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#異世界転生
#婚約破棄
#ハッピーエンド
千椛
シンデレラに夢を見ていたわけではない。
それでも、少しくらいは……今のこの生活を変えてくれるのでは……と、淡い期待を抱いてしまっていたのだろう。
そんな私の心が、音をたてて崩れていく。
「もう良い、下がれ」
異世界の王宮、豪華な装飾が施された謁見の間。
初めて出会う王子様は、物語のように一目で私を見初めてくれる訳では無かった。
好意も嫌悪感も何も浮かんではいない、無関心な瞳。
ガラス玉のような無機質な光は一度私から逸れた後、二度とこちらに向くことは無い。
小説『不遇聖女のシンデレラストーリー』の主人公ヴァージニア・デインズとして生まれ変わった私は、絶望のまっただ中に居た。
タイトルの通り、この小説の主人公は不幸な幼少時代を過ごした。
デインズ伯爵家の長女として生を受けたが、出生と同時に母を亡くし、愛妻家であった父は母の死後ひたすらに嘆き暮らして、母の後を追うように翌年に亡くなった。
伯爵家の継承権は長女のヴァージニアにあったが、いまだ幼いということで伯爵の弟が臨時で爵位を継承。
ヴァージニアが成長したら後を継がせるという建前で叔父夫婦に引き取られて――それが地獄の始まりだった。
叔父夫婦には、ヴァージニアと同い年の一人娘ジェイニーが居た。
同い年の女の子二人が一つ屋根の下で暮らすことになったが、片や爵位継承権を持つ前伯爵の一人娘。片や継承順位は低いが、現伯爵の実子。
二人の育て方、注がれる愛情に大きな隔たりが有ったのは、当然と言えよう。
ある時主人公のヴァージニアは顔に火傷を負い、人前に出られぬ姿となってしまう。
しかし、成長した彼女は癒やしの魔法を覚えて自らの火傷を治療。
それを機に聖女の力に目覚め、王太子と恋に落ちて物語はハッピーエンドへと進むのだ。
この世界に転生して八年。
これまで地獄のような日々を過ごしてきた。
小説では聖女の力に目覚めた後に王太子と出会い、一目惚れでお互い恋に落ちていたが、実際は違う。
このアトキンズ王国の高位貴族は、幼い頃に皆一度は王族に目通りをする。
婚姻による結びつきが強い世界で、王族や要人がめぼしい婚約者候補を見定める機会。
それが幼少期のアトキンズ王家への謁見だ。
小説には描かれていなかった、王国貴族としての通例行事。
これまで八年間、苦しい生活に耐えてきた。
小説の通りならばもうすぐ顔に火傷を負って人前に出ることは出来なくなり、伯爵家に軟禁される日々が始まる。
それより先に、ヴァージニアにとって運命の相手である王太子ウォーレン・アトキンズに出会い、今の生活を変えて欲しかった。
将来的に聖女ヴァージニアと結ばれる運命の相手、ウォーレン王太子。
物語通りに不幸な人生を歩まずとも、彼と出会えば何かが変わるのでは無いか。
そう信じてここまで来た。
現実は、あまりに残酷だった。
聖女であるヴァージニアと出会った王太子は一目で恋に落ちたが、聖女では無い今の私に、王太子は欠片も興味を抱いてはくれない。
ヴァージニアは母譲りの美貌を持っている。
国王夫妻や謁見を見守る要人達からどれだけ感嘆の声が漏れたところで、肝心の王太子殿下に近づけなければ意味が無い。
ただのヴァージニアでは、駄目なのか。
聖女ヴァージニアで無ければ。
そんな想いが、ぐるぐると脳内を駆け巡る。
今王太子に見初められなければ、この後領地に戻る最中に、私は顔に火傷を負ってしまう。
そこから先は今まで以上の地獄が待ち受けていることだろう。
いやだ。助けて。
その一言が、どうしても言えない。
言ったところで、私<ヴァージニア>と王太子には何の接点も無いのだ。
私が覚えている小説『不遇聖女のシンデレラストーリー』の物語以外には、何も。
結局得られる物も無いままに謁見は終わり、私達デインズ伯爵家一行は馬車に揺られて領地に戻ることになった。
叔父一家が乗る馬車は揺れが少ない最先端のもの。
ふかふかのクッションが敷かれ、負担を軽減するように作られている。
私は一人執事と侍女達が乗る馬車に乗り込んでいた。
お前なんて使用人と同じ扱いで十分――そんな叔父一家の声が聞こえてくるようだ。
使用人の中には、馬車では無く徒歩で領地へと向かう者も居る。それを考えたら、馬車に乗せてもらえるだけまだマシなのかもしれない。
ガタン、ゴトンと馬車は領地への道を進む。
整備されていない道はガタガタで、すぐに車輪が小石に乗り上げてしまう。
揺れる車内、使用人達は無言のまま。
彼等とて、お喋りが嫌いな訳では無い。ただ、私という異分子が居る為に、口を噤んでいるのだ。
家族からは疎まれ、使用人達からも微妙な扱いを受ける。それが今の私。
使用人達の目が光る中で逃げ出すことも出来ず――逃げ出したところで、子供一人行く当ても無いのだが――伯爵家一行はシルワ村に到着した。
物語の中でも、デインズ伯爵家はこの小さな田舎村に逗留した。
この村にある宿屋兼食堂で酔った叔父に焼けた鉄板皿を投げつけられて、ヴァージニアは顔に酷い火傷を負うのだ。
