TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

「中村君、ちょっとお願いがあるんだけど、いいかね」


遅れて会社に到着した愛理は、デスクのPCを立ち上げたところで声を掛けられた。

昨晩の合意のないSEXの挙げ句、淳は避妊をしてくれ無かった。洗浄と緊急避妊薬の処方をしてもらうために半休を取り、婦人科へ行ってきたのだ。

  婦人科の診察台に上がるのは精神的にキツイ出来事。でも、それを嫌だなんて言っていられない。とてもじゃないけど、淳との子供を考えられる状態ではないからだ。

   

 気持ちは落ち込んでいても、仕事は仕事。愛理は、深呼吸をして、気持ちを切り替え、課長のデスクの脇に立った。

  穏やかな表情の課長の様子からして、悪い話しでは無さそうな予感。


「今日は半休を頂きまして、ありがとうございます」


「体調不良だって? 大丈夫なのか」


「ありがとうございます。たいしたことは無かったんですが、ちょっと腹痛で……。念のために早めに病院へ行きました。お薬も処方されたので大丈夫です」


課長は、愛理の返答に頷くとA4のファイルを差し出した。


「お客様からの御指名なんだ」


指名だなんて嬉しい話だが、にわかに信じられない。それでも、自分を認めて必要とする人がいる事に落ち込んでいた気分が浮上する。


「私を指名してくださったんですか?」


「ああ、昨年、担当についた古賀様というお客様覚えているか?」


「はい、戸建てのリフォームで、リビング・ダイニングの家具を一式任せていただきました」


「その古賀様のお嬢さんが今度、結婚してそこの新居を任せたいそうなんだが、場所が福岡なんだ」


「福岡ですか⁉」


思わず大きな声がでてしまう。

それもそのはず、愛理が勤める株式会社AOAでは、関東圏の日帰り出張は頻繁にあるが飛行機に乗るような遠方の案件は、ほとんどない。あっても上司が行くので、愛理に遠方への出張の話が出たのは初めてのことだった。

それでも、自分をご指名してくれたお客様の気持ちにも答えたい。


「わかりました。古賀様のお嬢様の件、担当させて頂きます」



福岡行きは、淳と離れていられるのもメリットが大きい。

自分の席に戻った愛理は、PCに向かい、資料を集め始めた。

ふと、昨晩、暗い部屋の中で起こった出来事を思い起こすと、嫌悪感で胃がギュッと絞られるように痛む。


──自分に対して、興味を失っていた淳が、求めてくるなんて……。


合意のないまま始まったSEXは、心も体も痛みしか感じなかった。

妙に冷えた頭の中で、「なぜ?」と考え始めた。

淳の実家の台所にいた時、隣のリビングから聞こえてきた声。

”早く孫の顔を見せてちょうだい”


──お母さんの言葉に淳は従っているだけなんだ。


結婚してから、だんだんと自分が無くなっていくように感じた。

苗字が旧姓の蜂谷から中村に変わり、仕事以外では、中村家の嫁として扱われる。

家事をこなし、夫である淳の世話をして、その上、子供を産むのが義務のように課せられている。

中村愛理という私自身が望まれているわけじゃない。

もしも、淳に私自身を望まれ、大切にされていたら、世話を焼くのも、子供を産むのも、家族として喜びを感じられたかも知れない。

けれど、心は放置され、愛情などいつの間にか消えてしまった。

自分の存在価値は、”淳のために家事をやる人” としての扱い。

淳は愛情からではなく、きっと、家族の体裁を整えるため、子供を作るためのSEXをしたんだ。


午後、お客様との打ち合わせが終わり、帰社予定時刻まで、少し余裕があった愛理は、ショッピングモールに立ち寄った。このモール4階フロアは、色々なインテリアメーカーが区画で入っている。

個性的な家具やアイデア溢れる家具が並べられ、インテリアコーディネーターの愛理にとっては情報の宝庫だ。


店頭にディスプレイされているダイニングテーブルには、明るい花柄のランチョンマットが敷かれ、隣りのブースには、パステルカラーの可愛らしい子供用の家具。ここには、暮らしの夢が詰まっている。


