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「で? 黛とは何を話したんだよ」

結局、雄大さんは朝まで私を抱き締めていた。だから、寝起き早々にベッドの中で胸糞の悪い話をする羽目になった。

「桜から、来月帰国するって電話があったの。黛から誕生日を一緒に祝おうと誘われたって」

「俺たちの噂を聞いて焦ったか」

「そ。言われたわ。『お前らより早く、結婚する』って」

雄大さんと別れろ、とも言われた。

「で? お前は何て言った?」

絶対に別れない、って言ったなんて言えない。

「そんなことはさせない、って……」

「……ふぅん」

雄大さんは少し黙って、起き上がった。

「今日、体調は?」

「……平気」

「とりあえず朝メシ食いに行くから準備しろ」

そう言って、雄大さんは部屋を出て行った。

三十分後。

私たちはホテルのラウンジでサンドイッチを頬張っていた。

「お前ってさぁ……」と、雄大さんが足を組んでコーヒーを飲みながら言った。

「よく食うよな」

「だから痩せないんだって?」

私はキッと睨みつけた。サンドイッチをくわえながら。

「んなこと言ってないだろ」

「スレンダーな女がいいなら、かす――」と言いかけて、口をつぐんだ。

「……知らなかったとはいえ、お前に嫌な思いをさせたって謝ってたよ」

「え?」

「春日野」

「……」

雄大さんが春日野さんのことを『玲』と呼ばなかったことが、やけに惨めに感じられた。

すごい……嫉妬深い女みたい。

事実、そうなんだろう。怒ったり泣いたり、雄大さんに気を遣わせたりしている自分が、とても嫌だった。

「すげー驚かれたよ。俺が結婚するって言ったら」

「え……?」

言ったの……?

「雪が降るんじゃないかって、さ。失礼すぎだろ」と言って、笑う。

「結婚……するんですか……? 本当に……」

何度言われても、どうしても結婚それが現実的とは思えない。

「まだ、言うか」

「だって……」

「馨」

「はい」

「餃子、包めるか?」

「はい?」

話が結婚から餃子に変わり、私は聞き返した。

「餃子」

「包めますけど……」


前にもこんなことがあったな……。


定食屋で。突然、ラーメンは好きかと聞かれた。

「今日、作れ」

「は?」

「今日、俺ん家で、餃子を、作れ」

一語一語を強調するように言い、私の返事はお構いなしに立ち上がる。

「じゃ、帰るか」

あれ?


婚前旅行とか言ってなかった……?


