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《新聞社・社会部・午前》
ホワイトボードに、大きく一行。
『連載案:「オメガ100日間の真実」』
社会部デスクの男が、
ペンをくるくる回しながら言った。
「……で、これを本当にやると?」
会議テーブルの端で、
桐生誠が頷く。
「やります。」
「“初期ログの揺れ”と
“プラネタリーディフェンスの仕組み”を
セットで解説する形なら、
ただの炎上記事にはならないはずです。」
若手記者が不安げに手を挙げた。
「でも、“オメガ初期ログ”なんて
言葉だけでもう怖いですよ。
“最初から隠してたんだ!”って
受け取る人も絶対出ます。」
デスクが肩をすくめる。
「出るだろうな。」
「けど、“怖いから触らない”で
済ませていいネタでもない。」
彼はホワイトボードに
二本の線を描いた。
『アストレアA 打ち上げ~現在(希望の線)』
『オメガ発見~初期の判断(揺れる線)』
「世の中は今、
上の線だけ見たがってる。」
「“希望のロケットが飛んでます、
犯罪も少し減ってきました、
学校も仕事も戻りつつあります”ってやつだ。」
「でも下の線――
“最初の数日間、
本当は何%って出てたのか”から
目をそらしたまま
“人類は学びました”って
綺麗に締めるのは、
新聞の仕事じゃない。」
桐生は、
静かに息を吸った。
「初回は、
決めつけは避けます。」
「“捏造”かどうかじゃなくて、
“観測誤差と社会不安のあいだで
どんな線引きをしたのか”を
読者に見せる。」
「IAWNやSMPAGの仕組みも、
“カタカナの団体”じゃなくて、
“誰がどう見張っていたのか”って話として。」
デスクは少し笑った。
「お前、
いつからそんな教科書みたいなこと
言うようになった。」
「……世界が終わるかもしれない
って話を書いてると、
多少は真面目にもなります。」
「それに――」
桐生は一瞬、
昨夜の倉庫街と、
城ヶ崎の疲れ切った顔を思い出した。
「“本当はあのとき
3%って出てたんだ”って、
いつか誰かが
別の形でバラすくらいなら。」
「こっちから
“どういう文脈でその数字を扱ったのか”を
セットで出した方が、
まだマシだと思うんです。」
デスクは、
ボードの端に小さくメモした。
『第1回:
オメガ初期観測と「揺れる数字」』
「分かった。」
「一発目は、
“告発”より“説明”寄りだ。」
「アストレアAの現状と、
二本目のインパクター案にも触れろ。」
「“過去をほじくるだけじゃなくて、
今何をやろうとしてるか”まで書く。」
若手が小声でぼやく。
「……炎上したら
社会部総出で火消しですね。」
「そのときは、
お前の“アストレアちゃん特集”で
緩和してもらおう。」
笑いが起きる中、
桐生はノートに
一行書き足した。
『城ヶ崎の存在は、
まだ出さない。』
(まずは、
“仕組みそのもの”から
世間に出す。)
(個人攻撃の物語に
落とさないように。)
《JAXA/ISAS 相模原キャンパス/プラネタリーディフェンスチーム》
会議室のスクリーンに
海外ニュースサイトが映っている。
〈“OMEGA EARLY DAYS:
Why asteroid impact numbers “shake” at the beginning”〉
下には日本語メディアの
拾い記事。
〈“オメガ初期確率“揺れ”?
