私にしては短いし、ただただシリアスです。
苦手な方はご注意を。若様視点。
元貴の声が急に聞こえなくなって、何度か呼びかけるが返事がない。仕方なく通話を切って苛々と舌を打ち、涼ちゃんの家まで車で向かってくれているマネージャーを後部座席から睨み付ける。
「なにがどうなってんの?」
俺の横柄な態度に、もしも涼ちゃんが横にいたら怒られているだろうなって考える。そんな言い方したらだめだよって綺麗な眉を少しだけ上げて。
そんな風に礼儀や礼節を重んじる姿勢が、最初の頃はちょっと鬱陶しかった。ガキだった俺には年長者ぶっているように見えたんだろう。売れ始めて粋がって天狗になっていた俺を、涼ちゃんは真剣な目でたしなめてくれた。周囲を大切にしない人は、大切にしてもらえなくなるよ、って。
怒っていいから説明してほしい。いくらでも怒られるから辞めたなんて嘘だと笑ってほしい。ドッキリ成功~ってあのゆるい声で、ほわほわと言ってほしい。
「……ほんとうに、私も何も知らないんです。今朝の会議でチーフから言われただけで、なにがなんだかわからなくて……ッ」
ぐしゃりと顔を歪めて唇を噛むマネージャーが嘘をついているとは到底思えなかった。声は震えてハンドルを握る手に力が籠っている。これが演技だとしたら役者顔負けだ。
俺の行動の予測をつけていたのか、本人もそのタイミングで聞かされたのか分からないが、俺の朝イチの仕事が終わるまで伝えてこなかったチーフマネージャーに電話をかける。
コール音が繰り返されるだけで繋がらず、苛々としたまま今度は涼ちゃんに電話を掛けるが、電源が切られているという機械音声が響くだけ。
くそ、と悪態をついて、不安と苛立ちをシートにぶつける。壊れることはないと、揺らぐことなんてないと信じていた何かが崩れていく音が聞こえてくるようで、軽く頭を振る。
程なくして涼ちゃんの住むマンションに着き、車を停めてマネージャーと共に降りる。エレベーターの上行きのボタンを意味もなく連打し、やってきたそれに乗り込んで階数ボタンを押す。目的の階まで止まることなく澱みなく上昇するのに、胸騒ぎがして焦りがおさまらない。
部屋番号を確認してからインターホンを鳴らす。応答がない。ドアレバーを引くが当然鍵はかかっていて、とにかくインターホンを連打する。ドアの向こうでかすかにチャイムの音が聞こえるのに、誰かが出てくる気配はなかった。
心配そうに俺を見守っていたマネージャーを振り返り、
「合鍵は!?」
怒鳴りつけた。マネージャーが悪いわけじゃないのに、感情を抑え込むことができない。俺の声に怯えるように身体を震わせて、マネージャーは首を横に振った。
「すっ、すみません、事務所保管の鍵の場所は社長しか知らなくてッ」
誰でも持ち出せるようになっていたらそれこそ問題だ。当たり前の措置なのに、セキュリティの堅牢さが今は憎らしい。
合鍵がないなら開けてもらうしかない。
「管理人さんに身分証出して鍵借りてきて」
「は、はい!」
事件が事故でもあったのかという剣幕に、周囲に人がいなくてよかったと思う。通報されてもおかしくない状態だったから。
マネージャーが管理人室に走る間、インターホンを鳴らしながら元貴に電話をかける。コールはするものの出る気配がなくて、大丈夫だろうかと不安を覚えた。
時としてひどく不安定になる元貴を支えてくれていたのは他でもなく涼ちゃんで、その涼ちゃんから与えられた衝撃が元貴にどんな影響を与えるのか、全く想像ができなかった。
それでも今は事実確認が先だと涼ちゃんに掛けても相変わらず電源が入っていないという機械音声しか返ってこない。
打つ手がなくてインターホンを鳴らすのをやめ、ドアを殴るように叩いた。じわじわと拳に広がる痛みが、この状況が夢ではないと思い知らせてくる。
開かれない扉に両手をつき、膝から力が抜けて座り込んだ。
「涼ちゃん……」
なんで? どうして?
