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――ドサッ!!
突然、魔術師が収容されている隣の牢に、意識を失ったままの女が転移されて来た。
「流石、サオリ様……早かったですね」
「どうやら……癒しもかけてあるようですな」
ステファンとガブリエルは、沙織達がカリーヌを無事救出したことを推測すると安堵した。
「殿下、サオリのことです……研究室にカリーヌを連れて来ているでしょう。後は私が尋問致します。会いに行ってやって下さい」
「……アーレンハイム公爵、感謝します」
ステファンが地下牢を後にすると、ガブリエルはチラリと女を見てから、魔術師に視線を戻す。
「では、もう少し話をしようじゃないか?」
ガブリエルは、冷たさを増した瞳に美しい笑みを浮かべて、帝国の魔術師を見おろした。
◇◇◇
ガブリエルの尋問により、魔術師はサミュエル、戦闘系女はイザベラ、皇帝からの依頼を受ける、帝国の中でも本当に上層部の人間だったと判明した。
だから、失敗するとは想定されていなかったそうだ。このベネディクト国を、相当甘く見ていたらしい。
そして、探していた青い痣の人間は、帝国の重要人物だという事だけは分かった。
(帝国の重要人物って……そんな人が何でこの国に居るのかしら? もしかして、スパイ……とか? まさかねぇ)
「……それで、あの二人はどうなるのかしら?」
そう、シュヴァリエに向かって尋ねる。
今日もまた、沙織は研究室へやって来ていた。
学園に侵入者があった件を、学園側と国王が重く受け止め、防犯対策等を徹底する為に学園は数日間の休校となったのだ。
「今のところは、何とも……。アーレンハイム公爵とステファン殿下には、何かお考えがあるのだと思います」
サミュエルとイザベラが別行動していたのには、何か理由があったのだろうが。二人は今、離れた牢に入れられているため相談などは不可能だ。
「ただ……。あのイザベラと言う女は、甚くサオリ様を気に入ってしまったそうで――日々、サオリ様との対戦を希望しているそうです」
「は? 対戦て……。気に入ってもらっても、あまり嬉しくないわよ、それ」
顔を顰めると、シュヴァリエは苦笑する。
「勿論、あの二人には。サオリ様が、光の乙女だと伝えてはおりませんが。……くれぐれもお気をつけください」
「分かったわ。また、青い痣の人間について、何か進展があったら教えてね!」
そう沙織は言い残すと、寮へ向かって転移した。
沙織が消えたばかりの転移陣を――シュヴァリエは名残惜しそうに、ジッと見詰めていた。
「鱗状の、青い痣……」
何とも言えない不安を抱え、自分の左肩をギュッと掴んだ。
――そして、シュヴァリエはステファンのもとへ向かった。
◇◇◇
沙織は寮へ戻ると、そのままアーレンハイム邸に転移した。
カリーヌはミシェルと、あの後すぐにアーレンハイム邸に帰っていたからだ。安全面もあるが、ガブリエルがカリーヌの気持ちに配慮し、休みの間……少し寮を離れるよう提案したのだ。
ガブリエル自身も、早めに公爵邸に帰っていた。多少の無理はしたようだが、問題ないと言っていた。
久しぶりに、みんな揃って食事を楽しんだり、沙織のピアノ演奏を聴いたりと、和やかな時間を過ごす。
「カリーヌ様、卒業式のダンスパーティーの――」
と沙織が言いかけると、ミシェルの眉がピクリッと動く。
沙織は、そんなミシェルの様子に全く気づかず話し出す。
「ダンスパーティーのドレス、いかがしましょうか? ふふっ、また何か一部をお揃いにしませんか?」
「素敵ですわ! 前の髪飾りも、とっても可愛らしくて……。他にも、色々考えてみましょう! ふふふっ、楽しみですわ」
女子トークで盛り上がる沙織とカリーヌを、ガブリエルは微笑ましく眺めていた。
未だ、エスコートの相手を決めていない沙織に、ミシェルの方は少し複雑な表情だ。
そんな中、執事が慌ててやって来ると、ガブリエルひそっと耳打ちした。どうやら、宮廷から急ぎの連絡が来た様だった。
どうしたものか――と、暫くガブリエルは迷っていたが。執事に、後で沙織を執務室に連れてくるよう伝えた。
◇◇◇
執務室にやって来た沙織の表情は、不安に満ちていた。妙な所で勘が働く沙織は、何かを察したのかもしれない。
「お義父様? ……宮廷で、何かあったのですか?」
「サオリ、落ち着いて聞きなさい」
「は、はい」
「……シュヴァリエが。帝国の魔術師サミュエルを連れて、消えたそうだ」
「……え?」
「どうやら、例の青い痣の人間はシュヴァリエだと……サオリ?」
心配になり、沙織の顔を覗き込む。その表情をみた瞬間――ガブリエルは息を呑む。
沙織が誰を心から求めているのか、わかってしまった。
ガブリエルは何とも言えない心情で、沙織が悲痛な面持ちで黙って流す涙を、そっと手で拭うとせグイッと沙織を抱き寄せた。
「……サオリ。そんな顔をしないでおくれ」
「……お義父様……私。この感情が何か、分からないのです。ただ、シュヴァリエが消えたと聞いたら、胸が潰れてしまいそうな程苦しくて……苦しくて、勝手に涙が出てくるのです」
ガブリエルの腕の中で、沙織は震えながら涙を零す。
「そうか……やはり、シュヴァリエのことが。いいかい、サオリ。その感情が何かは、サオリ自身が答えを見つけ出さなければいけないよ」
沙織から抱きしめていた腕を解き、ガブリエルは少し屈んで目を合わせる。
「……私、自身が……見つける?」
「ああ、そうだ。シュヴァリエが、この国を裏切ったと思うかい?」
沙織は首を横に振る。
「……いいえ。シュヴァリエは! この国の為に命をかけることはあっても、裏切る事は絶対にしません!」
瞳に輝きが戻った沙織に、ガブリエルは微笑みかける。
「サオリ、ステファン殿下に会いに行きなさい。シュヴァリエなら、殿下に何か伝えている筈だよ」
沙織はガブリエルにお礼を言い、部屋を飛び出して宮廷に向かった。
(さて……)
開かれた扉の陰には、沙織との話を立ち聞きをしていた……切なそうな表情のミシェルが居た。
「……ミシェル」と声をかける。
「父上っ……どうして、行かせてしまったのですか? もし、シュヴァリエに何あったら……サオリ姉様はっ!」
「ミシェル。私とてサオリを行かせたくなかった。だが、あんな顔を見てしまったらな……。サオリにはシュヴァリエが必要なようだ。何かあったら、その時は――私たち家族で、サオリを支えよう」
「……分かりました。その時は……父上、抜け駆けは無しですよ」
ミシェルは長い睫毛を振るわせ、絞り出すように言う。
ガブリエルは成長した息子の頭をポンポンと撫でた。