専門家「誤差の範囲」と説明〉
若手研究者が、
気まずそうに口を開いた。
「……出ましたね。
初期ログの話。」
「“最大で3%台だった時期もあった”って
そこそこ詳しく書かれてます。」
白鳥レイナは、
腕を組んだまま
記事を眺める。
「少なくとも、
完全なデマではない。」
「私たちもCNEOSのログを見ていたし、
“上振れしてるかもしれない”と
思いながら数字を追ってた。」
別の職員が言う。
「記事の中では、
“結果的に警告が遅れた可能性はあるが、
同時に内部では
最悪ケースに基づいた検討が始まっていた”
って書いてあります。」
「……案外、公平ですね。」
レイナは小さく笑った。
「向こうの記者も、
ちゃんとIAWNとSMPAGの資料を
読んでるってことね。」
彼女は、
画面を切り替えるよう指示する。
「じゃ、こっちも現状を確認しましょう。」
スクリーンに、
アストレアAの軌道図が現れる。
〈TCM-1(中間軌道修正1)
予定時刻:Day45±数時間
必要ΔV:XX m/s(マージン内)〉
若手が説明を添える。
「三日後に予定している
最初の軌道修正(TCM-1)は、
今のところ計画どおり。」
「この“ΔV(デルタ・ブイ)”っていうのは、
ロケットの速度を
どれくらい“微調整”するかって単位です。」
「ここでうまく微調整できれば、
オメガとの“当たるポイント”を
かなり狙いやすくなります。」
別の画面には、
仮の第二インパクター軌道。
〈Second Impactor(Japan-led)
Launch window(案):Day35~Day32
Target:
・ASTRAEA-A miss時:追撃軌道
・fragmentation時:主要破片への追加偏向〉
レイナがまとめる。
「つまり今、
一本目の矢は
まだ“狙いを合わせている途中”で。」
「二本目の矢は、
“いつでも放てるように弓を引き始めている”
段階ってこと。」
若手の一人が、
躊躇いがちに手を挙げた。
「……もし、
この初期ログの記事が
もっと大きくなって――」
「“あの時サボってた連中に
任せて大丈夫なのか”って
世論が騒ぎ始めたら……」
「打ち上げ計画に
ブレーキがかかることは
あり得ますか?」
レイナは即答した。
「“あり得る”からこそ、
今のうちに
正直に説明しておく必要があるのよ。」
「失敗の可能性も、
初動の揺れも、
“全部ひっくるめてやろうとしていること”を
見せないと。」
「――“信頼されてない科学”は、
どれだけ正しくても
止められるから。」
彼女自身、
心の奥底では
不安を抱えている。
(もし本当に、
“あの数日の判断”が
誰かの人生を削っていたのだとしたら。)
(それでも私は、
“今やろうとしていることは
やらせてくれ”と
言い続けられるのか。)
その疑問を、
あえて口には出さない。
今はただ、
画面の上を滑る
細い軌道線を見つめるだけだった。
《郊外ショッピングモール前・大型ビジョン》
休日の午後。
フードコートから溢れた人々が、
広場の大型ビジョンを見上げている。
<特集:
“オメガ初期ログ”揺れる数字
それでも信じていいのか?>
キャスターが、
分かりやすい図を使って説明している。
「最初に小惑星を見つけたとき、
“どれくらいの確率で当たるか”という数字は
観測するたびに
大きく揺れます。」
「今回も、
一時期“3%台”まで
跳ね上がった瞬間があったことが分かりました。」
「ですが同時に、
NASAやJAXAのチームは
“最悪ケース”を前提に
ミッションの準備を
進めていたと説明しています。」
小学生くらいの男の子が、
母親の袖を引っ張る。
「ねえ、“さんパーセント”って
どういうこと?」
「うーん……」
母親は少し考えてから、
言葉を選んだ。
「例えば、
百本のくじがあって、
そのうち三本が“当たり”だったら――」
「引いちゃう確率が
“3%”ってことかな。」
「この“当たり”は、
全然うれしくないやつだけどね。」
男の子は顔をしかめる。
「……それ、
やだね。」
「でもさ、
どうせ当たるなら
早く分かった方がよかったのに。」
「最初から“さんパーセント”って
教えてくれなかったの?」
母親は答えに詰まり、
