「……どうかしたんだろうか?」
彼から呼びかけられて、ハッとして伏し目がちだった顔を上げた。
「あっ、ああいえ……」
「何か、あっただろう?」
とっさに否定をしたけれど、彼は私の異変を既に察しているようだった。
「……。……あ、」と、口を開きかけるも、何て話したらいいのかがわからなかった。
「話してみなさい。何でも聞くから」
彼の温かな言葉が、喉に詰まったような澱を洗い流していく。
「……あ、あの、こないだ貴仁さんが、その……、親しそうにしていた女性は、誰……だったんですか?」
ようやく絞り出すように問うた私に、
「女性……?」
と、彼が首を傾げた。
「……金曜日の夜に、クーガ本社の前辺りで、女性と話してましたよね……?」
「……金曜の夜に?」と、彼がさらに首をひねる。
その様子が、本当に思い出せないのかもしれないと感じるのと同時に、思い出せてはいるけれど敢えて黙して語らずにいるのではとも感じさせる。
「あの、話したくはなければ、もうそれで……」
押し寄せる重圧に耐えられなくなって、そう口にすると、
「あっ、もしかすると──」
彼が何かしら気づいたように切り出した──。
「そうか、彼女のことか……」
”彼女”という言い方に、近しい感じが垣間見えるようで、また胸がキリッと痛む。
「なら、少し行きたいところがあるんだが」
「……えっ?」
いきなりの脈絡のない話に、戸惑いが募る。
「ここからそう遠くはないから、行こうか」
食事をしていた店から出ると、彼が私を伴って歩き出した。
程なくして連れて来られた場所に、ますます戸惑いは隠せなくなる。
「あの、このお店は……」
案内をされたソファーに座り、キョロキョロと所在なく視線をさまよわせていると、
「お待たせしました」
と、一人の女性が私の横に腰を落とした。
その顔に、あっ……と目を見張る。
彼女は、あの夜に見たその人だった──。
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