「古賀様のお嬢様、新婚さんなんだ……。幸せになってもらいたいたいな」


──自分が結婚した時には、こんな未来が訪れるなんて夢にも思わなかった。

  結婚して、そのうち子供が出来て……。みんなでご飯食べて、笑いの絶えない幸せで温かい家庭を持てるんだと信じていた。

そのために仕事と家庭の両立もがんばったし、淳の両親とも仲良くしていた。

自分の何が悪かったんだろう。


そんな事を考えながら、家具を一通り見終わったタイミングで、スマホが細かく振動する。

  何かと思って、スマホの画面へ視線を落とすと、翔からのLIMEメールだった。

『こんにちは、兄キにあの後、怒っておいたからね。反省していた?困った事があったら相談に乗るよ。これから出張だからLIMEになっちゃうけど、連絡して』


翔からのLIMEにホッとしながらも、心の奥がモヤッとする。


──昨晩の淳からのSEXが、私へのご機嫌取りの行為だったの? 私からしてみればレイプのようにしか思えない。


  他の女を抱いた手で触られたと思うとゾワリと悪寒が走る。

   

  兄夫婦の仲を心配して、LIMEをくれた翔への返事を探しあぐねて、やっと入力した。


『心配してくれてありがとう。淳は相変わらずの様子だけど、どうにかやってるから大丈夫だよ。出張、気を付けて行ってらっしゃい』


強がりなのかも知れないけど、義理の弟に余計な心配は掛けたく無かった。


  4階からエスカレーターに乗って2階で降り先へ進む。すると、 駅まで繋がっているコンコースに出る。そのコンコースのレンガタイルの上をコツコツとヒールを鳴らして歩けば、背筋が伸びて気持ちが前向きになって行く。遠くに見えるビルを縁取るように夕日が差し込み、時折、頬を撫でるそよ風も心地よい。

花壇に植えられた植栽が、軒を連ねているカフェとの丁度良い目隠しになっている。


何気なくそちらへ目を向けた愛理は息を飲み込んだ。


「淳と……」



愛理の視線の先には、細かい葉が茂ったシマトネリコの木が花壇に植えられていた。そして、先にあるカフェのオープンテラス。その一番端の目立たない席で一組の男女が寄り添うように話をしている。

良く知る二人の人物。夫の淳と佐久良だ。


”やっぱり佐久良なの”という気持ちと”なんで佐久良なの”という気持ちが、心の中で交差する。


 自分の事を意味もなく見下す佐久良。その佐久良の方が自分よりも選ばれたかと思うと、ショックで一瞬目の前が暗くなる。


フラフラと縋るように近くの柱に身を寄せた愛理は、無意識のうちに胃のあたりに手をあてた。


「私を無理やり抱いて、次の日には佐久良と会っているなんて……」


でも、ふたりでカフェに居たからと言って、不倫の証拠にはならない。

ギュッと奥歯を噛みしめて、柱の影に隠れ、スマホを取り出した。望遠機能を駆使し、動画で撮影を始める。


 ピッと無機質な開始音がして、画面に二人の様子が映し出された。

望遠が利いた画面には、意外にも素っ気ない様子の淳と必死にアピールしているような佐久良が映っている。遠くで見ていると楽しそうに見えたのに、淳が佐久良から何気なく視線を逸らしていた。

なんだか、愛理は不思議な物を見てしまったような気がした。


それでも、ほんの1分ぐらいの短い動画だが、佐久良が淳の肩へ手を掛けている所が撮れた。

  しかし、これでは友人とお茶を飲んだだけと言われておしまいだ。不倫の証拠にはならない。出来れば、ホテルに入るところや決定的な証拠が欲しい。



愛理は、手にしたスマホの時間を見て、細い息を吐いた。会社へ戻る途中だったのだ、このまま二人を見張っているわけにもいかない。

仕方ないと、肩を落とし、柱の裏から回り込み駅へと足を進めた。


もしも、ホテルに入ったのがわかったとしても、監視アプリでは音声しか拾えない。

今日は諦めるとしても、この先、証拠を残す為に何か良い手立てはないかと、歩きながら考えをめぐらす。

駅の切符売り場にたどり着き、ふと天井を仰ぐと、片隅に設置された防犯カメラが目につく。


お客様のご要望で、ペットの見守りカメラを付けた事があった。金額も、ひと昔前に比べたら、ずいぶんリーズナブルになっている。

そう思い付くと居ても立っても居られない。電車に乗り込むと、椅子にも座らず、すぐさまお買い物アプリを立ち上げた。


スマホの小さな画面中に数々の機種が並んでいる。今は一万円以内でもかなりの高性能。大きさもスマートフォンより小さく、赤外線搭載で暗視機能や動体自動追尾まで付いていた。SDカードを買えば、長時間の録画も可能で、スマホやPC操作でクラウドに保存する機能もある。

