テラーノベル
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冷蔵庫を開けたすちは、ぼんやりと中を眺める。
「……なんか甘いもんあったっけ」
勉強の合間。少しだけ糖分が欲しくなって、何気なく手を伸ばした。
目に入ったのは、小さなカップのプリン。
(あ、ちょうどいいな)
深く考えずに取り出して、スプーンですくう。
ひと口、ふた口。
「うま……」
なめらかな甘さに、ふっと力が抜けた。
――そのとき。
「ただいまー!」
玄関から元気な声が響いた。
「あ、おにいちゃんいるー?」
バタバタと走ってくる足音。
すちは最後の一口を口に運びながら、軽く返事をする。
「おー、おかえり」
リビングに入ってきたみことは、いつものようにランドセルを下ろし――
そのまま冷蔵庫へ直行した。
「えへへ、きょうね、プリンあるんだよね」
得意げな声。
その瞬間、すちの手が止まった。
(……あれ?)
みことは冷蔵庫を開けて、中をのぞき込む。
「……あれ?」
一拍。
「……ない」
声が小さくなる。
「……え?」
ゆっくり振り返るみこと。
その視線が、すちの手元――空になったプリンのカップに向いた。
「……おにいちゃん」
「……」
「それ……」
「……あー……」
すちはようやく気づいた。
(これ、みことのか)
一瞬で血の気が引く。
「……ごめん、食べちゃった」
正直に言った瞬間。
みことの顔が、ぐしゃっと歪んだ。
「……っ、」
唇が震える。
「……それ……ぼくの……」
ぽろっ、と涙が落ちた。
「ご、ごめん、知らなくて――」
「うわぁあああああああああん!!」
突然の大泣き。
リビングに響く大声に、すちは完全に固まった。
「ぼくのプリンんんん!!たのしみにしてたのにぃぃ!!」
ぼろぼろと涙をこぼしながら、みことは床にしゃがみ込む。
「ごめんって、ほんとに――」
「やだぁぁぁ!!」
手を振り払われる。
「おにいちゃんなんかきらい!!」
その一言は、思った以上に鋭く刺さった。
すちは言葉を失う。
そのとき、廊下から足音が近づいてきた。
「どうした!?」
父が慌ててリビングに入ってくる。
「すごい泣き声だったぞ」
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状況を見て、少しだけ眉をひそめる。
「……なんだ、プリンか?」
軽い口調でそう言った。
「そんなことで泣かなくても――」
「……っ!!」
みことが顔を上げる。
涙でぐしゃぐしゃのまま、叫んだ。
「そんなことじゃない!!」
父が少し驚く。
「ぼく、ずっとたのしみにしてたの!!」
声が震えている。
「おかあさんが、“あとでたべようね”って言ってくれたの!!」
「……」
「それなのにぃ……っ」
また涙があふれる。
「おにいちゃんなんかきらい!!」
そして、父の方をにらんで――
「おとうさんもきらい!!」
言い切ると、そのまま走り出した。
「みこと!」
止める声も聞かずに、階段を駆け上がる。
バタン、と扉の閉まる音。
しばらくして、小さく、でもはっきりと聞こえてきた。
――「うああああん……」
すすり泣き。
すちの部屋の方からだった。
リビングに、重たい沈黙が落ちる。
「……いや、でもプリンだろ……」
父がぽつりとつぶやく。
すちは何も言えない。
ただ、胸の奥がじわじわ痛かった。
(……やばい)
あんなに泣かせたの、初めてかもしれない。
そのとき、キッチンの方から静かな足音がした。
「……あなたたち」
母だった。
穏やかな声。でも、その奥にあるものは明らかに冷たい。
父が少し身構える。
「いや、俺は――」
「すち」
名前を呼ばれて、すちはびくっとする。
「……はい」
「なんで食べたの?」
責める口調ではない。
けれど、逃げ場のない問いだった。
「……糖分が欲しくて」
「誰のか確認は?」
「……してないです」
短い沈黙。
母は小さく息をついた。
「あなたは悪気がないのは分かる。でもね」
視線が少しだけ厳しくなる。
「“大したことない”って決めるのは、あなたたちじゃないの」
父の方を見る。
「子どもにとっては、大事なことなの」
父は言葉を失った。
そして母は、はっきりと言った。
「早く代わりのものを買ってきなさい」
「……え、今から?」
「今すぐ」
ぴしゃり。