昨日抱き締めてくれたじゃん。またみんなで遊ぼうって言ったじゃん。一緒に帰って、また明日ね、って言ったじゃん。
元貴と三人でいろんなことに挑戦しようって約束したじゃん。何十年経っても、死ぬまでMrs.でいようって誓ったじゃん。
「若井さん!」
マネージャーの声に顔を上げると、管理人ではなくマネージャーと連絡が全然繋がらなかったチーフマネージャーが駆け寄ってきた。
詰りたくなる気持ちに突き動かされるままに立ち上がると、つかみかかる前に鍵を差し出された。
「っ」
「社長から鍵を預かってきました。騒ぎにされても困るから、と」
鍵を奪い取って開錠し、ドアを開けて靴を脱ぎ捨てた。
「涼ちゃん!」
リビングのドアを開けて目に入ったのは、空室だと言われてもおかしくないほど生活感のなくなった部屋だった。
カーテンも、机も椅子も、調理器具のひとつもない。ソファもなければそこに放置されていた涼ちゃんの服も、細々とした雑貨も。あんなにごちゃごちゃした部屋だったはずのそこは他人の家のようで、涼ちゃんがここにはいないことを知らしめるには十分すぎるほどだった。
事態を飲み込みきれなくて、飲み込みたくなくて、僅かな希望に賭けて寝室のドアを開ける。やはり同じようにがらんとしていた。頭のどこかで涼ちゃんはここにいないとわかっているのに、防音設備のある練習部屋に向かう。
「涼ちゃん!」
元貴の音楽を演奏することが僕の生きる理由なんだよと笑った彼の姿はどこにもなくて。
埃が被らないように布を被せたキーボードだけが、演奏者を待つように静かにそこにあった。
「……先ほどお伝えした通り、本日付で藤澤さんは事務所を退所されました」
チーフの平坦な声が現実を突きつける。
振り返ると、感情を無理に押し殺したチーフが苦しそうに唇を噛んだ。
「聞いてない」
「……ですが」
「聞いてねぇよ!」
力の限り怒鳴りつける。チーフもマネージャーも、何も言わない。何も言えない。
重苦しい沈黙が空間を満たし、それを打ち破ったのは俺のスマホへの着信だった。
涼ちゃんかもしれないと慌てて画面を見ると元貴の文字。
「元貴!?」
叫ぶように名を呼ぶと、浅い呼吸を繰り返す音が聞こえてきた。
「元貴!? 涼ちゃんいた!?」
『…………わかい』
俺を呼ぶその掠れた声だけで、元貴が泣いていることなんてすぐに分かった。
「すぐそっち行くから!」
電話を切って玄関へと走る。事情を問い詰めたい思いをグッと抑えて、今はとにかく壊れてしまいそうな親友の傍に向かうことが最善だと脳が告げる。
「スケジュールは変更してあります。落ち着いたら大森さんと事務所までいらしてください」
どこまでも冷静なチーフの言葉に奥歯を噛み締める。
今ここで説明されたとしても理解できないし、どんな言葉をかけられたとしても納得なんてできる訳がない。涼ちゃん自身から説明を受けても、受け入れることなんてできやしない。
返答の代わりに強く睨みつけて、運転手をしてくれるマネージャーと車に向かった。
移動中の車内では俺もマネージャーも何も話さない。お互いにかける言葉が見つからなかった。
元貴の部屋に着くと鍵が掛かっていて、それを見越していたチーフから預かった合鍵で開けて部屋に入り込む。
「元貴!」
リビングのソファで膝を抱えて座る元貴に駆け寄ると、のろのろと視線を上げた。顔色は悪く、生気の欠片も感じなかった。
手には俺に連絡を取るためのスマホと、ぐしゃぐしゃになった白い紙。
白い紙をそっと受け取り中を開くと、涼ちゃんの癖のある字で『ごめんね』と書かれていた。
「……ッ」
それ以外、何も書かれていない。
「……ょ」
「え?」
「どこ、にも……っ、りょ、ちゃん、いないん、だよ……ッ」
顔を上げた元貴の目から涙があふれ出し、ぼろぼろと頰を濡らした。
たまらず元貴を抱き締めるが、嘘でも大丈夫だなんて言えなくて唇を噛んだ。目が熱くなって俺の目からも涙があふれて、元貴の頭に顔を埋めて嗚咽を殺す。
昨日まで当たり前にあった日常が、いとも容易く破壊された瞬間だった。
続。
展開に必要なパートとはいえ、重苦しすぎる。
コメント
6件
もう♥️💙の気持ちなると泣けてきますし、💛の事思うと苦しくなりますし😭💦 これからどうなるのか楽しみです🫣
普段💛ちゃんのことはご本人様もお話も🥰の気持ちで見てるんですけど、初めて💛ちゃん!💢……😭てなりました… お話上の展開であることもなにか理由があることもわかってるんですけど😣それぐらい入り込んじゃいました! 続きが楽しみです❤️
藤澤さんん....どこ行っちゃったんだ... シリアスめっっちゃ大好きです。あのハラハラ感が堪らなく好きなんですよね、、藤澤さんのこと、見つけ出して欲しいですね...、