愛理は、選んだ商品を2台カートに入れた。

家の近くのコンビニ受け取りを指定して、商品の購入確定ボタンをポチッと押す。


淳が居ない間に自宅に設置して、万が一の時には証拠をぜったいに逃さない。




夜8時過ぎ、キッチンにはご飯が炊けた甘い花のような香りが立ち、コトコトと煮たサバの味噌煮の煮汁にとろみがつき始めた。丁度良い出来具合いに愛理のお腹は空腹を訴える音を立てた。

最近、食欲が無かったが、香りに釣られてお腹が空いてきたのだ。


 ──連絡が無いけど、淳はデートでもしているんだろうから遅くなるはず。それにしても 仕事サボって、佐久良とお茶しているなんて良い身分よね。

不倫している淳なんて、待ってる必要ないから、ごはん食べちゃおう。


「いただきます」


  炊きたてのごはんはふっくらとしてツヤがでている。ごはんと相性が良いサバの味噌煮も、トロトロになった煮汁が絡んで美味しそうに仕上がった。

  箸で摘まむとふわりと湯気が立ち上がり、柔らかい身を口に入れれば、ふくよかな味わいが広がる。


「はぁ、気を使わないでいるせいか、久しぶりにごはんが美味しい」

  

  あらかた食べ終わり、満足した頃、玄関ドアから音が聞こえて来る。


「えっ?  帰ってきた……」


  予想よりも早い淳の帰宅に戸惑いながらも愛理は立ち上がった。咄嗟に、良き嫁の仮面をかぶる。


「……お帰りなさい、ごはん先に食べたから」


「ただいま、ケーキ買って来たんだ。食後のデザートにたまには、甘いものもいいだろ? 」


 と、淳は柔らかく微笑みながら、ケーキの箱を愛理へ差し出した。


「あ、ありがとう……。ごはんは?」


──めずらしい。ケーキなんてどういうつもりなんだろう。翔君がLIMEで言っていた通り反省の色を見せているつもりなの? それなのに昼間、不倫相手の佐久良と会っているとか、本当に反省しているとは思えないんだけど……。


「メシ、まだなんだ、何かある? そういえば、今日さ、仕事の依頼で出かけたら、同じ大学出身でさ。愛理も知っている人だと思う。佐久良さんって、覚えてる?」


「えっ?」


──どういうこと⁉ 佐久良と密会していたんじゃないの?


わざわざ、佐久良と会っていた事を告白する淳の真意が見えない。この先、ふたりで会うのに良い言い訳を思いついたのか、普通に話しをしているだけなのかわからない。

  愛理は、心の動揺を隠して言葉を返す。


「知ってるよ。この前の女子会にも来て居たから会ったばかりなの。その時は淳の会社に仕事の依頼したなんて聞いてなかったな」


そう言って、キッチンのカウンター越しにチラリと淳の様子を窺う。淳は、脱いだ背広をハンガーに掛けると、ダイニングテーブルの椅子を引きキッチンに居る愛理へと顔を向けた。


「佐久良さん。新しくショップを出店するらしくて、その内装の依頼だったんだ」


「そう……。上手くいけば、この先、何度も依頼があるかもよ」


──とぼけて返事をしたけれど、佐久良に会っている事。そして、これからも佐久良に会う事を私にわざわざ言うなんて。もしかして、カフェに居たのを見つけたのを気づかれたのかも……。


そう思いあたった愛理は緊張を隠すように、後ろを向き冷蔵庫をかき回す。そして、ビールを持ち出すとグラスを手にして、淳の居るダイニングへ移動した。


パシュッと小気味よい音を立て、缶ビールのプルタブを開ける。斜めにしたグラスに金色の液体がシュワシュワと音を立て、注がれていく。最後にグラスを立て、残りのビールを注ぐときめ細かな泡が立ちあがった。


「はい、おつかれさま」


愛理は良き妻の仮面を被り続け、淳へビールを注いだグラスを差し出した。


「ああ、ありがとう」


淳は素直に受け取るとそれを口にした。ゴクッゴクッと一気に飲み干し、空になったグラスをコンッとテーブルの上に置く。


──今日は、スマホも見ないし、私にやたらと話し掛けてくる。やっぱり、見ていたのを気づかれただろうか?


