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「こはたーん!」
学院にて周央は放課後に東堂と社交ダンスの最終確認をしようと空き教室で待ち合わせていた。
体を動かすのが苦手で一時はどうなるかと思ったが、東堂が丁寧に教えてくれたから素人ながらそこそこに踊れるようになっていた。
今日もステップはばっちり出来た。あとは当日、もし踊ることになっても緊張しすぎなければなんとかなるはずだ。
「昨日さ、動画見てたらオススメで古い洋画のダンスシーンが回ってきたの」
休憩中に東堂がそんな話をし始めた。
周央はその動画に心当たりがあった。
「もしかして画質ガビガビで男性ペアが踊ってるやつ?」
「そうそう。タイトルとかがラテン語?っぽい表記の」
「ンゴもそれ見たよ」
検索履歴から社交ダンスのオススメ動画の傾向が似て同じ動画が回ってきたのだろう。
「あれさ、最後にあの男性ペアが会場から追い出されちゃうじゃん。あれって社交ダンスのマナーに沿ってなかったからってこと?」
「多分そう。社交ダンスって女性を余らせたらいけないみたいだから。余らせてるのにそれ無視してその上で男性2人が割と良い雰囲気で踊っていたから追い出されちゃったんだと思う 」
周央も今回の社交ダンスに挑戦するにあたってほんの少しのだけかじっていた知識の幅を広げてみようと色々調べてみたから知っている。
社交ダンスは良くいえばレディファースト、悪くいえば女性贔屓の文化としての印象が強い。男性が女性をリードする踊り自体もそうだが、こういった基本ルールのようなものもそうだ。
ネットで得た知識だからどこまで正しいか分からないが、実際に踊ってみたからなんとなく分かる。女性である自分はかなり花を持たされているんだな、と。
宇佐美や佐伯と踊った時にそれを感じた。女性が良く見えるように作られたダンスなんだな、と。
「やっぱそうなんだ。じゃあ、男性が余るのはしょうがないのかな」
「多分そう。詳しくは分かんないけど…。洋画とかでよく見ない?ヒロインと組み損ねた男子がぼーっと立ってる訳にもいかなくて同じように余っちゃった男子と踊るシーン」
「見たことある。あれはオッケーってことなのかな」
「ギャグシーンとして用意されてるだろうから実際どうかは知らないけど一応ルールには則ってるのかもね」
パーティー会場の装飾と衣装から推測するにあの映画は今から50年くらい前の時代を舞台にしているようだった。
映画のテーマは分からない上に前後の展開も知らない。あのシーンが映画にとってどんなことを伝えるために必要だったのだろうか。タイトルも知らない映画に想いを馳せる一方で率直に思った。
「誰と踊っても別に良いのにね 」
東堂がぽつんと言った。自分と全く同じことを彼女も思ったらしい。
「私もそう思った」
もしかしたら厳しいルールや周囲の目を風刺的に描いたものだったのかもしれない。ペアの片割れの男性が手をとる前、怯えた表情をしていたから。でも、踊りはじめるとその表情は徐々に和らいでいった。
あれを見た時、何故か周央の胸を掠めたのはダンス練習をしていた時の佐伯の目だった。緊張するとキョロキョロ動いてしまう人懐こい目。それが、宇佐美を見つめていたあの時は別の表情を見せていた。
映画の中のあの男性と同じではないが、似たような雰囲気があった。ただ動きの確認をしているだけできっとああはならない。
「踊ることになるか分かんないけど、当日楽しみだね」
東堂の言葉に現実に引き戻された。脳内にはあの豪華絢爛な大ホール。そこにいるドレスやスーツで着飾った招待客の姿。その中に周央達4人の姿を思い浮かべる。
「ね。楽しみ。あ、それよりもさ、俳優さん達の歌唱がンゴは楽しみで仕方ない」
「私も!やっぱ生演奏で生歌で聞けるのが本当にないチャンスだからさ!」
「ね!!」
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