「·······そして二人は末永く幸せに暮らしましたとさ。おしまい。」
絵本に書いていた最後の台詞を言いながら咲幸は絵本を閉じた。咲幸の読み聞かせを隣で聞いていた8歳の女の子はベットの中でぐっすり眠っている。咲幸は女の子の頭を優しく撫でながら言った。
「おやすみ。」
咲幸は絵本を本棚に戻し、静かに部屋を出た。自分の部屋に向かって廊下を歩いていくと通り過ぎた部屋から女の子のすすり泣きが聞こえた。
ガチャッ…
「どうしたの?」
「っ!グスッ······咲幸おねえちゃん。」
ドアを開けた咲幸に気づいた女の子は泣きながら、咲幸に駆け寄り抱きついた。
「うぅっ······グスッ······怖い夢を見たの。」
「そう······怖い夢を見たのね。」
咲幸は女の子の頭を優しく撫でながら言った。
「泣かないで。夕花梨(ゆかり)が眠るまで一緒にいるわ。」
「本当……?」
野花 夕花梨(のばな ゆかり)と呼ばれる内気な女の子は少し安心しながら咲幸を見た。
「うん、本当。お布団に行こう?」
「うん!」
夕花梨は涙を拭いながら、咲幸と一緒に布団に入った。咲幸は夕花梨が安心して眠れるように布団の上に優しく叩いた。
トントン
「……ねぇ咲幸おねえちゃん。お願いがあるの。」
「ん?何?」
咲幸は夕花梨の方を見た。夕花梨はもじもじしながら言った。
「あのね……お歌を歌って?」
「え?」
夕花梨が何を言いたいのか分からなかった咲幸は一瞬戸惑った。
(歌……?もしかして子守歌の事?)
「……うん、分かったわ。」
「ありがとう。」
夕花梨のお願いの意味を理解した咲幸は布団を優しく叩きながら歌った。その子守歌は儚くも悲しい歌だった。
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お家(うち)忘れた 子ひばりは
広い畑の 麦の中
母さんたずねて ないたけど
風に穂麦(ほむぎ)が 鳴(な)るばかり
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歌い終えた咲幸は夕花梨の様子を見た。夕花梨は寝ず、涙目で咲幸を見つめた。
「悲しい歌だね······。」
「っ!······そうね。ごめんね。」
夕花梨を泣かせた事に罪悪感を感じた咲幸は謝った。
(私、どうしてこの歌を歌ったの……?)
自ら躊躇なくこの歌を歌った原因に咲幸は分からなかった。けれど考えている場合じゃない。今は夕花梨が眠れるように別の歌を歌わないといけない。
「じゃあ一緒に『きらきら星』を歌う?」
「っ!······うん!」
咲幸の提案に夕花梨は再び涙を拭い、笑顔で咲幸と一緒に歌った。
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きらきらひかる
お空の星よ
まばたきしては
みんなを見てる
きらきらひかる
お空の星よ
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歌っている最中に夕花梨の歌声は段々小さくなり途切れたが、咲幸は最後まで歌った。
咲幸は夕花梨の方を見た。夕花梨は既にぐっすりと眠っていた。
「夕花梨、ごめんね……おやすみ。」
咲幸は夕花梨の頭を優しく撫でながらそう呟き、部屋を出た。そして自分の部屋に向かって薄暗い廊下を歩いていった。