第5話 〜接待〜
あらすじ
大森は、化粧を施されて接待先へ向かう。
そこで待ち受ける運命とは…
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大森を乗せた車は目黒に向かって走っていた。
「接待相手は湯ノ内さんだ」
「この前、謝罪の時にあっただろ」
飯田が大森に言う。
湯ノ内…
大森の脳裏に小太りの優しそうなおじさんが浮かぶ。
「え、あの人?」
「優しそうで安心したか?」
「…」
大森はつい、頷きそうになる。
わざとじゃないんでしょ?
仕方がないよー
大森くんも災難だったね
湯ノ内さんがそう言ってくれたから、あの場は纏まったような物だ。
あの人か…
「あ、の…」
大森が口を開く。
「湯ノ内さんってどんな方なんですか?」
飯田が頭を搔く。
「どんなねー」
「まぁ、一言じゃ言えないな」
「肌で感じてこい」
「いじわる」
大森は、ぼそっと言う。
飯田は大森をちらっと見ると、口を開いた。
「…見た目通りじゃないぞ」
飯田が付け加える。
「まぁ、いい社会経験なるんじゃないか」
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現地に到着すると、車は地下駐車場へと降りていく。
両開きの扉の前にぴたっと止まる。
「よし、降りろ」
「…はい」
大森は車から降りると、ドアマンから身分証の確認を求められる。
大森は免許証を提示する。
両開きの扉が開くと、廊下が数メートル続いている。
突き当たりには、もう一つ扉がある。
いかにもな場所だな…
大森は、もう戻りたくなる。
ちらっと飯田の様子を見た。
「なんだ?」
「手でも繋ぐか」
飯田が馬鹿にしていうが、大森は腕を掴んでくっつく。
「…」
「冗談だ」
「離れろ」
飯田が、きっぱりと言うが大森は無視して歩く。
ぱしっと飯田が大森の腕を払う。
大森は飯田を睨むという
「…」
「ひどっ」
「お前はもう湯ノ内さんの物だ」
「俺と腕組んで入ったら、この接待なんの意味も無くなるぞ」
「僕は物じゃない」
大森は、きっぱりと言い捨てる。
飯田が内側の扉を開ける。
意外にも扉の向こうは、和風な雰囲気が広がっている。
どこからか、 わいわいと盛り上がる声が聞こえた。
すたすたと歩いていく飯田を追いかけるように大森も歩く。
角を曲がると広い机を囲むように10人程度の人達が談笑をしている。
「湯ノ内さん」
「お疲れ様です」
飯田が にこやかに笑いながら、かみて に座る湯ノ内に挨拶をする。
「あぁ飯田くんー!」
「お疲れさま!!」
湯ノ内が嬉しそうな笑みで手をぶんぶんと、こちらに振る。
やはり、いい人そうに見える。
「大森くんも来たんだね」
「忙しいのにありがとね」
「いいえ、そんなこと…」
大森は首を振る。
「度重なるご迷惑、大変お手間をおかけしました」
飯田が姿勢を低くして謝罪をする。
大森も膝を揃えると頭を下げる。
「いいの!いいの!!」
湯ノ内が、飯田の肩をぽんぽんと叩く。
飯田が続けて話す。
「うちの大森が 湯ノ内さんにぜひ、お酌したいと」
「まぁ珍しい事ですが、いかがでしょう」
「おお、大森くんに注いで貰えるならどんな安酒も一級品だね? 」
湯ノ内はそう言うと豪快に笑った。
「ほら、隣座ってこい」
飯田が間髪入れずに指示する。
「は、はい」
大森は、急激に喉が乾く。
お酌ってなんだ
やったことも無い、ルールでもあるのか
大森は恐る恐る、湯ノ内の隣に座る。
「湯ノ内さん」
「…こんにちは」
なんか違う気もするが、とりあえず挨拶をする。
「あはは、大森くん今、夜ね」
「何か飲む?」
「…あ、じゃコーラーを」
特に深く考えずに言うと一瞬、場が鎮まった。
大森は、ひやっとして固まる。
「いや、すみません」
「こういう場に不慣れなもので」
飯田が後ろから、フォローを入れる。
「でも今日は何でもやるって、こいつも息巻いてるんですよ」
「な?」
「…あ、はい」
大森はとりあえず頷く
「じゃあ、一曲披露しろ」
「ほら」
飯田が後ろから言う。
大森は一瞬、時間が止まった。
「おおっー!?」
席が、一気に盛り上がる。
拍手と歓声が混じり合う。
何言ってくれてんだ、こいつは
急激に血の気が引いていく。
落ち着け
大森は震える身体を誤魔化すように笑う
歌うしかない、 アカペラでも
オケがなくても怖がらず、 テンポはぐっと落とそう
ピッチはいつもより少し高く
前よりも上に響かせるイメージで
それでいて人気の曲
「じゃあケセラセラ…を」
そう言いながら、大森は立ち上がる。
「おおーっ!?」
「よっ!!紅白歌手!!」
大森は、野次を適当に笑顔で返しながら心を作る。
心の中でゆっくりカウントを取る。
大森はブレスをすると、冒頭から歌う。
歌いながら、この部屋の共鳴が強い場所を探った。
音を斜め後ろに飛ばすと、よく音が広がった。
ここだ
大森は、そこに向けて音を飛ばす。
空間全体が大森の声で揺れると、 席の空気が変わるのが分かった。
大森は冒頭の部分だけ歌うと、さも 歌い終わったかのように振舞う。
「ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる。
もう十分だろ。
これ以上は歌いたくない。
「おぉー!!」