普段と違う淳の様子に、愛理は落ち着かない。耐え切れず口に出した。


「どうしたの?何かあったの?」



淳は、ばつが悪そうに愛理へ視線を送ると椅子に凭れかかり、ポソリと呟く。


「……佐久良さん、愛理の友達なのに悪いけど、苦手なタイプ。なんか面倒くさい」


「えっ⁉」


想像していたのと、あまりにも違う淳からの言葉に一瞬あっけに取られる。その反面、動画を取った時の違和感は、この事だったんだと思いつき、気が抜けて可笑しくなってきた。


「あ……。あはは、淳も苦手なんだ。実は私も佐久良のこと苦手なんだ。うん、わかる。面倒くさい」


以前から思っていたことを口にすると少し心が軽くなる。そして、笑いが止まらず、あははと笑い続けた。そんな愛理の様子に淳も釣られて、顔をほころばせ本音をこぼす。


「あ、そうなんだ。だよな、あの自分を中心に世の中が回っている感じ、ホントつき合いきれない。この先、何回も打ち合わせで会うとか、憂鬱だよ」


「仕事だからね。面倒なお客様でも会わないといけないものね。あはは」


「あー、愛理に話してちょっとスッキリした」


「じゃ、ごはんよそってくるね」


「ああ、腹へった」


久しぶりの夫婦の会話、ふたりで笑いあったのなんて、いつだったのか思い出せないぐらいに、ずっと前だった。

その笑いのネタ元が、不倫を疑っていた佐久良のことだなんて、昼間あんなにショックを受けていたのに、思いもしなかった展開だ。


すると、ふたりの和んだ空気を分かつように、淳のスマホが短い着信音を立てた。吊り下げてある背広からスマホを取り出した淳は、一瞬、顔を歪める。そして、悪さを見つけられた子供のような表情で、言い訳をする。


「仕事のメールだったよ」


「そう……。こんな時間まで仕事の連絡だなんて、忙しいんだね」


「ああ、最近、忙しくてイヤになるよ」


──そんなことを言っているけど、きっと、不倫相手からのメールだよね。



淳の会社にも取引先にも、そして、立ち寄った店にだって、女性はいる。

淳の不倫相手が自分の知っている人だとは限らない。


スマホを弄る淳のつむじを冷えた瞳で見下ろした愛理は、無言でテーブルの上に、綺麗に炊きあがったごはんや、美味しく煮えたサバの味噌煮を並べた。

淳は、珍しくスマホから顔を上げ、「ありがとう」と口にする。それを愛理は、無表情のまま頷いた。

 そして、何気ないそぶりでキッチンに入り、インストの”A”がUPしている写真を確認しようとポケットにあるスマホを手にする。

スマホのトップ画面には、由香里がダウンロードした出会い系アプリのアイコンが残ったままだ。


ふと、由香里に言われた『”他にも男なんていくらでもいる”って、思えるでしょう?御守りみたいなモノよ』という言葉が脳裏を過ぎる。


「女なんていくらでもいる」ように、「男だっていくらでもいる」

淳と一緒に居ても楽しい未来のイメージが描けないのであれば、一緒に居る意味もないのに、実家のことを考えると自分から離婚を言い出すこともできずにいる。


「20代もあと少しなんだから、悔いのないように楽しく人生、生きるか……」


愛理は、消え入るような声でつぶやき、深く息を吐き出した。


──前にも勧めず、後ろにも戻れず、毎日ドロドロとした気持ちを持ち続けているのは、情けなくみじめだ。

時折、胃が痛むのもストレスのせいだと思う。


誰かに優しく慰めて貰い、「大丈夫だよ。これ以上頑張らなくていいよ」と言って欲しい。

不倫は良くない事だけど、男は淳だけじゃない……。


愛理はスマホのアプリを見つめた。


手にしたスマホ。その画面をタップしてインストの画面に進んだ。アカウントフォローの欄にある”A”を見つける。

”A”のアイコンをタップすると、最新の投稿写真がUPされていた。

 その写真は、どこかのお店なのだろうか? ブライトレッドのテーブルクロスに落ち着いたゴールドのランチョンマットが敷かれ、大小のカトラリーが並んでいる。構図の左端には白いラナンキュラス。

そして、右側の奥に写り込んでいるのは、緑のスマホ、機種はtuyokuだ。そのスマホを持つ手、背広の袖から見えている時計の文字板には特徴的なY字パーツが見える。淳と同じ機種だ。


