はスイッチを切る。
最後の方は昔聞いたラジオを思い出してきて、勝手に適当な言葉が口から出てしまった。
子供っぽかったかなと少し冷静に戻る。
─どうせ誰も聞いてないだろ
今度は自分に言い聞かせる。
なんだか昔を思い出した。
じいちゃんがいたあの頃を。
─ちょっと続けてみようかな。
じいちゃんの命日がやってきた。
やはり空は黒い雲で覆われ、ジメジメとした空気が身体にまとわり付く。
雨は夜になっても降り続いた。
晴人は少し前から考えていた。
今日雨が降ったら、ラジオでじいちゃんのことを話してみようと。
いつものように準備をして、時間が来るのを待つ。
─今日はじいちゃんが聞いてる気がする。
気のせいかもしれないが、初めて誰かにラジオを聞かれるようで晴人は少し緊張する。
息を吐き、そっとスイッチを入れる。
─こんばんは。雨音ラジオの時間です。
雨の日に深夜0時から放送してます。
初めての方も、そうでない方も今から10分だけ、お付き合いいただけると嬉しいです。
今日は僕の祖父について話そうと思います。
─じいちゃんは、このラジオを始めるきっかけを作ってくれました。
小さい頃はよく、2人でラジオを聞いていました。
一緒にラジオごっこで遊んだりしました。
僕はじいちゃんとラジオが大好きでした。
大きくなるにつれて、忙しくなり、ラジオからもそしてじいちゃんからも離れていきました。
1年前の今日、じいちゃんは亡くなりました。
突然の別れじゃなかったから、もっとしてあげれたことがたくさんあったのになと、胸が苦しくなりました。
そんなある日、1つのダンボール箱を見つけました。
中にはミニFMを作るための機械や道具がたくさん入っていました。
そんなものがあったなんて、僕は全く知りませんでした。
理由を聞きたくても、じいちゃんにはもう聞けなかった。
じいちゃんのことを知りたくて、どうにか分かりたくて、このラジオを始めました。
「じいちゃん、、もっと話せばよかった。
もっと一緒にラジオを聞けばよかった。
もっと一緒にいたかった、、、」
スイッチを切る。
最後の方は感情が溢れてきて、なんて言ったかも覚えてない。
次の日の放課後、隣のクラスの女子に教室で呼び出された。
晴人の背中にクラスメイトの視線が刺さる。
人目を避けて、屋上に出る。
「えっと、話って、、」
ベタなシチュエーションに心拍が上がる。
相手に聞こえるんじゃないかと心配になる。
「あの、、昨日のラジオのことなんだけど、、」
「えっ、、、」
晴人は思ってもみなかった言葉に動揺する。
「ラジオって、、」
「雨音ラジオ。」
─聞いてる人がいた!?しかも同級生に聞かれるなんて、、
「私、家が電気屋で小さい頃からよくラジオを聞いてたの。
そしたらたまたま雨音ラジオを見つけて。
雨の夜はいつも聞くようになった。」
「い、いつも、、!?」
「うん。」
晴人は今までラジオで話したことを思い出し、この場から逃げ出したくなる。
─なんかまずいこととか言ってないよな、、
「3年前、うちのお店にあるお客さんが来たの。その人は、家でラジオを放送したいって言った。」
「それからちょくちょく店に来ていろんな物を揃えては、楽しそうにお孫さんの話をしていった。
私はそのお客さんの話を聞くのをいつも楽しみにしてたの。」
─それって、、。
「私はその人のことを神田のおじいちゃんって呼んでた。」
「、、じいちゃんだ。」
「神田のおじいちゃんはいつも、ハルトがね、うちのハルトはねって楽しそうに言ってた。」
晴人は視線を少し上げて、涙をこらえる。
「それで昨日の雨音ラジオを聞いて、これは神田くんの、ハルトくんのラジオなんだって気づいたの。」
「そうなんだ、、」
アスファルトの屋上に涙がおちる。
晴人は気づかれないように涙を手の甲でぬぐう。
「それでどうしても伝えなくちゃと思って、、」
「何を、、?」
「神田のおじいちゃんは、ハルトくんと家でラジオを放送しようとしてた。
でもしばらくして体調を崩したみたいで、ラジオをするのは先延ばしにするって言ってた。」
確かに、体調を崩したのはあの頃からだった。
「最後の部品を取りに来たあの日、おじいちゃんは言ったの。
ハルトがね、じいちゃんと本物のラジオをやりたいって言ったんだ。これでいつか一緒にできる。」
涙と嗚咽が溢れだす。
忘れてしまっていた。
昔の僕はラジオがほんとに好きだったんだ。
そしてじいちゃんのことも。
2人で本物のラジオが出来たら、昔の僕はきっと喜んだだろう。
それを叶えるためにじいちゃんは、一生懸命材料を集めてくれてたんだ。
「それなのに、、僕は、、果たせなかった。
そんなことを言ったことすら忘れてた。」
もう取り戻せない時間が、晴人の胸をしめつける。
「ハルトくんは晴れる人って書くんだよね。」
「えっ、、?」
唐突な話題に晴人は顔を上げる。
「私、神田のおじいちゃん言ってたこと、もう1つ覚えてるんだ。」
晴人は濡れた手で涙をぬぐう。
「ハルトは晴れる人って書くんだ。
でも晴れの人っていう意味じゃない。
雨の日を晴らすことができる、そんな人になる
ように付けたんだ。」
「ハルトが生まれたときは、雨が降っていた。
私が遅れて病室に着いたとき、
窓の外に急に光が差した。
まるで雨雲の中をハルトが晴らしてくれたみた
いに。
だから、晴人って名前を付けたんだ。」
知らなかった。
生まれた日は雨だったとしか聞いてなかった。
この名前はじいちゃんが付けてくれたんだ。
「晴人くんっていい名前だね。」
「え、、」
「だって雨の中を晴らすんだよ。」
晴人が今にも降ってきそうな空を見上げると、
期待を裏切らず額に雨粒が落ちる。
「うん、そうだね。僕もそう思う。」
「今日も聞けそうだね、雨音ラジオ。」
─あ、そうだった、、。
雨が晴人の涙を流していく。