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「それでは本日のご予定をお伝えいたします」


またいつもの朝を迎えた。


住谷の声を聞きながら、真里亜は自分のタブレットの予定表と一致しているかを確認する。


「…それから、19時からはコスモインターナショナルの新社長就任記念パーティーとなっております」


本日は以上です、と住谷がタブレットから顔を上げる。


確認を終えた真里亜も同じように顔を上げると、阿部さん、と住谷が声をかけてきた。


「はい、何でしょう」


「パーティーの支度があるので、阿部さんは16時にここを出発していただきたいです」


え?と真里亜は首を傾げる。


「私だけでしょうか?副社長は?」


「副社長は、その後17時半に合流していただきます。女性は身支度に時間がかかりますので、阿部さんだけ先に私が車でお送りしますね」


「あ、はい。ありがとうございます」


真里亜は、あまり深く考えずに頷いた。


その日の業務を順調に終え、やがて16時になると、真里亜は住谷の運転する車に乗り込む。


「では出発しますね」


「はい、よろしくお願いいたします」


走り出してしばらくすると、住谷が妙にニコニコと真里亜に話しかけてきた。


「阿部さん。最近の副社長の様子はどうですか?」


「あ、はい。それが、時折私に声をかけてくださるようになったんです。私の仕事上がりも遅くとも20時頃には、帰れ…いえ、帰りなさいと促してくださいます」


「へえー、あの副社長が?どうしたんでしょうね」


「ええ。私も最初は不思議で仕方なくて…。でもそれはやはり、プライベートが充実しているからなのではないかと思います」


プライベート?と、住谷はバックミラー越しに後部座席の真里亜に尋ねる。


「副社長のプライベートとは?何が充実しているのですか?」


「えっ!そ、それはやはり…。その、恋の行方が良い方向に…」


「恋?!」


住谷は大きな声を上げて目を見開く。


「ふ、副社長が恋を?!阿部さん、あなたは副社長の恋愛をご存知なんですか?」


「え、あ、はい。存じているというか、分かってしまったというか…。すみません、住谷さん」


「は?なぜ私に謝るのですか?」


「それはだって…。良い気分はしませんよね?あ!でもどうぞご心配なく。私、決して他言はいたしません。それだけはお約束します!」


はあ…と気の抜けた返事をしてから、住谷はジワジワと笑いが込み上げてきた。


(なんだなんだ?片やスパイで片や恋?おもしろくなってきたなー)


ワクワクした気持ちでハンドルを握り、住谷は行きつけのブティックの前で車を停めた。


「では阿部さん。あとで副社長をお連れしますね。先にお支度なさっていてください」


「はい、ありがとうございました」




住谷を見送ってから、真里亜はブティックのスタッフに案内されて中に入る。


「うわあ、なんて素敵なドレス」


ガラスのショーケースには、色とりどりの美しいドレスがズラリと並んでおり、真里亜は思わずうっとりと眺めた。


「お気に召したドレスはございますか?」


スタッフににこやかに尋ねられ、真里亜はええ?と驚く。


「このドレスを着るのですか?私が?」


「はい。パーティーのお支度をと、住谷様より仰せつかっております」


いやいや、なぜ私がドレスを?と、真里亜は首をひねる。


前回、企業懇親会に出席した時も自分はビジネススーツだったし、秘書ならそれが当たり前だ。


「あの、本当に私、こんなドレスを着るなんて…」


「まあ。でしたらわたくし共にお任せいただいても構いませんか?あまりゆっくりするお時間もありませんし…」


「あ、そうですよね。すみません。お願いいたします」


「かしこまりました」


ご迷惑になってはいけないと、真里亜は大人しく言われるがままになる。


促されてドレッサーの前に座ると、まずはヘアメイクを整えてもらった。


メイクは派手ではないのに目がぱっちりと大きく見え、チークやリップの色も優しい印象だ。


両サイドの髪を編み込んでからアップにまとめたヘアスタイルも、どこぞのお嬢様のような雰囲気で、真里亜はまじまじと鏡の中の自分を見つめる。


「さあ、ではこちらにお着替えを」


用意されていたのは、薄いピンクでスカートがふんわり広がるロングドレス。


「いやいやいや。私、こんな色絶対似合いませんから!」


「そうおっしゃらずに、さあ。お時間も迫ってますし」


それを言われると仕方ない。


渋々着替えると、ヒールの高いシューズを履いてフィッティングルームを出る。


「まあ!なんてお美しい」


スタッフの言葉に、いや、それはお世辞でしょうと思いながら、真里亜はとにかく足元に気をつける。


「あの、もう少しヒールの低いシューズはありませんか?」


「あら、よくお似合いですのに。それに天城 文哉様の隣に並ばれるのですよね?でしたら、これくらいの高さはあった方がよろしいかと」


「ですが、履き慣れていないので転びそうで…」


「それは大丈夫ですわ。天城様がエスコートしてくださいますから」


は?!と真里亜は声を上げる。


(副社長がエスコート?!そんな恐ろしい。腕をひねり上げられるか、もしくは足を踏みつけられるか…。あ、そう言えば私、副社長の足を踏んづけたことあったっけ)