ビジョンを見上げた。
画面の中で、
コメントを求められた
大学の宇宙物理の先生が言う。
「“早く知らせる”ことと、
“必要以上にパニックを起こさないこと”。」
「プラネタリーディフェンスでは
いつもその二つの間で
揺れ続けています。」
「今回の初期ログも、
“完全な隠蔽”とまでは言えませんが、
“結果として警告が遅れた”部分は
将来きちんと検証されるべきでしょう。」
男の子は、
母親の横顔を見た。
「……お母さんは、
信じてるの?」
少しの沈黙のあと、
彼女は小さく笑った。
「“全部完璧にやってる”って意味では
信じてないかも。」
「でも、
アストレアA飛ばした人たちが
本気で計算してるってことは
信じたいかな。」
「…………」
「だって、
信じないで生きるには
ちょっと長いでしょ、
あと四十八日。」
その言い方に、
男の子は何とも言えない顔をして
ビジョンに視線を戻した。
画面には、
アストレアAのCGとともに
テロップ。
〈“一本目の矢”は今も飛び続けている〉
《黎明教団・地方集会所》
簡素な畳敷きの部屋に、
30人ほどの信者が輪になって座っている。
前方のスクリーンには、
先ほどの“初期ログ特集”の録画が映っていた。
再生が止まると同時に、
ファシリテーター役の男が口を開く。
「――ご覧の通り、
“正しい数字”というのは
いくらでも揺らせるものです。」
「“3%のときもあったけれど、
1%として発表しました。”」
「それを“隠蔽か調整か”と
議論しているうちに、
オメガは今日も
地球に近づいている。」
後ろの方で、
元工場勤務の中年男性が
苛立ったように言う。
「結局、
あいつらは最初から
“自分たちに都合のいい真実”しか
出してないんだろ。」
「うちは工場が潰れて
ローンだけ残って、
“自己責任”って言われて。」
「今度は隕石で
世界が潰れそうになっても、
また“落ち着いてください”だ。」
横に座る若い女性が、
うつむいたまま呟く。
「私、
あのニュース見てから
余計に怖くなりました。」
「“専門家が説明してくれたから
大丈夫”じゃなくて、」
「“専門家がどこまで本当のことを
言ってるのか分からない”って。」
ファシリテーターは頷き、
スクリーンを切り替えた。
そこには
セラのメッセージが表示されている。
『数字は、
人を落ち着かせるためにも、
人を惑わすためにも
使うことができます。』
『オメガは、
私たちの人生に
“数字では測れない問い”を
投げかけています。』
『“あなたは本当に
この世界を続けたいと思っていますか?”』
集会所の空気が、
ゆっくりと沈んでいく。
“科学への不信”と、
“自分の人生への不満”。
その二つが絡み合って、
静かな熱を帯び始めていた。
《新聞社・社会部・夜》
桐生のPC画面には、
書きかけの見出しが点滅している。
『オメガ初期ログの“揺れ”
――それでも矢は飛び続けている』
本文の途中には、
こんな一文がある。
『数字は揺れる。
判断も揺れる。
それでも、
いったん放たれた矢は
空中で止めることができない。』
(これを読んだ誰かが、
“もっと政府を疑え”と思うかもしれない。)
(逆に、
“こんなときに足を引っ張るな”と
俺を罵るかもしれない。)
(それでも――)
彼は最後の段落を書き始めた。
『私たちが
アストレアAや
“二本目の矢”に託しているのは、
単なる技術力だけではない。』
『“間違えた過去から目をそらさず、
それでも次の一手を打とうとする
人間のしつこさ”そのものだ。』
『オメガまで残り48日。
この連載は、
そのしつこさの行方を
追いかけていきたい。』
送信ボタンを押すと、
編集部のシステムに
原稿入稿のポップアップが表示された。
(さあ、
ここから先は
世間の番だ。)
宇宙では、
アストレアAが
最初の軌道修正ポイントに向けて
黙々と進んでいる。
地上では、
“正しさ”のラインが
少しずつ揺れ始めていた。
本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。
This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.