真に受けて大目に着替えを持って来たことを、後悔した。


*****


帰りの新幹線の中では会話が弾んだ。とは言っても、仕事。

宇宙展の素案を作成していた。

「れ――春日野が畑中には荷が重いんじゃないかって心配してたな」

「言い直さなくていいですよ」

「大丈夫なのか?」

私の春日野さんへの気持ちのことか、畑中さんのことかを考えて、私は後者と取った。

「大丈夫です。フォローはしますから」

「お前、今何件抱えてる?」

「三件です」

私のチームは私を含めて五人。新人の広川さん以外の三人がそれぞれ一件ずつリーダーを担っている。

「プレゼンは?」

「二件」

「キツイだろ」

「物産展が終われば、田中さんにプレゼンを任せられますから」

田中さんは私の一歳年下で、入社時から一緒に働いている。私の片腕ともいえる。

「んーーー」

雄大さんが難色を示す。

「お前を宇宙展に集中させたいからなぁ」

ざっと社長から話を聞いただけでも、規模も期間も長い。関係各社に出向くとなると、出張が増えるのは間違いない。

「課長にお願いしちゃダメですか?」

「ん?」

「プレゼン。田中さんには沖くんと大谷さんのフォローを任せます」

「佐々さんにプレゼンを任せるのはともかく、お前のサポートがいないだろ」

「大丈夫ですよ」

「んーーー……。一先ず、月曜の朝一で佐々さんに事情を話すか」

雄大さんはすぐに課長に電話して、月曜の朝一で打ち合わせしたいと話した。

私はスケジュール帳にその旨を書き込む。

「部長、会議はいいんですか?」

部長以上は月曜の朝一で会議。

「ああ」

五分で東京駅に着くとアナウンスが流れ、私はパソコンを閉じた。

ランチを済ませて雄大さんの家に着いたのは、十四時。

「ホントに餃子作るんですか?」

「嫌なのかよ」

「そうじゃないですけど……。普通のしか作れませんよ?」

「普通じゃない餃子ってどんなんだよ」

私は玄関に荷物を置き、ハンドバックだけを持った。

「じゃあ、買い物行ってきます」

「少し休んでから行こうぜ。俺も一緒に行くから」

「動きたくなくなっちゃうから。それに、買い物は一人がいいんで」

スーパーは駅とマンションの中間にあり、二十四時間営業。

雄大さんはキャベツ派かな、白菜派かな。

野菜売り場で少し迷い、両方を籠に入れた。餃子の他にスープとナムルの材料を買った。

ビールを買おうか迷い、雄大さんの好きな銘柄がわからず、電話して聞こうかとも思ったけれど、やめた。

「電話、しろよ」

レジに並んでいると、雄大さんが背後に立った。手には六本パックの缶ビール。

「急に現れるの、やめてください」

「気づけよ」


いつからいたのよ……。


雄大さんは私から籠を奪い、会計をした。

「わざわざ来なくても、電話してくれたら――」

「いいだろ、別に」

こんな風に男の人とスーパーで買い物をするなんて久し振りで、くすぐったくなった。


*****


「今日は泊まれよ?」

餃子を一つ食べて、雄大さんが言った。

「嫌ですよ」

「なんでだよ」

「生理だから!」

「じゃあ、お前ん家に帰れば良かったな」

「は?」

「食ったら送ってく」

「はあ……」

雄大さんはご飯をお代わりして、餃子を二十個は食べた。


三十個じゃ多いかなと思ったのに……。


次からは大目に作って冷凍しておくかな。

次、を考えている自分に気づき、恥ずかしくなった。

「お前ん家に泊まっていい?」

食器を洗っていると、雄大さんが言った。

「ダメです」

「なんで」

「何度も言わせないで! それに、うちのベッドはここのみたいに大きくないから。昨日も狭いベッドで落ち着かなかったでしょうから、今日はゆっくり寝てください!」

「ヤダ」

雄大さんが隣に立ち、私が洗った食器を拭く。

「結婚、するからな?」

「は?」

「俺、餃子好きなんだよ」

「はぁ」

黙々と食べるところを見れば、それはわかった。

「お前の餃子、美味かった」

「ありがとうございます」

「包み方も焼き方も綺麗だったし」

「ありがとうございます」

「ラーメンは味噌ってのも気が合うし」

「確かに」

「セックスの相性もいいし」

「確か――!? って!」

慌てて、洗っていた茶碗をシンクに落としてしまった。割れてはいない。

「だから、結婚する」

「だから! どうしてそうなるんですか!!」

「お前がいつまでもグダグダ言うからだろ」

「私のせいですか?」

一瞬、雄大さんが苦しそうな悲しそうな、泣きそうな顔をした。ように、見えた。

「とにかく、結婚はするからな」

布巾を放り投げ、ビールを手にリビングに戻る。


なんで……あんな顔――。


「送ってくれるんじゃなかったんですか?」

洗い物を終えて、私は言った。

「そんなに嫌か? 俺との結婚」と言って、グイッと缶の中身を飲み干す。

「何をムキになってるんですか?」

「ムキになんか……」

初めて、雄大さんの背中が小さく見えた。

私は彼の後ろに座り、背中に寄りかかった。

「こんな女のどこがいいんだか……」

「まったくだな」

「私が男なら、私なんかより春日野さんを選びます」

「そうか」


あったかい……。


ずっとこうしていられたら、と思った。


契約……か。


『お前は、もう少し人に頼ったり、楽観的に考えられるようになった方がいいな』

雄大さんの言葉を思い出す。


人に頼る……、か。


「契約とはいえ、浮気は嫌です」

「……しねぇよ」

雄大さんの低い声が、背中から耳に響く。

「どちらかが本気で無理だと思ったら、終わりです」

「……ああ」

「新しい財布……買ってください」

「お揃いで?」

声のトーンが上がる。

「じゃなくていいです」

「元カレとはお揃いにしたくせに……。けど、それはやっぱいいわ」

「え?」

雄大さんがぐるっと身体を捻り、私はひっくり返りそうになる。彼が受け止めてくれた。

「元カレと同じことしても意味ないし」と、いつもの俺様な顔。

「明日、財布買いに行こう」

結局、今夜も雄大さんに抱き締められて眠った。

着替えを多めに持って来て良かった、と思った。

共犯者〜報酬はお前〜

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