──やっぱり、”A”と淳は繋がっていたんだ。


愛理の中にあった疑いが確証に変わる。

すると、スマホが短く振動した。一瞬、ドキッと息を詰めた愛理だったが、それはショッピングサイトからの商品発送のお知らせ通知。

はーぁ、と息を吐きながら、確認のために開いてみると、ペットの見守りカメラが、明日指定のコンビニに到着するとの内容だ。

それを見た愛理は、満足気に頷き、スマホのサイドにあるボタンを押して、画面を暗くした。

 

  そして、ダイニングにいる淳へ何食わぬ顔で声を掛ける。

 

「ねえ、淳。私ね、福岡へ出張に行く事になったんだ」


  ”A”のインストに写っていたスマホと同じ緑のtuyokuの画面を見ながら、食事をしていた淳が、驚いたように顔を跳ねあげた。


「福岡に出張だなんて、今まで無かっただろ?」


「うん、前に担当したお客様のお嬢さんが、結婚して福岡に新居を構えるんだって、それで、私を指名してくれたの」


「へえ、今までの実績が買われたんだ。良かったな。それで、いつ行くんだ?」


「来週の木曜日に、会社が終わったらそのまま、羽田から飛行に乗る予定。それで、金、土で仕事して、終わらなかったらそのまま日曜日も仕事なるかも……」


と、言って愛理は淳の様子をチラリと窺う。

一瞬、目が合うと淳は何かを考えるように視線を漂わせ、独り言のようにつぶやく。


「結構、長いんだな」


そして、思い出したように愛理へと顔を向ける。


「一日ぐらい実家に寄って、メシでもご馳走になって来るよ」


「いいんじゃない? 私もせっかく福岡まで行くんだから仕事が早く終わったら観光でもして来ようかな?」


「食べ物も旨そうだし、ゆっくりして来いよ」


「じゃあ、月曜日が祭日だから、月曜日に帰ってくるね。どこに観光行こうかな」


「ああ、楽しんでおいで。俺、風呂に入るから……。ごちそうさん」


「ん、おそまつさまでした」


と、スマホを持ったままリビングから出て行く淳の後ろ姿を見つめていた愛理は、ドアが閉まるとふぅーっと息を吐きだした。


──スマホをお風呂に持ち込んで、きっと、不倫相手に連絡を入れるんだよね。


◇ ◇

「思っていたよりも、ずっと小さい……」


コンビニで、受け取った荷物を自宅で開けた愛理は、見守りカメラが想像以上の小ささに驚いた。

そのマグカップに入りそうなサイズのカメラを、淳に見つからないように、どうやって設置しようかと、リビングを見回す。すると、バンブーで編み込まれたフロアスタンドが目についた。


「ここなら、電源も取れるし、ちょうど隠れる」


念のために見守りカメラのボディーに両面テープを張り、その上に麻紐を巻き付け所々ボンドで止める。すると、外見からは何かの小物にしか見えず、カメラとはわからない仕上がり。それをフロアスタンドのバンブーの中に入れ、バンブーの隙間からカメラのレンズが覗くように設置した。


試しにスマホと同期させ、起動してみると、電気の点いた明るい部屋の様子も自分の姿もはっきり映っていた。部屋の中を歩きまわっても自動追尾で映像が追いかけて来る。そして、電気を消してみると、暗視カメラ機能が働き、モノクロの映像ではあるが、しっかりと識別できた。


「すごい!思っていた以上に高性能」


そして、寝室にもう一つのカメラを持ち込んだ。けれど、今度は設置場所に悩む。

シングルベッド2台と間にチェストを置いただけのシンプルな部屋。その他には作り付けのクローゼットがあるだけだ。

いくら小さくてもチェストに設置をしたら、気が付かれてしまう。

  腕を前で組み暫し考えてから、クローゼットを開いた。その袋棚にある段ボールを取り出す。

  段ボールを開けると、以前使っていたフェイクグリーンが入っている。ビニール袋の中からまとめられた蔦のアイビーを模したフェイクグリーンを取り出し、カーテンBOXの上に飾る。その中に見守りカメラを忍ばせ、窓の淵に沿わせるようにコードを這わせた。もちろん、コードは目立たないように、白いコードプロテクターで覆う。


「よし、完璧。これで、私の出張中に浮気相手を連れ込んだら、バッチリ証拠を押さえてやるんだから」











だって、しょうがない

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

49

loading
チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