気づいたら初投稿からひと月が経っていました。
時の流れって早すぎる……。
「よろしくお願いします」
撮影スタジオに入って頭を下げる。アー写やMV撮影をする空気感とはまた違う雰囲気にドキドキする。
あのあと、どこか吹っ切れたようなマネさんが怒涛の勢いで打ち合わせの日程を組み、超特急で撮影までこじつけた。
その手腕に驚いていると、私の命が懸かっているので! と晴れやかな笑顔で言っていた。その手には「辞表」と書かれた封筒があって、辞めちゃうの!? と慌てたら、覚悟の表明です! とこれまた明るく言われた。
なんか悪いことしちゃったな……、事務所にも利益があると言ってもマネさんからしてみれば迷惑だったかもしれない。一人の仕事を奪ってまでやることじゃなかったかも。
しょぼ、と俯くとマネさんがそんな僕を見てやわらかく笑った。
「大森さんはこわいですが、いつもと違う藤澤さんを私も見たいからいいんですよ。大森さんはこわいけど」
二回言った……。
「とにかく! 私のことはいいのでバッチリ着飾って大森さんを惚れ直させましょう!」
「そうだね! 惚れ直させる!」
グッと二人で拳を握る。
せっかくもらったお仕事なんだから、しっかりこなして元貴に僕だってできるんだぞってところを見せなきゃ。
そう意気込んで暫く待っていると、準備ができたらしくお待たせしました、と声をかけられた。
先に衣装に着替えて欲しいと言うことだったので、渡されたシンプルな白いシャツを着込む。だいぶ襟が開いてる服で、ソランジのMVの衣装みたいな感じだった。
よかった、暫く元貴とそういうことしてなくて。
忙しくてできなかっただけだけど、いつも元貴はやたら痕をつけたがるから、鎖骨とかうなじにキスマークがあったらやばかったな。
着替えといってもシャツを着るだけだったから、ものの数秒で終わってしまう。すぐに今度はヘアメイクに呼ばれる。
「よろしくお願いします。こちらにどうぞ」
パリッとした雰囲気の男性のメイクさんに促され、大きな鏡の前に座る。名前を名乗るだけの簡単な挨拶を交わす。
今までは女性のメイクさんが多かったから、これも新鮮だ。
メイクさんに衣装が汚れないようにケープをつけられて、スキンケアだけをしたすっぴんの状態をまじまじと見られる。
う、ちょっと恥ずかしいぞ。いつもより念入りにケアしてきたつもりだけど、プロフェッショナルに見られると緊張する。
「……お肌、きれいですね」
「あ、ありがとうございます」
ふっと笑って感心したように褒められ、思わず表情筋が緩んでしまう。本職の方に褒められるってなかなかないよね。
すると雰囲気を少し和らげたメイクさんが、顎に手を添えて考え込むように鏡の中の僕を見つめた。
「……リップが主役なのでアイメイク等は控え目に、って思ってたんですけど……ちょっと……いや、パターン別で撮るか……」
僕がよくやってしまう独り言みたいに呟いたあと、片手を挙げて近くにいたアシスタントさんを呼んだ。
カメラマンさんと今回のオファーをくれた責任者の方もやってきて、僕の頭上で難しい話が始まる。
「でも、そうすると“奪われる”より“奪われたい”になりませんか?」
「藤澤さんの雰囲気的に“奪ってしまいたい”じゃないかな」
「ああ、確かに。“奪い去りたい”って感じがしますね」
たくさんの目に見つめられてちょっとだけ居心地が悪い。
正直なところ、何が違うの? と思ってしまうけれど、皆さんの目が真剣だから口をつぐむ。
僕自身がモデル経験者というわけではないから要求に応じられるかわからないし、元貴みたいに作り出す側ではないから余計なことは言わない方がいいだろう。
あーだこーだと白熱し始めたやり取りにどうしたらいいかわからず困って、マネさんを振り返る。
僕に気づいたマネさんが近寄り、何かありましたかと問い掛けると、
「今日一日、もらえるんですっけ?」
と責任者の方が鬼気迫る顔で訊く。
元は午前中だけの予定だったから、慌ててスケジュール帳をマネさんがめくる。
「夕方から打ち合わせがあるのでそれまでだったら……」
「わかりました。申し訳ありませんが、数パターン撮らせてください。時間の許す限りで構いませんので」
僕のスケジュールを確認して応じると、決意を秘めた口調でメイクさんが言った。
嫌なわけじゃないけど断りきれない雰囲気に、マネさんが分かりました、と小さな声で答える。
「……隣のスタジオで大森さんが収録してるけど……大丈夫……かな……」
何かに怯えるように呟いたマネさん。
あ、隣でテレビ撮ってるんだ元貴、とぼんやり考えた僕の頬に下地が乗せられた。丁寧なのに手際の良さは流石のプロだなぁと感動する。
それにしても、隣で元貴が収録してることの何が不安なんだろう?
そう思いながらメイクさんの指示に従って目を閉じたり顔を傾けたりする。
コンセプトひとつでメイクが変わるってすごいな。やっぱり奥深い、と呑気に考えていた。雑誌の一ページを撮るだけなのにすごい熱量で、頑張ってそれに応えるぞ、なんてわくわくしていた。
その後ろでマネさんが、元貴についている別のマネさんに連絡をしていたことなんて、知る由もなかった。
続。
鬼ごっこ。の連載がしんみりなので、ゆるやか路線でいきたいところ。
いつも行き当たりばったりで書いてるからどうなるか私も分からない……。
コメント
4件
連載ありがとうございます! 見つからないように、マネさん頑張ってるんでしょうか
続きが楽しみ!