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――眠い。
天気は良いものの、やはり外の気温は低く、肌寒い。
これがぽかぽか陽気だったら、もっと眠気は酷いのだろうけど――
……こと今日に関しては、この寒さには少しだけ感謝しておこう。
「さて、ケアリーさんに教えてもらった魔法のお店は……ここかな?」
冒険者ギルドから30分ほど歩いた場所の、魔法使い御用達の小さなお店。
以前、このお店に『魔響鉱』が売られていったらしい。
それは半年前の話らしいから、残っているかどうかは怪しいけど……はてさて、どうなることやら。
「こんにちはー」
「はい、いらっしゃませ。げっふっふっ」
……ん? 何か変な感じの笑いがあったぞ……?
私を出迎えてくれたのは中年の男性だったけど、例の『ひぇっひぇっひぇっ』のお婆さん姉妹を思い出してしまった。
「すいません、『魔響鉱』っていう鉱石を探しているんですが、こちらに置いていますか?」
「お客さん、お目が高い!
『魔響鉱』ならコレ! 金貨12枚でお売りしますよ!!」
「高ッ!!」
そんな値段じゃ、半年経っても売れないわ!!
「……いえ、私もね、それは分かっているんですよ。
しかし高名な占い師に言われたんです。これをずっと置いておけば、私のタイプの女性が必ずこのお店に現れるって!!」
「は、はぁ……?
その占い師さん、ちゃんと当たるんですかね……?」
「もちろんです! その筋ではとても有名な方なんですよ!
私も3か月待って、ようやく占ってもらえたくらいですから……。ちなみに、占い料は金貨10枚でした」
「高ッ!!」
「わ、分かってますとも。高いですとも……!!
だからこそ、途中で諦めるわけにはいかないんです! でも、もし占い料を負担してくれる人がいるなら、そろそろ諦めても良いかなぁ……って」
……な、なるほど。
冒険者ギルドに払ったのが金貨2枚で、占い師に払ったのが金貨10枚――つまり、合計金貨12枚。
それをまるまる負担してくれる人がいるなら、『魔響鉱』を手放しても良い……ということか。
……とは言うものの、やはり金貨12枚は高いわけで。
「占いの結果って、ご主人のタイプの女性が『魔響鉱』を買いにくるっていう話なんですか?」
「はい、そうなんですよ!
高額に設定しておけば、交渉を通して親密度が上がって、それをきっかけに二人の心は近付いていき――……だ、そうなんです!!」
「は、はぁ……」
「ちなみに私のタイプの女性ですが、頼りになる人です。
包容力というか、そういうものを持っている感じの……!」
ご主人は話の流れのまま、自らの好みのタイプを語り始めた。
……別に聞きたくは無いんだけど……。
「包容力、ですか……」
「はい、大切ですよね!
それに加えて、魔法や錬金術の知識が豊富で、強さに裏打ちされた気高さがあると直球ストレートです!!」
私とは微妙に被ってるような、被っていないような……。
ただ、私は別に気高くは無いからなぁ……って、被っていたらそれはそれで嫌だけど。
「具体的に、どういう人が良いとかってあるんですか?」
「え!!? そそそ、そんなぁ……。照れちゃうなぁ……」
私の言葉に、ご主人は顔を赤らめながら恥じらいを見せた。
……しまった。私は何を聞いているんだ……。
「――えっとですね、お客さんには何かの縁を感じます。なので言っちゃいますね!
……引かないでくださいね?」
「はぁ」
引く。
多分、この流れは絶対に引く。絶対、そんな流れになると思う。
「私の同業者なんですが――ミラエルツの魔女様がタイプなんです……!」
「ひぇっ!?」
「おお!? 彼女をご存知なんですか!?
あの笑い声も、とってもチャーミングですよね!!」
「そ、そうです……か?」
「ええ、とっても素敵です!!
