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メゾが静かにアソビの寝顔を見守りながら、手をゆっくりと振ると、周囲に漂う空気が一瞬緊張感を帯びた。


「先生、アソビの様子は?」とバリトンが、わずかな期待を込めて尋ねる。目の前にいる女性のメゾは、王族に仕える音楽の専門家であり、医術も心得た者。

その優れた技術に、多少の安心感を抱いていた。


メゾは深く息をつき、少しだけ考えるような素振りを見せてから、静かな声で答える。


「アソビ君の様子ですが……」


メゾの瞳は、アソビの顔を見つめながら、少しだけ険しくなった。


「音楽を聴きすぎて、エネルギーが底をついています。彼の体が、そのエネルギーを使い切ってしまったようです」

「底をついた……?」


バリトンが、すぐに反応する。


「それって、どういうことだ?先生。」

「音楽に触れることで彼の体は、心地よく感じる一方で、エネルギーを消耗していきます。しかし、それ以上に多くの音楽を取り込もうとすると、体は耐えられなくなり、意識を失うことになります。今、彼の体はその限界を超えた状態です」


メゾは言葉を続ける。


「このままでは、さらに体に負担をかけることになるでしょう」


その言葉に、テナーが顔をしかめ、深刻な表情を浮かべた。


「つまり、俺たちが気づかずにアソビを無理に音楽に触れさせていたってことか?」と、テナーが小さく呟く。


「そうです」


メゾは、わずかに頷く。


「アソビ様の体は非常に敏感で、音楽を深く理解し、感じ取る能力が高い。それが彼の強みであり、時に弱点にもなるのです」


バスも、その言葉に黙って耳を傾けながら、自分たちの対応が間違っていたのかと反省しているような表情を浮かべた。


「じゃあ、どうすればいいんだ?」とバスが声をあげる。


「このままじゃ、アソビがずっと寝続けることになるのか?」


メゾは静かに息を吸い、少しだけ口元を引き締める。


「今は、休息が必要です。そして、必要に応じて、彼の訓練の時間を短縮することも考えないといけません。音楽の訓練は無理に続けてはいけません。彼が回復し、エネルギーを取り戻すまでは、十分な休養と慎重な管理が必要です」


その言葉に、部屋にいた全員が言葉を失った。アソビが目を覚まさない理由は、音楽による過剰なエネルギー消費だった。

彼の強さが、時にはこうして逆に彼を追い詰めてしまう。


「では、彼を寝かせておくべきなんですね……」


バリトンが、落ち着いた声でつぶやく。


「はい、まずは回復のために音楽から離れ、休息を与えてください。その後、適切な音楽のトレーニングを行うためのリハビリをすることが大切です」


メゾは真摯な眼差しで、アソビを見守っている。

その時、テナーがようやく口を開く。


「アソビ君が目を覚ましたとき、また歌えるように……彼の体が音楽を扱えるようになるためには、どうすればいいんですか……?」と、彼の声は少し震えていた。


メゾは少しだけ目を閉じてから、しっかりと答えた。


「焦らず、無理をしないことが一番です。リハビリはゆっくりと進めましょう。彼が音楽を再び受け入れる力を取り戻すためには、時間がかかるかもしれません。しかし、無理に急ぐことは、彼をさらに傷つけることになります。」


その言葉を胸に、バスも、バリトンも、そしてテナーも、ただ黙って頷くしかなかった。


アソビが回復するためには、少し時間を要する。だが、どんなことがあろうと、彼が元気を取り戻すその日を、みんなで待つことが決まった。




(バリトン視点)


俺は毎日、アソビのそばに座っていた。聖楽祭が終わってから、何日経っただろうか。アソビはあれからずっと眠り続けていて、目を覚ます気配すらない。


館の空気が、いつもと違って重く感じるのは、俺だけだろうか。テナーは心配しながらもどこか冷静で、バスも普段通りの態度を取っていた。でも、俺はどうしても落ち着かなかった。


「アソビ……」


俺はまた、アソビの寝顔を見つめる。顔色は少し悪いけど、それでも息はしっかりと吸っている。寝息も安定しているし、体温も普通だ。なのに、どうしてこんなにも目を覚まさないんだろう。


聖楽祭の日の後、あんなに元気に歌っていたのに。今や、この部屋はまるで時間が止まったような気がしてならない。


「……まさか、キャパオーバー?」


俺の心に浮かぶ言葉を、口に出してみる。

テナーが「うん、あの歌唱量とプレッシャーじゃ、無理もないかもしれないな」って言ってたけど、俺はそれを信じたくなかった。だって、アソビはいつだってそうやって限界を超えてきたから。