「泣いてるあの子を、そのままにしていいと思うの?」
一切の迷いがない声だった。
すちと父は顔を見合わせる。
「……行くぞ」
「……うん」
慌てて上着をつかみ、家を飛び出す。
夕方の空気が、少し冷たかった。
玄関の扉が閉まる音のあと。
家の中では、まだ小さな泣き声が続いている。
ベッドの中で丸くなりながら、みことはぼろぼろ涙をこぼしていた。
「……おにいちゃんのばか……」
そうつぶやきながらも。
そのベッドは、すちのものだった。
玄関の扉が閉まる音が、静かに家の中へ響いた。
それを確認してから、母は小さく息をつく。
「……まったく、もう」
呆れと、少しの優しさが混じったため息だった。
リビングには、もう誰もいない。
聞こえるのは、二階からのかすかな泣き声だけ。
母はゆっくりと階段を上がる。
すちの部屋の前で足を止めると、そっと扉を開けた。
「みことくん」
やわらかな声。
ベッドの中で、布団にくるまった小さな体がびくっと動く。
顔はぐしゃぐしゃで、目も鼻も真っ赤だった。
「……おかあさん……」
しゃくりあげながら、顔を出す。
母は少しだけ困ったように笑って、ベッドのそばに腰を下ろした。
「バカ息子がごめんね」
そう言って、布団ごとそっと抱きしめる。
みことは一瞬だけ固まって――
そのまま、ぎゅっと母にしがみついた。
「うぅ……っ」
また涙があふれる。
背中をやさしく撫でながら、母は静かに問いかける。
「……そんなにプリンが悲しかった?」
その言葉に、みことは首を横に振った。
「……ちがう……」
小さな声。
「じゃあ、なにが悲しかったの?」
少し間があく。
唇をきゅっと結んで、言葉を探して――
「……ぼく……」
声が震える。
「……おにいちゃんに……」
ぽろぽろと涙が落ちる。
「きらいって……いっちゃった……」
母の手が、一瞬だけ止まる。
みことは必死に続ける。
「ほんとはね……」
しゃくりあげながら。
「おにいちゃんが……だいすきなの……」
言葉と一緒に、涙があふれ出す。
「でも……きらいっていったから……」
呼吸がうまくできないほど泣きながら。
「……おにいちゃんに…きらわれちゃったの……っ」
その小さな不安が、胸いっぱいに広がっていた。
母は、そっと息を吐く。
そして、もう一度しっかりと抱きしめた。
「大丈夫よ」
やわらかく、でもはっきりと。
「すちはね、みことくんのこと大好きなんだから」
みことの肩がぴくっと動く。
「……ほんと……?」
不安そうな目で見上げる。
母は優しく微笑んだ。
「ほんとよ」
ゆっくり、言い聞かせるように。
「あの子がどれだけみことくんのこと見てるか、知ってる?」
「……」
「宿題ちゃんとやってるか気にしたり、転ばないか見てたり」
くすっと小さく笑う。
「あなたが泣いたら、誰よりも慌てるのもすちよ」
みことは、じっと聞いている。
「だからね」
そっと頬の涙を拭ってあげる。
「“きらい”なんて言われたくらいで、嫌いになったりしないの」
みことの目に、少しだけ光が戻る。
「……ほんとに……?」
「ええ」
母は額に軽く口づける。
「むしろね、“言わせちゃった”って、今頃すごく落ち込んでると思うわよ」
その言葉に、みことは少しだけ目を丸くした。
「……おにいちゃん……?」
「そう。あの子、優しいから」
少しだけ誇らしげに。
みことは布団をぎゅっと握る。
「……ぼく……」
小さな声で。
「ごめんなさい、いう……」
母は優しく頷いた。
「うん。それがいいね」
そして、もう一度背中を撫でる。
「ゆっくり落ち着こうね」
「……うん……」
まだ涙は止まらないけれど、さっきよりずっと静かだった。
部屋の中には、やわらかな空気が戻っていた。
窓の外では、夕焼けが少しずつ夜に溶けていく。
その中で、小さな兄弟の気持ちも、ゆっくりとほどけていくのだった。
玄関の扉が、ばたん、と勢いよく開いた。
「ただいま!」
「す、すぐ戻ったぞ……!」
息を切らしながら帰ってきた父とすちの手には、それぞれコンビニやスーパーの袋。
中にはプリンやらゼリーやら、とにかく甘いものがぎっしり詰め込まれていた。
「……遅い」
リビングに立っていた母が、静かに言う。
その一言で、二人の動きがぴたりと止まった。
「みことは?」
すちが恐る恐る聞く。
母は短く答えた。
「泣き疲れて寝たわ」
その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられる。