企業懇親会で名前を間違われ、思わず足を踏んだことを思い出す。


今思うと恐ろしい、と両手で頬を押さえていると、スタッフがネックレスやイヤリングも着けてくれた。


その時コンコンとノックの音がして、スタッフが開けたドアから住谷が入って来た。


「失礼します。阿部さん、いかがです…おお!」


真里亜をひと目見ると、住谷は驚いたように固まっている。


「あの、住谷さん。大丈夫でしょうか?私」


「え?ああ、もちろん。大丈夫ですとも。いやー、これは楽しみですね。さあ、参りましょう」


何が楽しみなんだ?と思いながら、真里亜は住谷に続いて部屋を出た。


「副社長。阿部さんのお支度整いました」


住谷の言葉に顔を上げた文哉が、真里亜を見て目を見開く。


と次の瞬間、キョロキョロと辺りを見回し始めた。


「おい、文哉。人違いじゃないぞ。正真正銘、この人が阿部さんだ」


ん?どういうこと?と眉根を寄せる真里亜の前で、二人はなにやら小声で話し始めた。


「お前、ドキッとしたんだろ?いつもの阿部さんからは想像つかないもんな」


「べ、別にそういう訳じゃ…」


「おお?珍しいなー、お前がそんなにドギマギするなんて」


「だから、してねえっつーの!」


「おやおや、そんなにムキにならなくても。顔が赤いですよ?副社長殿」


「おまっ…、もう黙ってろ!」


「はいはい」


二人が顔を寄せ合ってヒソヒソとやり取りしているのを、真里亜は真っ赤になって見守る。


(やだ!副社長も住谷さんも、あんなに顔をくっつけてイチャイチャして。見てるこっちが照れちゃう)


でも、と真里亜は真顔に戻って考える。


(応援したいな、お二人のこと。よし!私がカモフラージュとしてがんばろう!社長と住谷さんが恋人同士だってことは、他の人には気づかれないように)


真里亜は小さく自分に頷いた。




その後、文哉もスリーピースの仕立ての良いスーツに着替え、真里亜のドレスと見比べながらスタッフがネクタイやチーフの色を選んでいた。


二人の準備が整うと、車に乗り込む。


まず後部座席に文哉が座り、真里亜が助手席に座ろうとドアに手をかけると、住谷が止めた。


「阿部さん。副社長のお隣にどうぞ」


「は?いえ、秘書の分際でそんな…」


「今日のあなたの装いは、どう見ても単なる秘書ではありませんよ」


「いえ、秘書は秘書ですから。あ、それでしたら私、やっぱりビジネススーツに着替えて来ます」


真里亜が踵を返そうとすると、おい、と低い声で文哉が呼び止める。


「早く乗れ。遅れる」


「は、はい」


ヘビに睨まれたカエルのように、真里亜は首をすくめて後部座席の端に小さく座る。


やれやれとため息をついてから、住谷は運転席に回って車を走らせ始めた。


「阿部さん。今日は私が副社長の秘書を務めますから、どうぞご心配なく。阿部さんは副社長の隣にいてくださいね」


ハンドルを握りながら住谷が優しく話しかけると、真里亜は恐縮して頷く。


「はい、すみませんがよろしくお願いいたします」


「あなたが謝ることはないですよ。こちらこそ、あなたに副社長の同伴女性をお願いする形になってしまって、申し訳ありません」


「いえ、大丈夫です。お役に立てる自信はありませんが、精一杯努めます」


(そうよ。お二人の恋のお手伝いをがんばらなくちゃ!)


そんな真里亜の様子をバックミラー越しに見て、住谷は、おやおやと感心する。


(文哉の為に、ちょっと強引に利用させてもらったのに、阿部さんは健気だなあ。文哉の反応もやたらと初々しいし。こりゃ楽しみだ!)