彼女を強くイメージしながら、占い師さんにお願いしたんですよ。『魔女様と良縁を持ちたい』って!!」
あぁー……。
私も一応『神器の魔女』を名乗っているところだから、仮に私が来ることを占っていたら、占いは当たっているということになるのか……。
……こういう出会いも、ひとつの縁だからね。
でも、ご主人の狙いからは外れているよね……。
まぁ、金貨12枚で買うのはもちろん嫌だし、値切り交渉をして万が一にも変な流れになるのも嫌だ。
……というかぶっちゃけ、もうこのお店にいるのは怖くなってきたというか――
「金貨2枚くらいで譲って欲しかったのですが、難しそうですね」
「はい、申し訳ないです。
さすがに2枚では売れません……」
金貨2枚であれば、商売的にもプラスマイナス0になってしまうから、それがダメなのは仕方が無い。
うーん。一旦ここは諦めて、冒険者ギルドの依頼の方に賭けるかなぁ……。
「すいません。値段の折り合いが付かなそうなので、今回は失礼しますね。
他で手に入らなければ、また来ますので」
「え? もう行ってしまうんですか?
……そうそう、この街に『神器の魔女』と呼ばれる魔女様が来ているそうなんですよ。
その方にも是非お会いしたいなぁ……。きっと素敵な淑女の方なんだろうなぁ……。もしかして、占いの結果に出てきた魔女様っていうのは……ぐふふ♪」
私は背筋に冷たいものを感じながら、ご主人を残して急いでお店を出ることにした。
「もし『魔響鉱』を探している魔女様いたら、是非うちに連れてきてくださいね!
ここまで話したんですから、絶対ですよ!」
「は、はぁ。可能であれば……」
ご主人の熱意に、ついつい流れで返事をしてしまう。
私以外で『魔響鉱』を探している魔女さんがいたら、このお店を是非教えてあげることにしよう……。
……いないだろうけど。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後、小走りで冒険者ギルドに戻ると、ケアリーさんが笑顔で出迎えてくれた。
「アイナさん、お帰りなさい! どうでしたか?」
「モノはあったんですけど、金貨12枚って言われました……」
「え!? さ、さすがにそれは売れないのでは……?」
「詳しくは省略しますが、お店のご主人もそれは認識済みのようで。
無理は言い難い感じでしたので、ひとまず諦めて帰ってきました」
「うーん、そうでしたか……。
それなら冒険者ギルドの依頼として、出しておいて良かったですね!」
「まったくです。でも、今日中に欲しいんですよ。
金貨2枚での買い取りにしていましたけど、4枚に上げても良いですか?」
「はい、大丈夫ですよ。
破格の値段ですから、持っている方がいれば、すぐに出てくると思います!」
「出てくると良いなぁ……。
他の街と行き来ができないせいか、冒険者ギルドにも人が少ないようですし……」
「でも、それなりに人数はいるんですよ。
クレントスは今、大変な時期ですけど……逆に、儲け話が出てくるかもしれないので」
「なるほど、逞しいですね。
それなら冒険者に直接当たるっていうのも良いかもしれませんね。
探しに行くとすれば、酒場とか食堂でしょうか」
「そうですね。もうお昼の良い時間ですし、一緒に行ってみませんか?
そうだ、午後休暇をもらっちゃおうかな?」
「え? 急に、大丈夫ですか?」
「本当はちょっと難しいんですけど、アイナさんのお名前を出させてもらえば……。
神器の魔女様を案内するのであれば、むしろ仕事でも通りそうですし!」
ケアリーさんは悪戯っぽい感じで、ぺろっと舌を出した。
彼女もなかなか、|強《したた》かになっているような気がする。
「それなら昼食をとってから、ご一緒して頂けますか?」
「はい、もちろんです!
上司に許可をもらってきますので、少々お待ちください!」
そう言うと、ケアリーさんはカウンターの奥へと小走りで消えていった。
最悪は金貨12枚で買うことも視野に入れておくけど、さすがにお金がもったいないという気持ちが強い。
今回作る矢は消耗品だから、そこまでお金をつぎ込みたくはないんだよね。
……ミスリルを使う時点で、あまり細かく言うのは野暮な気もしてしまうんだけど。