だけど、今のこの状況、目の前で眠り続けるアソビを見ていると、どうしても心が落ち着かない。


「大丈夫かな……」


俺は小さく呟いて、アソビの手をそっと握る。


その時、ドアが開いて、テナーが入ってきた。顔に疲れを浮かべているけど、それでも俺に微笑んだ。


「バリ、何か進展は?」


テナーは静かに問いかける。


「うーん……」


俺はうなだれるように答える。

「何も変わらない。ずっと眠ってるだけだ」

「心配だよね……」


テナーが、アソビの枕元に座り込んで、俺の隣に並ぶ。


「あぁ……」


俺は深いため息をついた。


「ただ眠ってるだけならまだしも、目を覚まさないのが不安だ」


テナーは静かに頷く。バスも、部屋の隅からやってきて、俺たちの近くに立った。彼の表情はいつも通り冷静だけど、やはりどこか心配そうだ。


「どうしても、あの後、アソビが一気に疲れたのが原因だと思うんだよな」とバスが言う。


「でも、あんなに長く眠るなんて、正直予想してなかった」


「それに……」


テナーが話を続ける。


「アソビ、普段からあんなに無理してたから、体が限界を超えて、回復しないといけない状態にまでなったんだろうな」


俺は少しだけ安心した。みんな同じことを考えているなら、きっと大丈夫だろう。アソビが起きるのを待って、そっと彼の手を握る。

そのまま何日も過ぎ、そしてついに5日目の夜、アソビの寝顔が少しだけ変わった。


「……お腹、すいた……」と、アソビがかすかな声で呟く。


俺は目を見開いた。


「アソビ!」


テナーも驚いて立ち上がる。


「アソビ、目を覚ました!」


でも、アソビはまだ目を完全には開けていなかった。それでも、口元に微かな笑みが浮かんでいるのが見える。


「お腹すいたって、食べたいのか?」


バスが少し驚きながら尋ねる。

アソビはかすかに頷いて、目を閉じたまま言葉を続けた。


「……ご飯……食べたい……」


その言葉を聞いた瞬間、俺たちは全員、胸の中で一気に安堵のため息をついた。

テナーが微笑みながら言う。


「良かった、アソビ。しっかり元気を取り戻してる。」


バスも、普段は表情を変えないが、今回は少しだけ柔らかな顔を見せる。


「ああ、無事でよかった」


俺も、その言葉を聞いて胸がいっぱいになった。アソビが目を覚ましたこと、それだけで本当に安心した。たった一言の「お腹すいた」だけで、こんなにも救われる気持ちになれるんだと、改めて気づかされた。


「じゃあ、少し食べて、またゆっくり休んでね。」


テナーが、アソビに優しく言った。


アソビは、微笑んで頷き、再び目を閉じた。しかし、その表情は前よりもずっと安らかで、落ち着いていた。


俺たちが彼を支えるべきだと心に誓いながら、その夜もみんなで彼の回復を見守ることにした。




(アソビ視点)


意識が戻った瞬間、まるで長い長い夢から覚めたかのようだった。目を開けると、ぼんやりと天井が見える。そこは――自分の部屋だ。


「ここは……」


小さく呟くと、すぐに自分の目の前にテナーの顔が見えた。どこか安心したような笑顔を浮かべて、すぐにほっとしたような表情を見せる。


「おかえり、アソビ」

「あ、テナー……」


意識がしっかり戻るにつれて、あの聖楽祭の日から何日も経ったことに気がついた。体がだるい。動こうとすると、少しの力でフラつくような気がする。


「アソビ、大丈夫?」とテナーが優しく声をかける。

その後ろから、バリトンの声も聞こえた。


「お前、五日間も寝続けてたんだぞ。今さら起きてどうした?」

「五日間……?」


その言葉を聞いて、思わず目を見開く。


「そんなに寝てたのか……?」


テナーとバリトンは、少し照れくさそうに顔を見合わせる。


「うん、アソビ。聖楽祭の日からずっと寝続けて、ほとんど起きなかったんだ」とテナーが、真剣な表情で話し始めた。


「最初は、君の体調を心配してたんだ。どうしても無理してたから、体がキャパオーバーしたのかと思って。だけど、君が一切目を覚まさないもんだから、正直どうしていいか分からなくてね」


