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「あゝ、忘れる所だった。敦君、国木田君」
「…なんだ」
「乱歩さんに伝言をお願いしたいのだよ。『乱歩さん、私は貴方が得意としているチェスを、貴方とする事を楽しみにしていますよ』とね」
「…分かった。だが、次会う時は必ず探偵社に連れ戻す!俺は、御前を元相棒等と言わん!」
先の衝撃で未だ何も言えない敦と、太宰が待てをしている中也と芥川を抜きに国木田と太宰の会話は進められる。
今までの惨劇を見ていて気付いた違和感が国木田には有った。太宰は国木田達の前で人を殺しては居ないのだ。太宰が殺した方が効率が良い場面も有った。だが、其れは太宰の計画により中也か芥川が殺していた。国木田はその一類の光とも言える希望に縋る事にしたのだ。
国木田の宣言に太宰は心底不思議そうに「何故?」と簡潔に自身の疑問をぶつけた。
が、矢張り太宰。口角を上げ、続きを語りだす。
「それに、武装探偵社社員は任務の為の一時的な肩書きさ。其処にはもうなんの権利も、義務も、強制力も存在しない。其れと敦君、確かに私は餓死寸前の君を救って探偵社の仕事を紹介したね。其れは事実だ。」
太宰は敦の方を向き、微笑んでうんうんと頷いた後に衝撃から漸く復活したであろう敦2トドメを刺すべくでもね、と続ける。
「鏡花ちゃんは光の世界へ〝連れ出した〟んじゃない。〝押し出した〟のだよ。なんたって、私は鏡花ちゃんよりもっと深く、もっと濃い闇に居るのだから。」
そんな事を言う太宰と、国木田、敦の中に沈黙が奔る。
だが其の沈黙も長く続かない。国木田が口を開いたからだ。太宰の「何故?」と云う疑問の応えである。
「御前は武装探偵社社員、太宰治だからだ。」
「厭、私はポートマフィア幹部、太宰治だよ」
「御前は!!俺から見れば、光の中で少し苦しそうな時も有ったが、息が出来て居た様に見えた。誰がどう言おうとも、な。」
此処まで言っても、追い詰めても諦める処か少しも動じていない国木田を目の当たりにして太宰が、動揺した。太宰が、だ。
動揺して黙り込んだ太宰を敦は図星なのだと取った。光の世界でも息が出来て居た事に気付いて、迷いが生じているのだと思ったから「あ”ぁ?誰が武装探偵社社員だってェ?!」とギャンと騒ぐ中也を無視して追撃を入れた。
「そうですよ!太宰さんが何と言おうと太宰さんは餓死しそうになっていた僕を救ってくれた!闇に咲く花とも言われた鏡花ちゃんも光の世界へ〝連れ出して〟くれた!太宰さんは鏡花ちゃんの事を『光の世界へ押し出した』って言ってたけど、僕も鏡花ちゃんも、太宰さんが少しの陰が有っても光の世界の住人に見えたから着いて行ったんですよ!!」
騒いでいた中也は太宰が「ちゅうや、」と名前を呼んだ事でまた押し黙った。太宰を探偵社員だと言われて口も手も出さずに我慢していた芥川は凄いのかも知れない。否、我慢したと云うより様子の可笑しい師に困惑していたと言う方が正しいかも知れないが。
其れでも太宰は声を上げない。角度の関係で、誰からも太宰の表情は見えない。
そんな状態の太宰を見て、敦と国木田は希望的観測をした。希望的観測なんて、江戸川乱歩が居れば止めただろうが、生憎と居ないのだ。
実際には太宰は表情や声音、仕草には全く出さず、憤慨していた。
私が光の中で息が出来ていた?此の男は何を言っている?あんなに息が詰まって苦しかったのに?ずっと、息が出来る所へ行きたかった。でも、そうすれば任務は台無し。私は藻掻く事すら許されなかった。私が光の世界の住人に見えただと?君の見ていた“私”は本当の“私”では無いと何度も説明しているだろう。何を今更?そんな事を言ったって、何も変わりはしないと云うのに。
太宰は国木田でさえも気付いた自身の「探偵社の面子の前で殺しをして居ない」と云う違和感に気付かなかった。だが、本人が気付かないのならそれは何も無いのと同じ事。
漸く顔を上げた太宰は冷たく笑っていた。
「所詮、そんなものは希望的観測に過ぎないのだよ」
希望的観測観測とは、最悪の愚行である。