コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「で? 黛とは何を話したんだよ」
結局、雄大さんは朝まで私を抱き締めていた。だから、寝起き早々にベッドの中で胸糞の悪い話をする羽目になった。
「桜から、来月帰国するって電話があったの。黛から誕生日を一緒に祝おうと誘われたって」
「俺たちの噂を聞いて焦ったか」
「そ。言われたわ。『お前らより早く、結婚する』って」
雄大さんと別れろ、とも言われた。
「で? お前は何て言った?」
絶対に別れない、って言ったなんて言えない。
「そんなことはさせない、って……」
「……ふぅん」
雄大さんは少し黙って、起き上がった。
「今日、体調は?」
「……平気」
「とりあえず朝メシ食いに行くから準備しろ」
そう言って、雄大さんは部屋を出て行った。
三十分後。
私たちはホテルのラウンジでサンドイッチを頬張っていた。
「お前ってさぁ……」と、雄大さんが足を組んでコーヒーを飲みながら言った。
「よく食うよな」
「だから痩せないんだって?」
私はキッと睨みつけた。サンドイッチをくわえながら。
「んなこと言ってないだろ」
「スレンダーな女がいいなら、かす――」と言いかけて、口をつぐんだ。
「……知らなかったとはいえ、お前に嫌な思いをさせたって謝ってたよ」
「え?」
「春日野」
「……」
雄大さんが春日野さんのことを『玲』と呼ばなかったことが、やけに惨めに感じられた。
すごい……嫉妬深い女みたい。
事実、そうなんだろう。怒ったり泣いたり、雄大さんに気を遣わせたりしている自分が、とても嫌だった。
「すげー驚かれたよ。俺が結婚するって言ったら」
「え……?」
言ったの……?
「雪が降るんじゃないかって、さ。失礼すぎだろ」と言って、笑う。
「結婚……するんですか……? 本当に……」
何度言われても、どうしても結婚が現実的とは思えない。
「まだ、言うか」
「だって……」
「馨」
「はい」
「餃子、包めるか?」
「はい?」
話が結婚から餃子に変わり、私は聞き返した。
「餃子」
「包めますけど……」
前にもこんなことがあったな……。
定食屋で。突然、ラーメンは好きかと聞かれた。
「今日、作れ」
「は?」
「今日、俺ん家で、餃子を、作れ」
一語一語を強調するように言い、私の返事はお構いなしに立ち上がる。
「じゃ、帰るか」
あれ?
婚前旅行とか言ってなかった……?
真に受けて大目に着替えを持って来たことを、後悔した。
*****
帰りの新幹線の中では会話が弾んだ。とは言っても、仕事。
宇宙展の素案を作成していた。
「れ――春日野が畑中には荷が重いんじゃないかって心配してたな」
「言い直さなくていいですよ」
「大丈夫なのか?」
私の春日野さんへの気持ちのことか、畑中さんのことかを考えて、私は後者と取った。
「大丈夫です。フォローはしますから」
「お前、今何件抱えてる?」
「三件です」
私のチームは私を含めて五人。新人の広川さん以外の三人がそれぞれ一件ずつリーダーを担っている。
「プレゼンは?」
「二件」
「キツイだろ」
「物産展が終われば、田中さんにプレゼンを任せられますから」
田中さんは私の一歳年下で、入社時から一緒に働いている。私の片腕ともいえる。
「んーーー」
雄大さんが難色を示す。
「お前を宇宙展に集中させたいからなぁ」
ざっと社長から話を聞いただけでも、規模も期間も長い。関係各社に出向くとなると、出張が増えるのは間違いない。
「課長にお願いしちゃダメですか?」
「ん?」
「プレゼン。田中さんには沖くんと大谷さんのフォローを任せます」
「佐々さんにプレゼンを任せるのはともかく、お前のサポートがいないだろ」
「大丈夫ですよ」
「んーーー……。一先ず、月曜の朝一で佐々さんに事情を話すか」
雄大さんはすぐに課長に電話して、月曜の朝一で打ち合わせしたいと話した。
私はスケジュール帳にその旨を書き込む。
「部長、会議はいいんですか?」
部長以上は月曜の朝一で会議。
「ああ」
五分で東京駅に着くとアナウンスが流れ、私はパソコンを閉じた。
ランチを済ませて雄大さんの家に着いたのは、十四時。
「ホントに餃子作るんですか?」