またもやご機嫌で住谷は車を走らせていた。



今夜のパーティー会場は一流ホテルのバンケットホールで、以前の企業懇親会の時よりも遥かに広く、ゴージャスで優雅な雰囲気に包まれていた。


真里亜は思わず、わあ…と感嘆の声を上げて辺りを見渡す。


スタッフに案内されて、真っ白なクロスが敷かれた丸テーブルの席に、文哉と住谷、そして真里亜の三人で座った。


まずは主催者の挨拶から始まり、新社長のお披露目や乾杯など、パーティーは順調に進む。


やがて食事を楽しみながら歓談の時間になった。


美味しそうなフレンチのフルコースに真里亜は目を輝かせるが、文哉の元に次々と人が挨拶に来る為、呑気に味わってはいられなかった。


「これはこれは、天城副社長。ご無沙汰しております」


年配の男性に声をかけられ、文哉と共に真里亜や住谷も立ち上がる。


住谷が小さく、岡村ビジネスソリューションズの社長です、と文哉にささやいた。


「こちらこそ、ご無沙汰しております。岡村社長」


「いやー、相変わらずハンサムでいらっしゃいますな。いかがでしょう。先日のお話は考えていただけましたでしょうか?」


「先日のお話?…とは」


ご令嬢とのお見合いです、と、またしても住谷がささやく。


「岡村社長。実は今夜は、皆様に私の婚約者を紹介しようと連れて参りました」


文哉が真里亜の手を取って引き寄せる。


「阿部と申します。初めまして」


真里亜は控え目な笑みを浮かべながら、丁寧にお辞儀をした。


「えっ!副社長のフィアンセですか?いやはや、驚きましたな。なるほど、これはお似合いの美男美女だ。分かりました。娘の縁談は諦めますが、仕事面ではこれからもどうぞご贔屓に」


「こちらこそ。よろしくお願いいたします」


文哉と共に、真里亜も頭を下げて社長を見送った。


それからも同じようなやり取りを繰り返し、パーティーは無事にお開きとなる。


三人で挨拶回りをしてから、会場をあとにした。


「すみません、副社長よりも先に送っていただくなんて」


真里亜のマンションに着くと、ドアを開けてくれた住谷に頭を下げる。


「レディファーストなんですから、当然ですよ。どうぞお気になさらず」


「はい。ありがとうございました」


そして真里亜は、車の中の文哉を振り返った。


「副社長。送ってくださってありがとうございました」


文哉は肘をついて窓の外を見たまま、お疲れ、とボソッと呟く。


「お疲れ様でございました。それでは失礼いたします」


真里亜は、車が見えなくなるまでお辞儀をして見送った。



「どうだった?文哉」


真里亜を降ろしたあと、二人きりになった車内で住谷が話しかける。


「どうって、何がだ?」


「今夜の阿部さんだよ。一歩下がってお前を立てて、完璧な振る舞いだったな。いやー、普段の彼女は明るくておしゃべりだけど、仕事となると本当に分をわきまえてる。いつも隅に控えてさり気なくお前をサポートしてるだろ?それに今夜のドレス姿!磨けば光るってこのことだな。あんなに綺麗になるとは」


すると文哉が呆れたように口を挟んだ。


「智史。忘れてないか?彼女はスパイだぞ。そうやって仕事をきっちりこなして、こちらを油断させようとしてるんだ。まんまと引っかかってどうする」


ぐふっ、と住谷が妙な声を上げて笑いを堪える。


「あー、そうだったな。そうか、だから今夜の阿部さんはあんなに美しかったのか」


「ああ。変身するのはお手の物なんだろう」


「確かに。あんな美人スパイには、男もコロッと騙されるだろうな」


「そうだな。パーティーでも、何人もの男が彼女を見ていたし」


ええ?!と住谷は驚く。


「文哉、それに気づいていたのか?」


「え?そりゃまあ」


へえ…と、住谷は含み笑いをした。


「なるほどねえ。色んな男が阿部さんを見ていて、気になったと」


「それにしても、一体彼女は何者なんだろう。ライバル会社から偵察に来ているのかな?」


「さあ、どうでしょうねえ」


「とにかく用心するに越したことはない。俺も最近は、なるべく早く彼女を帰らせるようにしているんだ。長くオフィスにいられると、いつ隙を狙われるか分からないしな」


「そうですよねえ、ははは!」


「おい、呑気に笑ってないで、お前もしっかり調べてくれよ?彼女の素性」


「はい!もちろんであります」


深くシートに座り直し、窓の外を真剣に眺め始めた文哉に、住谷はまたもや必死に笑いを堪えていた。

恋は秘密のその先に

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