それ以降はヴァージニアは屋敷の外に出ることは無くなり、叔父一家による虐めは激化する。
伯爵家一行は村にある唯一の宿屋兼食堂を貸し切った。
小さな村に宿屋は一軒しか無く叔父一家は不満を漏らしているが、無いものは仕方が無い。
「ねえ、あんな狭い部屋で寝るの?」
従妹<いとこ>のジェイニーが、叔母に甘えた声を上げている。
ヴァージニアの色素の薄いホワイトブロンドの髪とは対象的に、ジェイニーは叔母譲りの色鮮やかなストロベリーブロンドの髪をしている。
背格好は同じくらいだが茶色の瞳は愛想よく笑みを湛え、令嬢でありながら快活な雰囲気を纏っている。
まともに外に出たこともなく、同じ年頃の子供と遊んだことの無いヴァージニアとは大違いだ。
「今日だけの我慢よ。明日になれば、また大きな街へと移動するから」
叔母がジェイニーを撫でながら、優しい声で告げた。
あんな声、私は向けられたことが無い。
「だって。あの部屋、あの子の部屋と同じでしょう?」
ジェイニーの視線が、一瞬だけこちらに向けられる。
私は気付かぬふりをして、宿屋の窓からのどかな田舎村の風景を眺めた。
「部屋は別々だよ、ジェイニー」
「えー、部屋は別々でも同じ広さの部屋だなんてー」
叔父のフォローに、ジェイニーが頬を膨らませる。
彼女の考えは分かっている。見下している私が自分と同じ広さの部屋を使うというだけで、納得がいかないのだ。
「申し訳ございません、既に他の個室は護衛騎士の皆様がお使いになっておりますし、大部屋は使用人の皆様が入っておられて……」
「あら、部屋が無いのなら馬小屋で寝れば良いじゃない」
宿の主人がおずおずと申し出ると、良いことを思いついたとばかりにジェイミーが明るい声で笑った。
子供特有の無邪気な笑顔。
叔父夫婦や伯爵家の使用人達はこの笑顔を見て愛らしいと思えるのだから、不思議なものだ。言っていること、やっていることはこんなにもえげつないと言うのに。
「いえ、今日は皆様が連れてこられた馬で、馬小屋もいっぱいでして……」
「あら、そう。じゃ、食堂ででも寝ることね。空いた部屋は、私付きの侍女に使わせてちょうだい」
はいこれで決定とばかりに、ジェイニーが手を叩く。
宿の主人は本当にそれで良いのかと、叔父一家と私の間に視線を往復させた。
だが、誰からも反対の声が上がるわけが無い。
この家では、ジェイニーが望めば何でも叶うのだ。
そして、ヴァージニアの望みが叶えられたことなど一度も無い。
今日も私との差を見せつける為に部屋を変えさせ、私が使用人以下の存在であると周知させる為に、食堂で寝るように仕向けたのだろう。
最初の頃は、使用人達も皆優しかった。
だが、私に優しくすればするほどジェイニーの反感を買うと知って、私に優しくする者は誰も居なくなった。
いや、ごく少数居た心優しい使用人達は、いつしか屋敷で見かけなくなってしまった。
最近では屋敷の使用人だけでなく、外でも自分との”違い”を見せつけようとしてくる。
こういった出来事は、今に始まったことでは無い。
「私は食堂で構いません。毛布だけ貸していただけますか」
「は、はい……ただ、食堂が空くのは皆様がお食事を終えてからになりますので、それまで大分お時間が……」
「わかりました」
宿の主人が、何度も私に頭を下げてくる。
彼は何も悪く無いのに。
部屋の無い私は、ゆっくりと旅の疲れを癒やすことも出来やしない。
仕方なく、夜風に当たろうと宿の外に出た。
前世の私は身体が弱く、その短い一生のほとんどを室内で過ごしていた。
こうして夜風に当たったことも無ければ、自然豊かな田舎村に来たことも無い。
本来であれば、異世界を旅することを喜ぶべきなのだろう。
だが、私はこれから自分の身に降りかかる不幸を知っている。
このまま私が帰らなければ、火傷をせずに済むのだろうか。
いっそ、姿を晦ましてしまえば――そんな考えに支配されそうになってしまう。
さくり、さくりと草を踏みながら、星明かりの下を歩く。
こんな小さな村では、子供一人とはいえ隠れて過ごすのは難しそうだ。
どれだけ酷い扱いを受けたところで、私は伯爵家の継承権を持つ身だ。
私にもしものことがあれば叔父夫婦が責任を問われるし、万が一死亡した日には、家を乗っ取る為に殺害したのだろうという疑惑が生じかねない。
叔父一家に逆らう気が起きないように心を折られ、彼等の機嫌を損ねないようにひっそりと生きていく。それが彼等が私に望む生き方なのだ。
痛い思いなんてしたくない。
屋敷に軟禁される生活も、送りたくは無い。
未来を知っているのに、ただの子供である私にはそこから逃げ出す術が見つからない。
前世の記憶も、物語の知識も、何の役にも立ちはしない。
幸せな未来が待っているからと言って、今のこの現実が辛くない訳が無いと言うのに。
「うぅ……ひっく」
ボロボロと涙が零れた。
帰りたくない。でも、帰る場所はあそこしか無い。
いつしか村を歩く足も止まって、一人溢れる涙を拭っていたら――…、
「誰だ? 子供?」
突然、声が聞こえてきた。
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