「……起きてから」
母の視線が、すちに向く。
「しっかり謝んなさい」
「……うん」
素直に頷くしかなかった。
そして。
「――あなたは、これからお話があります」
空気が変わる。
ゆっくりと、母の視線が父へ向いた。
「え、俺?」
「そう、あなた」
にこり、と笑っているのに、全く笑っていない目。
「ちょ、ちょっと待て、俺そんな――」
「いいから来なさい」
ぴしゃり。
逃げ場はなかった。
「……はい」
父は観念したように肩を落とす。
「すちはいいわ。みことのところ行ってあげて」
「……うん」
すちは小さく返事をして、母に袋を預けて階段へ向かった。
背後では、ずるずると引きずられるようにリビングへ連行される父の気配。
そして――
「“そんなことで”って、どういうことかしら?」
静かで、しかし逃げられない声が響いた。
(……父さん、がんばれ)
心の中でだけそう思いながら、すちは二階へ上がる。
廊下は静かだった。
さっきまで響いていた泣き声が嘘みたいに。
自分の部屋の前で、足を止める。
少しだけ、躊躇する。
(……なんて顔して会えばいいんだ)
それでも、逃げるわけにはいかない。
そっと扉を開けた。
部屋の中は、薄暗い。
カーテン越しの光の中、ベッドの上に小さな影。
みことは、布団にくるまって眠っていた。
静かな寝息。
でも、その顔は――
「……」
すちはゆっくりと近づく。
ベッドのそばに腰を下ろした。
布団に触れると、ひやりとした感触。
(……濡れてる)
涙で、びしょびしょだった。
その事実が、胸に重くのしかかる。
視線を落とす。
みことの顔。
泣き疲れて眠ったままの、無防備な表情。
まつ毛は涙で濡れて束になり、頬は真っ赤に腫れている。
鼻も少し赤くて、時々小さくしゃくりあげるように息をする。
――どれだけ泣いたのか、一目でわかった。
「……ごめん」
思わず、声がこぼれる。
眠っているから、届かないのに。
「ほんとに……ごめん」
手を伸ばしかけて、止まる。
触れていいのか、一瞬迷う。
それでも、そっと。
みことの頭に手を置いた。
やわらかい髪。
いつもなら、撫でるとすぐ笑うのに。
「……バカだな、俺」
小さく呟く。
プリンひとつで――いや、違う。
あれは、ただのプリンじゃなかった。
楽しみにしていた時間で。
大事にしていた気持ちで。
それを、自分は簡単に奪ってしまった。
「……起きたら、ちゃんと謝るから」
静かな声で。
「いっぱい買ってきたし」
少しだけ苦笑する。
袋の中身を思い出して。
「……でも、それじゃ足りないよな」
ぽつり。
そのまま、しばらく。
すちはベッドのそばに座り続けた。
小さな寝息を聞きながら。
ただ、そばにいるように。
数十分後。
部屋の中は、すっかり静かになっていた。
さっきまでの泣き声が嘘みたいに、穏やかな空気だけが残っている。
すちはベッドの横に座ったまま、動かずにいた。
時々、みことの寝息に合わせるように、ゆっくりと息を吐く。
そのとき。
「……ん……」
小さな声。
みことの指が、布団の中でもぞりと動いた。
すちははっとして顔を上げる。
「……みこと?」
そっと呼ぶ。
みことのまぶたが、ゆっくり震える。
何度か瞬きをするようにして――
「……んぅ……」
少しずつ、目が開いた。
ぼんやりとした視線が、天井をさまよう。
まだ夢の中と現実の境目にいるような、頼りない目。
やがて、その視線がゆっくり横に動いて――
すちと、合った。
「……あ……」
一瞬、何が起きているのか分からないような顔。
「……おにいちゃん……?」
かすれた声で呼ぶ。
「……起きた?」
すちはできるだけ優しく、普段通りの声で返した。
その一言で、現実がはっきりしたのか――
みことの表情がわずかに変わる。
驚き。
安心。
そして――
じわり、と。
瞳の奥に水が溜まり始める。
「え、みこと……?」
すちが少し身を乗り出す。
「大丈夫か?」
声をかけた、その瞬間。
ぽろ。
涙が一粒、こぼれた。
「……あ……」
嫌な予感。
「ちょ、待っ――」
止める間もなく。
ぽろぽろ、ぽろぽろと、涙があふれ出す。
さっきよりも静かで、でも止まらない涙。
「……おにいちゃ……」
震える声。
みことは、ぎゅっと布団を胸の前で握りしめながら、必死に言葉を出そうとする。
「……きらいって……」