バリトンも肩をすくめて言う。


「お前が寝てる間、ずっと見守ってたけど、心配で仕方なかった。でも、メゾ様に診てもらったおかげで、なんとか回復してくれたみたいだな」

「メゾ様?」


俺は驚いて尋ねる。


「それって、王族のメゾ様か?」

「うん、そうだよ。あのメゾ様が、音楽のエネルギーを消耗しすぎて、回復しないといけないって言ってくれて……」


テナーが穏やかに説明してくれた。


「え、じゃあ、俺があんなに眠っていたのは……」


言葉をつなげる。


「音楽を聴き過ぎたせいだな」


バリトンが、何とも言えない表情で言った。


「お前、あんなに無理してたからな。完全にエネルギーを使い果たしてたんだ」


その言葉を聞いて、なんだかすごく恥ずかしくなった。


「まさか、そんなに……」

「お前、どんだけ音楽に身を投じてるんだよ」


バリトンは少し呆れたように笑っているけど、その目は優しかった。


「でも、こうして無事に目を覚ましてくれて、本当に良かった」


テナーが少し困ったように言う。


「ああ、でも君があまりにも長く寝てるもんだから、俺たちもどうしていいか分からなかったんだ。心配してて、ほんとに。」

「申し訳なかった……」


少し申し訳なくなる気持ちがこみ上げてきた。


「いや、そんなこと気にするなよ」


バリトンが肩を叩いてきた。


「お前が元気で目を覚ましてくれたから、俺たちも一安心だ」

「でも、アソビ」


テナーが真面目な表情で言った。


「次からは無理しないで。あれ以上やると、また倒れちゃうかもだから」


「わ、わかった……」


やっと自分の体調を気にするべきだということを実感した。


「これからは気をつけるよ」


その後、テナーとバリトンはそれぞれ笑顔を浮かべ、安堵の息を吐いた。


「よかった、元気になって」


テナーがにっこりと笑い、「じゃあ、少し休んで回復しような」と言った。


「お前が寝てる間に色々あったけど、また一緒に過ごせるって思うと嬉しいよ」


バリトンもそう言って、柔らかな表情を見せてくれた。


「うん、ありがとう」


俺はその言葉を素直に受け入れた。

本当に、長い眠りだったけど、こうして目を覚ますことができたことに、少しほっとしていた。無理をしないようにしなければならない、でもみんながそばにいてくれるから、きっとこれからも大丈夫だと感じていた。




「とりあえず、無理せずにゆっくり休んで、必要なときに食べるものを補充しよう」


テナーが優しく言った。


俺はふと、お腹がすいていることに気づく。寝ている間に何も食べていなかったから、確かに空腹だ。


「お腹すいた……」


小さく呟くと、テナーはすぐに立ち上がり、笑顔を見せた。


「分かった、今すぐ用意するから待ってて」


バリトンも頷く。


「お前、食べられるだろ?体力戻したほうがいい」


俺は素直に頷く。


「うん、ありがとう」


それからしばらくして、テナーが用意した軽い食事が俺の前に置かれた。普段より少し豪華に感じる、だがあまり重すぎない料理の数々。なんだか優しさを感じて、思わず顔が緩んでしまう。


「ここのご飯、美味しいんだよな……」


俺はそれに手を伸ばす。


「もちろんだろ。お前が元気になるためには、これぐらいしないとな」


バリトンが少し照れくさそうに言った。


「でも、無理しないでよ。まだ完全に回復してないんだから」


テナーが心配そうに俺を見ている。


俺はそれに答える前に、ひとくち料理を口に運んだ。温かくて、少し甘みがあって、とても心地良かった。


「うん……美味しい」


俺は素直に感想を言うと、テナーがほっとした表情を浮かべて言った。


「よかった。これで少しずつ回復して、また元気を取り戻していこう」


その言葉に、俺は少し自分の体調について考える。正直なところ、音楽の力を使いすぎて、思ったより体に負担がかかっていたことを実感している。でも、今はその心配も少し和らいだ。


「本当にごめんね、心配かけて」


俺は少し謝るように言うと、テナーとバリトンは同時に笑った。


「謝る必要なんてないよ」


テナーが穏やかに言い、「アソビが元気を取り戻してくれることが一番だから」と続ける。


「そうだな。お前が寝てる間、俺たちもずっと心配してたけど、今はもう大丈夫だな」


バリトンが肩を叩きながら言う。


俺は少し恥ずかしそうに笑い、「ありがとう」と、心から感謝の気持ちを伝える。


その後、しばらく静かな時間が流れ、食事をゆっくりと摂りながら、体力を戻していった。テナーとバリトンも俺が元気を取り戻すことを見守りつつ、時折笑い合いながら談笑している。


そして、ようやく俺の体力も少しずつ回復してきたように感じ、心地良い安心感に包まれていく。


その後、しばらく館で休養していたが、俺はもう大丈夫だと思っていた。音楽のエネルギーを大切にしつつ、無理をしないようにして、また少しずつ歌うことを再開できる日が来るだろう。


「これからも、また一緒にやっていこうね。」


テナーが言い、バリトンも頷く。


「もちろんだ。無理せずにな、アソビ。」


バリトンが微笑んだ。


俺はその言葉を胸に、これからまた歩み始める準備ができたことを感じた。次のステップに進むためには、少しの休養と心の整理が必要だったけど、皆がいるからこそ安心して次に進める。



【Novel版】陰キャ細もやしの俺は異世界で歌の力を手に入れました。

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