席の人達が拍手をする、大森はにっこりと作り笑顔で会釈して座った。
「いやー驚いたなー」
湯ノ内が関心したように言う。
「大森くん本当に歌が上手いね」
「え、嬉しい」
「最近、なかなか言って貰えないんです」
大森は、早く帰りたいなと思いながら人懐こい笑みで答える。
「えー…あ、そう?」
「そりゃ、今更って所があるんじゃないの?」
「こんなに上手いのにねー」
大森は、その返答におやっ?と思う。
意外いい返答だ。
もっと空っぽな物が返ってきて来ると思っていた。
「そうかも知れないです…」
「逆に失礼みたいな」
大森が言うと、湯ノ内が豪快に笑う。
「歌手に歌上手いって言って何が失礼なの」
「みんな気にしいだねー」
大森は頷いた。その通りだ。
「本当に 」
「僕はもっと褒めて欲しいです」
「そうだよねー」
「頑張ってんだからさ」
湯ノ内がしみじみと言う。
あれ…
大森はつい思う。
すごく、いい人じゃないか
さらに、追い打ちをかけるように大森の席にコーラーが届く。
「あ…これ」
大森が戸惑いながら言うと湯ノ内が笑顔でいう。
「いいの、いいの」
「飲みたいもの飲みなよ!!」
「不味いの飲んでもつまらないでしょ」
なんだ…すごく優しい。
むしろ、飯田の方が五十倍は怖い。
「あ、ありがとうございます」
大森は湯ノ内と乾杯をする。
グラスは下に下ろして乾杯するんだっけ
大森は湯ノ内よりもグラスを下にした。
「いただきます」
大森はコーラーを飲みながら、内心ほっとしていた。
思ったより大丈夫かもしれない。
大森は飯田の “見た目通りじゃない” という言葉をもう忘れていた。
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大森が二杯目のコーラーを頼んだ頃
大森は、やっと少し落ち着いて周りの状況を確認する。
飯田はとっくの昔に何も言わずに帰ったらしい。
正直、一言くらい欲しかった。
改めて、顔ぶれを見ると奇妙な事に気がついた。
社員の横には10代に見えなくもない男が必ず配置されている。
もしかして、彼らも接待という形でここにいるのだろうか
いや、そうなんだろう
そう思うと心が痛んだ。
しかし、他人の心配してる場合じゃないと自分で思う。
すると一人の社員が酒に浮かされたのか、叫ぶ。
「せい!せい!せい!!」
うるさいなと思いながら、つい眉間にシワを寄せる。
すると 周りの社員も笑いながら、手をリズムに合わせて叩き出した。
湯ノ内も笑いながら乗っているので、大森も遠慮がちに手を叩く。
その社員は、さらに盛り上がると続ける
「せい!せい!せいを!つけろ!!」
「せい!せい!せいを!つけろー!!」
大森はぞっとして、手を叩くのをそっとやめた。
なんか、気持ち悪い
その社員は音頭を取りながら冷蔵庫に向かうと、扉を開けて何かを取り出す。
「せい!せい!赤マムシー!!」
そう言うと、精力剤を席に見せつけた。
社員や少年が大爆笑をしている中
大森は一人だけ白けた想いで、それを見つめた。
なんだ、この気持ち悪い奴は
マムシはお前だ
大森は心の中で毒ずく
社員は どんどん冷蔵庫から、追加の精力剤を取りだす。
あっという間に10本程度が集まる。
すると、ガシャガシャと音を鳴らしながら配り始めた。
まさか
大森は開いた口が閉じない。
ここに居る全員で飲むつもりか。
大森はつい、湯ノ内を見つめた。
湯ノ内は別の方向を見ていて、気づいてくれない。
だが、この騒がしさで名前を呼ぶのも目立ちそうで嫌だった。
今は、とにかく目立ちたくない。
大森は遠慮がちに湯ノ内の服を引っ張って、こちらに注意を向けた。
「ん?」
湯ノ内が振り返る。
「あれってなんですか?」
大森はそれくらいは分かっていたが、聞く
「あぁ、精力剤だよ」
湯ノ内がさらっと言うと笑いながら言う
「まぁ昭和のレクリエーションだと思って」
「大丈夫」
「効果なんて、ないから」
効果があるとか、ないとか
そういう事を言ってるんじゃない
この席でこれを飲むこと自体に、嫌悪がある
大森はできるだけ柔らかく聞こえるように、でも声がよく飛ぶように発声した。
「精力剤って何のためですか?」
再び、席がしんと静まり返る。
「あ、」
大森は、やや困ったように肩を竦めた。
「ごめんなさい」
「僕…よく分からなくて」
変な空気になるが大森は、決して口を開かなかった。
すると社員がフォローを入れる。
「あ、ほら」
「おじさんたち、体力ないからさ」
「この時間になるとバテてくるんだよー」
社員達が笑う。
「そうそう」
「まだ若いから分からないかー」
口々に社員たちが言う。
大森は納得したように、言った。
「へー!!なんか新鮮」
「僕、考えたことも無かったです」
社員達が困ったように笑う。
「ま、まだ若いもんねー」
「大森くんには必要ないかな?」
結果、大森の席には精力剤は置かれなかった。
ほっと胸を撫で下ろす
コメント
14件
良かった良い人で、、!もっくんを応援したくなるっ!! まじ更新速度早い、、!ぴりちゃありがとー♡!!
大森さんがんばれー!! と思ってしまいました。 わたしは可哀想な大森さんが大好きです 毎回更新が早くて感激します大好きです
いいぞ…いい流れ、、、 大森さん負けるな! (形だけの応援) やっぱり私はぴりさんの作品に生かされているんだなぁ、と思えます!笑