第6話「触れた指先、言えない言葉」
週末の放課後。
音楽室のカーテン越しに、斜めの光が差し込む。
鍵盤の上に落ちた光が、白と黒を淡く照らしていた。
「類、弾けるんだ」
「まぁね。舞台の練習で覚えたんだよ」
「……なんかずるい」
「ずるい?」
「そうやって何でもできるところ」
ゆいが笑うと、類は少しだけ照れたように指を止めた。
ピアノの音が途切れて、静けさが降りる。
「ゆいはさ」
「ん?」
「僕のこと、どう見てる?」
唐突な質問に、ゆいの心臓が跳ねる。
「どうって……舞台が好きで、変人で、時々真面目で」
「それ、褒めてる?」
「……一応」
冗談を返すと、類はふっと笑って、鍵盤の上に指を滑らせる。
静かで優しい旋律が流れ出した。
「ねぇ、ゆい」
「なに」
「君の声、聞いてるとね、世界が静かになるんだ」
音と一緒に、彼の言葉が胸の奥に落ちていく。
ゆいは思わず、隣の鍵盤に手を置いた。
類の指先と、ゆいの指先が──かすかに触れた。
「……っ」
顔が熱くなる。
言葉が出ない。
類も同じように息を詰めたようで、
そのまま二人とも、動けなくなった。
「……こういうの、舞台の台本にはないな」
「え?」
「僕、今、アドリブ中」
囁くように言って、類は視線を落とす。
まるで、次の台詞を探すみたいに。
──けれど、その言葉は結局、最後まで出なかった。
音楽室に残ったのは、指先のぬくもりだけ。
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