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次の日。
小柳ロウは、村の入口に立っていた。
理由は分からない。
ただ、昨日言った言葉を思い出した。
――明日も来い。
自分で言ったのだ。
だから待っている。
それだけだった。
けれど。
「……あれ」
昼を過ぎても、林檎売りの少年は現れなかった。
夕方になっても。
太陽が沈み始めても。
赤い籠を持った姿は見えない。
「来ねえじゃん」
そう呟いた瞬間。
「ひどいなあ」
背後から声がした。
振り返る。
そこには伊波ライがいた。
昨日と同じように笑って。
昨日と同じように林檎を抱えて。
「待っててくれたんだ」
「別に」
小柳は目を逸らした。
「ただ通りかかっただけ」
「村の入口で半日?」
「……」
「優しいね」
「違う」
即答だった。
伊波は楽しそうに笑った。
「じゃあ、何?」
「……確認」
「何を?」
小柳は少し黙る。
そして。
「お前が、本当に来るのか」
そう答えた。
伊波の笑顔が、ほんの少しだけ揺れた。
二人は森の中を歩いていた。
伊波は林檎を売りながら旅をしている。
だから、一つの場所に長くはいられない。
その理由を小柳はまだ知らなかった。
「ロウってさ」
「何」
「ずっと一人で暮らしてるの?」
「ああ」
「寂しくない?」
「別に」
小柳は淡々と言う。
「ひとりぼっちには慣れてる」
「慣れるものなのかな」
「なる」
「そっか」
伊波は空を見上げた。
木々の隙間から、青い空が見える。
「俺も慣れたよ」
「何に」
「忘れられること」
小柳の足が止まる。
「……」
「最初は嫌だった」
伊波は笑った。
「名前を呼んでくれた人が、次の日には知らない顔をする」
「昨日一緒に笑った人が、俺を見て怯える」
「何回もあるとさ」
「そういうものなんだって思うようになる」
小柳は黙って聞いていた。
胸の奥が、少しだけ痛んだ。
「じゃあ」
小柳が言う。
「お前は」
「自分のことも忘れるのか」
伊波は答えなかった。
その沈黙が答えだった。
「……いつから?」
小柳が聞く。
「何が?」
「消えてるの」
伊波は驚いた顔をした。
「分かるんだ」
「見れば分かる」
小柳は伊波を見る。
「お前、自分の話をするときだけ」
「少し遠い目をする」
伊波は困ったように笑った。
「ロウって、よく見てるね」
「見てるだけ」
「俺のこと?」
「……」
「覚えるため?」
小柳は答えなかった。
答えられなかった。
だって。
そうだった。
伊波ライという人間が。
明日には誰かの中から消えてしまうなら。
せめて自分だけは。
覚えていたかった。
その日の夜。
二人は森の中で休んでいた。
焚き火の向こうで、伊波が林檎を拭いている。
「それ」
小柳が言う。
「何」
「林檎」
「ああ」
「本当に人を幸せにできるのか」
伊波は赤い果実を見る。
「できるよ」
「じゃあ」
「ロウも食べる?いっこあげるよ?」
差し出された林檎。
小柳は受け取らなかった。
「いい」
「なんで」
「お前が売るものだから」
「?」
「お前がいなくなった後に」
「それだけ残るのは嫌だ」
伊波は目を丸くした。
そんなことを言われるとは思っていなかった。
しばらくして。
小さく笑う。
「変なの」
「また言った」
「だって変だよ」
「……」
「俺が消える前提なんだ」
小柳は顔を上げる。
「違う」
「え?」
「消えるなって言ってる」
伊波は何も言わなかった。
静かな森に。
薪が弾ける音だけが響く。
「約束して」
小柳が言った。
「明日も来るって」
伊波は少し困った顔をした。
「約束は苦手なんだ」
「なんで」
「守れないかもしれないから」
「じゃあ俺が覚えてる」
伊波を見る。
「お前が忘れても」
「お前が自分の名前を忘れても」
「俺が覚えてる」
伊波の手から、林檎が落ちそうになる。
「……ロウ」
「何」
「それ」
「うん」
「すごく残酷な約束だよ」
小柳は眉を寄せる。
「なんで」
伊波は笑った。
でも、その笑顔は少しだけ寂しかった。
「忘れられるより」
「覚えててもらえないことより」
「覚えている人を、置いていく方がずっと苦しいから」
夜が深くなる。
小柳は眠る前に、また紙へ名前を書いた。
昨日より強く。
消えないように。
――伊波ライ。
けれど朝になった時。
その紙の文字は、少しだけ薄くなっていた。
まるで世界そのものが彼の存在を忘れようとしているみたいに。
コメント
1件
ちょっと待ってそれめっちゃ切ないやつじゃない???😭💦 「俺が覚えてる」って小柳くんが言ったシーン、心臓ギュッてなった… でも「覚えてる人を置いていく方が苦しい」って返すライくんも優しすぎて泣ける… 消えそうな文字に世界の意志感じて震えたよ… 続き読みたい、マジで待ってるからね!!?🌸