しゃくりあげる。
「いって……ごめんなさい……」
その一言に、すちは息を呑んだ。
「……え……」
「きらいはね……」
みことは涙を拭くこともせず、ただ必死に続ける。
「うそでね……」
声が途切れる。
呼吸がうまくできなくて、言葉が詰まる。
それでも――
「ほんとはね……」
ぎゅっと目を閉じて。
「おにいちゃんがね……」
また涙がこぼれる。
「だいすきなの……」
その言葉は、ぐしゃぐしゃになりながらも、まっすぐだった。
すちの胸が、強く締めつけられる。
「でも……でも……っ」
みことは首を振る。
「きらいっていったから……」
小さな体が震える。
「……きらわれるかもって……」
その不安が、声に全部出ていた。
「……ぼくのこと……」
息が詰まりそうになりながら。
「きらわないで……っ」
次の瞬間。
「うぇえええぇええん!!」
また大きく泣き出した。
さっきよりも、もっと必死に。
怖かった気持ちを全部吐き出すみたいに。
すちは一瞬も迷わなかった。
「嫌わないよ!」
強く、はっきりと。
ほとんど食い気味に言う。
「絶対嫌わない」
その声に、みことがびくっとする。
すちはすぐに続ける。
「俺がみことのこと嫌いになるわけないだろ」
少しだけ目を細めて、でも優しく。
「むしろ……」
息を吐く。
「悪いの、俺だから」
みことの目をしっかり見る。
「プリン、勝手に食べて」
自分でも苦笑してしまう。
「ほんと、ごめん」
素直に、まっすぐに。
少し間を置いてから。
「……いっぱい買ってきたんだ…。 プリンも、ゼリーも」
「いっぱい…?」
「あとで一緒に食べよ?」
やわらかい声。
みことは涙の中で、少しだけ目を瞬かせた。
「……いっしょ……?」
「うん」
すちは頷くと、そっと布団に手をかける。
「ほら、おいで?」
ゆっくりと布団をめくる。
みことの体はまだ少し震えていた。
「大丈夫だから」
そう言いながら、腕を差し出す。
みことは一瞬だけ迷うように見て――
そっと、その腕に身を預けた。
すちはそのまま、軽く抱き上げる。
「わ……」
控えめな声。
次の瞬間には、みことはすちの膝の上に座っていた。
向かい合う形。
すぐ目の前に、お互いの顔。
まだ涙で濡れた頬。
赤く腫れた目元。
すちはそのまま、ぎゅっと抱きしめた。
「……っ」
みことの体がびくっと揺れる。
でも逃げない。
それどころか――
ぎゅううっと。
力いっぱい抱きしめ返してきた。
服を握りしめる手が、震えている。
離れたくない、という気持ちがそのまま伝わってくる。
すちはゆっくりと、その背中を撫でる。
「みこと」
耳元で、静かに。
「大好きだよ」
低くて、落ち着いた声。
「ほんとに」
少しだけ力を込めて抱きしめる。
「嫌いになることなんて、絶対ない」
言葉を一つひとつ、ちゃんと届けるように。
「だから」
やさしく続ける。
「安心して、俺のそばにいて?」
その一言で。
みことの体から、すっと力が抜けた。
「……っ、うぅ……」
まだ涙は出ている。
でも、さっきとは違う。
怖さじゃなくて、安心したときの涙。
「……おにいちゃん……」
小さく呼ぶ声。
そのまま、さらに強く抱きつく。
「……だいすき……」
かすれた声で、でも確かに。
すちは何も言わずに、もう一度背中を撫でた。
ゆっくり、ゆっくりと。
まるで「ここにいるよ」と伝えるように。
部屋の中には、もう泣き声は響いていない。
ただ、静かな呼吸と、温もりだけがあった。
ふたりはしばらく、そのまま離れなかった。
みことは、すん、すん、と小さく鼻を鳴らしながらも、さっきより落ち着いている。
でも、まだ離れる気はまったくないみたいで――
ぎゅう、と。
小さな腕に、さらに力がこもる。
「……みこと?」
少しだけ顔をのぞきこむと、
みことは涙で濡れたまつ毛のまま、じっと見つめてきた。
「……おにいちゃん」
「ん?」
少しだけ間をあけて。
「……なかなおりの、ちゅーして?」
すちは一瞬だけ目を丸くして――
思わず苦笑する。
でも、その目はもう不安で揺れているわけじゃない。
ただ「安心したい」っていう気持ちがそのまま出ているだけで。
「……しょうがないな」
小さくため息をつきながらも、声はやわらかい。
すちはそっとみことの頬に手を添えて――
ちゅ。
軽く、優しく、頬にキスを落とした。
「……これでいいかな」
少し照れくさそうに言う。
