柱合会議の後、炭治郎は任務で蝶屋敷へ向かっていた。道すがら、ふと脳裏に浮かんだのは霞柱・時透無一郎の姿だった。
(あの人は……不思議な人だ)
会議中の冷たい視線とは裏腹に、その目にはどこか哀しみが漂っているように見えた。
炭治郎は自分の長男の勘が働いた気がする。あの少年の瞳の奥には、まだ誰も知らない何かがある。そう感じた。
数日後、炭治郎は偶然にも任務地で無一郎と再会した。二人きりになった夕暮れ時の林の中で、炭治郎は思い切って声をかけた。
「時透さん!あの……柱合会議では失礼しました」
「……気にしないで。君たちも大変だろうから」
予想以上に穏やかな返事に、炭治郎は少し驚いた。そして意を決して、ずっと気になっていたことを尋ねる。
「時透さんは……お一人暮らしですか?」
無一郎の顔が一瞬こわばった。
「……なぜそんなことを聞く?」
「いや、その……一人だと寂しくないのかなって」
炭治郎は頭を掻く。
「俺も家族を亡くして、今は妹の禰豆子だけが家族なんです」
無一郎はしばらく黙っていたが、やがて小さな声で言った。
「僕は……何も覚えていない。家族のことなんて」
「えっ?」
炭治郎は驚いて立ち止まった。
「両親が鬼に殺されたことは覚えているけど……彼らがどんな顔をしていたか、どんな話をしたか、何ひとつ思い出せない」
月明かりの中、無一郎の横顔が浮かび上がる。淡々とした口調なのに、その表情は痛ましいほど孤独に満ちていた。
「でも、一つだけ残っているものがある」
無一郎は空を見上げた。
「『お前ならできる』って言葉だけ」
「それって……」
炭治郎は息を呑む。
「覚えてないけど、きっと誰かがそう言ってくれたんだと思う」
無一郎は振り返った。
「だから僕は頑張るしかない」
その瞬間、炭治郎の中に何かが湧き上がってきた。この孤独な剣士を守りたい。強くそう思う。
「時透さん!」
炭治郎は思わず手を伸ばした。
「俺が……俺があなたの『家族』になります!」
突然の提案に無一郎の目が大きく見開かれた。
「どういう意味……?」
「わからないけど、あなたが何かを忘れてしまった分、俺があなたのそばにいるってことです!」
炭治郎の真剣な眼差しに、無一郎の胸の奥で何かが震えた。
その夜、二人は共に任務を終え、宿舎に戻ることになった。歩きながら無一郎はぽつりと呟く。
「……変な奴」
「えへへ、よく言われます」
炭治郎は照れ笑いした。
部屋に着き、布団を並べて横になる時、無一郎は窓の外を眺めながら言った。
「明日も早いから早く寝よう」
「はい!」
炭治郎は嬉しそうに答えた。
灯りが消え、静寂が訪れる。だが炭治郎の胸は高鳴っていた。隣で眠る無一郎の気配を感じながら、彼は確信していた。これがただの始まりなのだと。
翌朝、任務に向かう途中、無一郎は急に足を止めた。
「時透さん?どうしました?」
無一郎は何も言わず、ただ前方の景色を指さした。そこには美しい藤の花が咲き誇っている。
「ああ……きれいですね!」
炭治郎は素直に感動した。
「君の髪の色みたいだ」
無一郎は呟く。
「朝日に映える赤みがかった色……」
その言葉に炭治郎の頬が熱くなった。
「あ、ありがとうございます」
「行くぞ」
無一郎は背を向け歩き出した。しかし炭治郎は見逃さなかった。彼の耳がほんのり赤くなっていたこと。
二人の距離は確かに縮まりはじめていた。それは任務を通してではなく、些細な日常の中での気づきや温もりの共有によって。
コメント
2件
時炭だぁぁ‼ 記憶無いむいむいも可愛い