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アルヴィンさんたちの姿が見えなくなったあと、私は不意に声を掛けられた。
「アイナちゃん、こんにちは!」
振り向くと、そこにはにこやかに笑うジェラードが立っていた。
前回もアルヴィンさんのあとに訪れていたから、今回もきっと同じ流れなのだろう。
「こんにちは。今日も調達局を調べていたんですか?」
「まぁ、軽く? でも、これで一旦おしまいかな。
アイナちゃんのところに行き着くなら、そうそうおかしなことは起こらないだろうし」
「それはどうも……?
折角ですし、お茶でも飲んでいきませんか?」
「うん、ありがとう。
今日は調達局のことじゃなくて、アイナちゃんに話があったんだよ」
「あ、そうなんですね」
「ほら、例の頼まれていた件! しっかり調べてきたから♪」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ジェラードを客室に通して、キャスリーンさんにお茶を持ってきてもらう。
キャスリーンさんが退室したあと、二人になってから本題に入っていった。
「えぇっと、お願いしていたのは2件ですよね。
テレーゼさんの幼馴染の魔法の天才、シェリルさんの今の状況。
あとはうちのメイドさん、クラリスさんとキャスリーンさんが前に仕えていた場所のこと……っと」
「うん、そうそう。
話の流れ的に、シェリルさんの方から話をするね」
「はい、お願いします」
「えっとね、シェリルさんは今……王城にはいなくて、ある貴族の屋敷にいるみたいなんだ」
「へぇ? そこで雇われている感じですか?」
「いや……。軟禁されているみたいなんだよね」
「は、はぁ? 何か悪いことでもしたんですか?
いや、それなら牢屋ですよね。うーん……?」
早速、よく分からない展開である。
「最初は王城で働く形だったらしいんだけど、まったく仕事をしなかったそうでね。
そこら辺の経緯から、その貴族に一任されて連れていかれた……って感じみたい」
「それ、軟禁する必要はあります?
普通に解雇すれば良かったんじゃないですか?」
「いやいや。自分の利にならなくてもさ、他人の利になる場合があるでしょ?
実力のある魔法使いだから、自分たちの制御できないところには帰したくない。そう考えたんだろうね」
だからといって、それで軟禁っていうのもどうなんだろう……。
こういう人権的なところは、まだ発展が遅いのかな? 奴隷の制度は結構しっかりしてるんだけど。
「……でも、軟禁されているとはいえ、無事は無事なんですよね。
それなら、ひとまずは良かった……のかな?」
「そうだねぇ……。
それじゃ、もう少し話を広げるんだけど……ここからは、キャスリーンさんの話も混ざってくるから」
「え? 何でシェリルさんとキャスリーンさんが?」
そこまで言ってから、察しは付いてしまった。
シェリルさんが今いるのは『貴族の屋敷』。
キャスリーンさんが以前働いていたのは『貴族の屋敷』。
つまり――
「うん、お察しの通り。
調べていてさ、アイナちゃんが調査を頼んだ理由は分かったけど……。
あんまり、無茶なことはしないでね?」
「もちろんですよ。積極的に、何かをやろうとかは考えていませんので」
「そう? でも、もし裏で何かやるなら、僕はちゃんと応援するからね。
調べていて、僕にも思うところはあったし」
少し沈痛な表情を浮かべるジェラード。
私はキャスリーンさんの身体を見て知っているけど、ジェラードは現場を調べて知っているのだろう。
理解の程度は、もしかしたらジェラードの方が上かもしれない。
「……それで、今はどこにいるんですか?」
「グランベル公爵家――
……この王国のね、魔法に詳しい家系の貴族サマの本邸にいるそうだよ。
王都からはすぐの距離だから、往復はかなりしているみたい」
「王都の外、なんですね」
「珍しいことじゃないさ。
王都の中にが別邸があるけど、お城の近くだからそこまでは広くないしね。
……アイナちゃんの、このお屋敷よりは広いけど」
「レオノーラさんに言わせれば、ここは『居住スペース』ですからね……」
「あはは♪ 高貴な方々からすると、そうみたいだねぇ。
僕からすれば、このお屋敷だって広すぎるけど」
「私はさすがに、慣れてきちゃいましたね。
ところで、シェリルさんが酷い目に遭っていないか、とかは分かります?」
「そこまでは調べられていないんだけど、キャスリーンさんみたいな扱いはされていないと思うよ。
もともとは、シェリルさんの魔法の才能に用があったんだからね。
酷いことをすれば、それはもう絶対に手に入らないわけだし」
「無理矢理、言うことを聞かせるとかは?」
「それを最初にやって、ダメだったのさ。
でも、ずっと手元に置いておけば、何かが変わるかもしれない。
例えばいつか、大切な人ができたときに……その人を盾にして、言うことを聞かせるとかね」
「んんん……。酷いですね……」
「偉い人は、庶民なんかよりも大きなものを見据えているからね。
一人のしあわせよりも、全体の利益……まぁ、巡り巡って自分の利益になるんだけど」
その考えは、分かるところもある。
偉い人はただふんぞりかえっているわけではなく、偉くない人よりも『責任』というものを多く持っているのだ。
……とは言ってもどこかに一線はあるわけで、今回の一線は、私としては行き過ぎなものに思えた。
「……はぁ。
最初は情報操作の魔法を使ってもらうために探す、くらいのつもりだったんですけどね。
何だか大きい話になってきました……」
「実力や才能がある人は、その分しがらみが出来ちゃうからね。
本人が望もうが、望むまいが」
「ちなみに、シェリルさんに会うことってできますかね……?