「嫌なのかよ」
「そうじゃないですけど……。普通のしか作れませんよ?」
「普通じゃない餃子ってどんなんだよ」
私は玄関に荷物を置き、ハンドバックだけを持った。
「じゃあ、買い物行ってきます」
「少し休んでから行こうぜ。俺も一緒に行くから」
「動きたくなくなっちゃうから。それに、買い物は一人がいいんで」
スーパーは駅とマンションの中間にあり、二十四時間営業。
雄大さんはキャベツ派かな、白菜派かな。
野菜売り場で少し迷い、両方を籠に入れた。餃子の他にスープとナムルの材料を買った。
ビールを買おうか迷い、雄大さんの好きな銘柄がわからず、電話して聞こうかとも思ったけれど、やめた。
「電話、しろよ」
レジに並んでいると、雄大さんが背後に立った。手には六本パックの缶ビール。
「急に現れるの、やめてください」
「気づけよ」
いつからいたのよ……。
雄大さんは私から籠を奪い、会計をした。
「わざわざ来なくても、電話してくれたら――」
「いいだろ、別に」
こんな風に男の人とスーパーで買い物をするなんて久し振りで、くすぐったくなった。
*****
「今日は泊まれよ?」
餃子を一つ食べて、雄大さんが言った。
「嫌ですよ」
「なんでだよ」
「生理だから!」
「じゃあ、お前ん家に帰れば良かったな」
「は?」
「食ったら送ってく」
「はあ……」
雄大さんはご飯をお代わりして、餃子を二十個は食べた。
三十個じゃ多いかなと思ったのに……。
次からは大目に作って冷凍しておくかな。
次、を考えている自分に気づき、恥ずかしくなった。
「お前ん家に泊まっていい?」
食器を洗っていると、雄大さんが言った。
「ダメです」
「なんで」
「何度も言わせないで! それに、うちのベッドはここのみたいに大きくないから。昨日も狭いベッドで落ち着かなかったでしょうから、今日はゆっくり寝てください!」
「ヤダ」
雄大さんが隣に立ち、私が洗った食器を拭く。
「結婚、するからな?」
「は?」
「俺、餃子好きなんだよ」
「はぁ」
黙々と食べるところを見れば、それはわかった。
「お前の餃子、美味かった」
「ありがとうございます」
「包み方も焼き方も綺麗だったし」
「ありがとうございます」
「ラーメンは味噌ってのも気が合うし」
「確かに」
「セックスの相性もいいし」
「確か――!? って!」
慌てて、洗っていた茶碗をシンクに落としてしまった。割れてはいない。
「だから、結婚する」
「だから! どうしてそうなるんですか!!」
「お前がいつまでもグダグダ言うからだろ」
「私のせいですか?」
一瞬、雄大さんが苦しそうな悲しそうな、泣きそうな顔をした。ように、見えた。
「とにかく、結婚はするからな」
布巾を放り投げ、ビールを手にリビングに戻る。
なんで……あんな顔――。
「送ってくれるんじゃなかったんですか?」
洗い物を終えて、私は言った。
「そんなに嫌か? 俺との結婚」と言って、グイッと缶の中身を飲み干す。
「何をムキになってるんですか?」
「ムキになんか……」
初めて、雄大さんの背中が小さく見えた。
私は彼の後ろに座り、背中に寄りかかった。
「こんな女のどこがいいんだか……」
「まったくだな」
「私が男なら、私なんかより春日野さんを選びます」
「そうか」
あったかい……。
ずっとこうしていられたら、と思った。
契約……か。
『お前は、もう少し人に頼ったり、楽観的に考えられるようになった方がいいな』
雄大さんの言葉を思い出す。
人に頼る……、か。
「契約とはいえ、浮気は嫌です」
「……しねぇよ」
雄大さんの低い声が、背中から耳に響く。
「どちらかが本気で無理だと思ったら、終わりです」
「……ああ」
「新しい財布……買ってください」
「お揃いで?」
声のトーンが上がる。
「じゃなくていいです」
「元カレとはお揃いにしたくせに……。けど、それはやっぱいいわ」
「え?」
雄大さんがぐるっと身体を捻り、私はひっくり返りそうになる。彼が受け止めてくれた。
「元カレと同じことしても意味ないし」と、いつもの俺様な顔。
「明日、財布買いに行こう」
結局、今夜も雄大さんに抱き締められて眠った。
着替えを多めに持って来て良かった、と思った。