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大西風家は島の東側の海岸に面した、港から歩いて十五分ほどの所にあった。屋根の瓦が白っぽくて反対側の景色が見通せるような開放的な作りの古そうな家だった。その縁側に、いかにも気難しそうなお婆さんが腰かけていた。母ちゃんはその人のそばへ行き地面に片膝をついてこうあいさつした。
「母さん、ただいま戻りました」
つまりあれが俺の母方のお婆ちゃんなわけか。お婆ちゃんは少ししかめっ面のまま上から母ちゃんを見下ろす様にして返事した。
「ふん! 親不孝モンが。やっと帰ってきよったか」
うひゃあ、見た目通り相当気難しそうな人みたいだな。でも美紅が縁側に駆け寄り「ただいま」と言うと、少し表情が和らいだ。それからじろっと俺の方を見る。俺はあわててお辞儀をしたが、その眼光の鋭さに一瞬暑さを忘れた。すごい迫力のある目つきだ。美紅が神がかりになった時の表情と目の輝きも迫力があるが、そのはるか上を行っている。
「おまえが雄二か。まあとにかく上がれ。長旅で疲れとるじゃろ」
畳敷きの大きな部屋にはお茶などの用意が既にしてあった。テーブルというか昔懐かしいちゃぶ台みたいな物を囲んで昼飯と言うにはだいぶ遅くなったが、簡単な食事を始めた。お婆ちゃんが美紅に汁が入ったお椀を差し出す。それから俺の前にも。少し黄色みがかった薄いスープみたいな感じだ。美紅はさっそくそれを少しずつ飲み始めた。俺はその汁を見つめながら母ちゃんに訊いてみた。
「これ何?」
母ちゃんも同じ物をすすりながら答えた。
「それはイラブーシンジ。エラブウミヘビの燻製で取ったスープよ」
う、う……海蛇!俺はちゃぶ台から後ろにのけぞった。
「ちょ、ちょっと。病み上がりの美紅にそんなゲテモノを……」
と言いかけたところで母ちゃんに平手で頭をパシーンとひっぱたかれた。
「ゲテモノとは何よ!失礼ね。これは沖縄では最高の薬膳料理なのよ」
「で、でも……」
と言いかけて俺はまたその場で固まってしまった。母ちゃんのお椀の中にはスープだけでなく、何か黒っぽい棒みたいな物が入っていて、しかも母ちゃんそれを旨そうにかじってる!
「これこれ! いいわあ。東京にも沖縄料理の店は数え切れないほどあるけど、こればっかりはこっちに来ないと食べられないのよねえ」
「あ、あのう……母さん……それは。その。まさか?……」
「そ、出汁を取った後のイラブーよ。ほら、あんたもシンジ飲みなさい。お婆ちゃんがせっかく用意してくれたんだから。これはね、琉球王朝時代には宮廷でしか食べられなかった超高級料理なのよ」
「え! きゅ、宮廷料理!」
俺は恐る恐るお椀を手に取って鼻に近付けて見た。海蛇だって蛇の一種なんだからもっと生臭いかと思ったら、そうでもない。そう言われると何となくありがたく見えてきた。死ぬ想いでほんの一口だけ口に入れる。
「……あれ?これ、なんか魚のスープみたいな」
母ちゃんが海蛇の身をかじりながらまた言う。
「那覇あたりの市場で買ってごらんなさい。安い物でも一本数千円、上等な物だと万札一枚じゃきかないのよ」
「い、一万円!」
そうと聞いたらなおさらありがたく思えてきた。思いきってズズっと半分ぐらい飲み干す。いや思ったほど悪くない味だ。
「ううん。確かに何とも言えない高貴な味のような気がしてきた」
そんな俺の様子を見ながら母ちゃんが苦笑して言った。
「ほんとに、もう。あんたの、その、権威や値段に弱い所って、一体誰に似たのかしらね」