情報操作の魔法を……とかではなくて、ここまで聞いたら、一回会ってみたいというか……。
できれば、テレーゼさんとも再会して欲しいですし」
「んー、難しいんじゃないかな……。
でも、それに見合うものを交渉材料に出すことができれば、もしかしたら……」
「むむむ……。
それじゃ、何か見合うものを探しておいて頂けますか?」
「うん、了解。
ああ、ちなみに育毛剤はダメだからね。髪は自慢するレベルで、しっかり生えているから」
「えぇー? この世界、上手くできていませんね……」
「あはは♪ それじゃ、シェリルさんとキャスリーンさんの件は、今日はこれでおしまいにするね。
一応、グランベル公爵の本邸と別邸の地図はあとで渡すよ」
「そうですね、何があるか分かりませんし。ありがとうございます」
「次は、クラリスさんが前に仕えていた場所だね。
これはガルネス子爵という貴族サマのお屋敷で、王都の中にあるよ」
「ふむふむ。……そこでは何か、酷いことがあったりしました?」
「いや、キャスリーンさんみたいな話は無かったかな」
……あれ?
そうするとクラリスさんに付けられてた十字の傷跡は?
――『罪の証』
確かあのとき、クラリスさんはそんなことを言っていたっけ。
それが何かは聞かなかったけど、でも、クラリスさんが『正しかった』ということは聞いている。
「うーん……。それじゃ、何か事件とかがあったのかなぁ……」
「事件? ああ、うん。
ピエールさんやクラリスさんからは、何も聞いてないの?」
「え? いえ、何も聞いていませんけど……」
「ふーん……、そうなんだ?
以前、お金の横領問題があったそうだよ。関係者も何人か処分されたみたい」
「うわぁ……。こっちはこっちで、何というか別の問題が……」
「その中に、当時お金の管理を補佐していたクラリスさんも入っているんだ。
アイナちゃんも、クラリスさんにお金の管理を任せているんだよね?」
大丈夫なの? といった顔でジェラードが聞いてくる。
でも、私はクラリスさんの涙を知っているわけで――
「冤罪とか、責任を被せられた、とかだと思うんですけど」
「そういう話もあるんだけどね……。
僕の方で、もう少し調べておく?」
「うーん……。それは大丈夫です。私はクラリスさんを信じているので」
「ふむ……。
あのさ、アイナちゃんは――」
「甘い、ですか?」
「え? ……あ、うん」
「言いたいことは分かります。ご心配ありがとうございます。
でもちょっと、今は身近な人を疑いたくないんですよ。疑い始めると、どこまでも堕ちていきそうで」
「……それは怖いなぁ。
うん、実に怖い。考え直して欲しいレベルで怖い」
「むむ……? んー……ああ、少し語弊がありましたね。
今は幸いなことに金回りは良いですし、お金のことで人を疑いたくないんです。
――ってことです!」
「んー、そっか。
それなら、何となくは分かるかも……」
「それは良かった!」
言い方ひとつ、話し方ひとつでずいぶん話が変わってしまうものだ。
でも私には甘っちょろさがあるから、普段は引き締めていかないといけない。
信じるところは信じる、疑うところは疑う!
当たり前のことだけど、それを心に強く刻んでいこう。
そんなことを心の中で決心していると、ジェラードの独り言が微かに聞こえてきた。
「――まったく、リーゼは赦しておけないな……」