すると、みことはぱちぱちと瞬きをして――
「……?」
やっぱり不思議そうな顔。
「ちがうよ?」
「……なにが」
「ちゅーはね、口にするんだよ?」
きょとん、としたまま真顔で言う。
「それはしないって」
すちは即答する。
「兄弟はな、ここ」
もう一度、つん、と頬を指で軽くつつく。
「ここにするんだよ」
そう言って――
ちゅ。
もう一度、今度はさっきより少し丁寧に、頬にキスをする。
みことは、じっとそれを感じてから――
「……そっか」
こくん、と納得したように頷いた。
そして。
「じゃあね」
少しだけ体を起こす。
すちの膝の上に座ったまま、ぐいっと顔を近づけて――
ちゅ。
小さな音。
今度は、みことの方から。
すちの頬に、ぎこちなくキスをした。
「……え」
すちは一瞬固まる。
みことは少しだけ照れたように笑って、
「なかなおりの、ちゅー」
とても満足そうに言った。
その顔があまりにも素直で。
すちは思わずふっと笑ってしまう。
「……お前なぁ」
呆れたように言いながらも、声は優しい。
「ほんと可愛いやつ」
そう言って、ぽんぽんと頭を撫でる。
みことは嬉しそうに目を細めて――
また、ぎゅうっと抱きついてきた。
「おにいちゃん、だいすき!」
さっきよりも元気な声。
すちは少しだけ息を吐いて、その小さな背中をしっかり抱き返す。
「……俺もだよ」
ぼそっと、小さく。
でもちゃんと届く声で。
みことはさらにぎゅーっと力を込める。
もう不安なんてどこにもないみたいに。
部屋の中には、 やわらかくてあたたかい空気が満ちていた。
涙の跡も、赤い頬も、まだ残っているけれど。
それ以上に――
「だいすき」がちゃんと、そこにあった。
そしてみことはすちの胸に顔を埋めたまま動かなくなった。
「……みこと?」
小さく呼んでも、返事はない。
代わりに聞こえてくるのは、規則正しい寝息。
「……寝たのか」
すちは少しだけ驚いたように目を細める。
さっきまであんなに泣いて、あんなに不安そうだったのに。
安心した途端、糸が切れたみたいに眠ってしまったのだろう。
「……ほんと、子どもだなぁ」
小さく笑いながら、そっと頭を撫でる。
みことはぴくりとも動かない。
ただ、すちの服をぎゅっと握ったまま。
まるで離れたくないと言っているみたいに。
その手を見て、すちは少しだけ目を伏せた。
「……離さないよ」
誰に聞かせるでもなく、ぽつりと呟く。
そのまま、ベッドに体を預けた。
濡れた布団がひやりとするけれど、不思議と嫌じゃなかった。
腕の中には、あたたかい重み。
小さな体が、ぴったりとくっついている。
「……重くない」
むしろ、その存在が心地いい。
背中に回した手で、ゆっくりと撫でる。
一定のリズムで。
眠っているはずのみことが、ほんの少しだけすり寄ってきた。
「……っ」
無意識の仕草。
それに、すちは小さく息を漏らす。
「……安心したのかな」
その言葉通り。
みことの表情は、さっきまでの泣き顔とはまるで違っていた。
少し赤いままの頬。
涙の跡が乾ききっていないまつ毛。
それでも、今はとても穏やかで――
安心しきった寝顔。
大好きな人のそばにいるときの、無防備な顔だった。
「……」
すちは、その顔をしばらく見つめていた。
そして、そっと目を閉じる。
疲れていたのは、自分も同じだった。
気が抜けて、体の力がゆるんでいく。
腕の中の温もりが、じんわりと広がる。
「……あとで、ちゃんと布団替えないと……」
そんなことを思いながらも、 体は動かなかった。
みことの呼吸に引き込まれるように、意識が沈んでいく。
ぎゅっと、最後にもう一度だけ抱きしめて――
そのまま。
すちも、静かに眠りに落ちた。
夕方の光はすっかり消えて、部屋は薄暗くなっていた。
濡れた布団の上で、ふたりは寄り添ったまま眠っている。
小さな体は、大きな腕にすっぽりと包まれて。
みことは、もう何も不安なんてないみたいに。
大好きなおにいちゃんに守られている安心の中で、 深く、やさしい眠りについていた。
♡.*・゚———————.*・゚♡
次話更新:♡1000⬆&💬3
コメント
5件
ショタ系あんまり見ないけどこれは可愛すぎます、、、あとこんなにボリュームあるやつを定期的に更新してくださるの神ですか?!毎回すごすぎます
プリンで喧嘩しちゃう🍵👑可愛いです(*´`)
はい、好きです もう愛してます、大好き、