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ver.3
みことはやわらかい朝の光で目を覚ました。
ぼんやりと天井を見上げながら、漂ってくる珈琲の良い香りに包まれる。
そして、ふと思い出す。
今日が、バレンタインだということ。
すちと一緒にスイーツを作る約束をしていたこと。
既に隣にいないすちを追いかけて、ゆっくりと起き上がった。
「すち、おはよ」
「おはよう、みこと」
リビングではすちが珈琲片手にくつろいでいた。
テーブルにはレシピ本が開かれている。
みことは、穏やかな声色で微笑むすちの隣にぽすっと収まった。
「起きるの遅くなっちゃった」
「全然いいよ」
すちの肩に頭を預けるみことを、やさしく抱き寄せる。
ぽんぽんとやさしく撫でながら、静かに問いかけた。
「みこと、今日、なにつくりたい?」
みことはすちの温度を感じながら、うーん、と唸り声をあげた。
「考えてみたんだけど、決められなくて…」
困ったように眉を下げる。
すちは頷いてその続きを促した。
「クッキーもいいし、チョコパイとかもいいし。ガナッシュとか、チョコケーキとかも王道だし。チーズケーキとかも食べたいなぁ」
すらすらとスイーツをあげるみことに、すちはふふっと微笑んだ。
「いっぱいだ。俺は…プリンとかかなぁ。…ね、ぜんぶ作ろっか」
思ってもみなかった提案に、みことの目が大きくなる。
「え?でも、たいへんだよ…?」
すちは笑顔で首を振った。
「時間はいっぱいあるから。一日中みことと過ごせるなら、それも楽しいよ。たまにはのんびり好きなことするのも、いいでしょ?」
その言葉に、みことの目が輝く。
わくわくした気持ちは抑えられなかった。
「うんっ!」
あまりにもきらきらしたみことの表情に、すちはくすりと笑みをもらした。
今日は隣町の広いスーパーにまで足を伸ばしてみようということに。
よく行くところよりも多い品数に、圧倒される。
「えーと、これとこれとこれと…あとは…」
メモを見ながらどんどんカゴに入れていくすち。
カゴがいっぱいになってきて、みことはさすがにぎょっとしてしまった。
「…買いすぎじゃない?」
「いいの。今日は特別でしょ?」
涼しい顔をして会計を済ませたすちは、袋とは別の手でみことの手をとった。
「さ、帰ったらさっそく作ろうね」
「ぅーすち〜」
ひとつのキッチンで、ふたりともそれぞれ別のものを同時に作り始める。
すちは手慣れた様子でさくさくと進めていく。
ときどきすちの手を借りながら、みことも着実に完成に近づいていった。
「…ねぇ、みこと。なんでこんなとこに生地ついてんの?」
「…え?」
すちの長い指がみことの額についていた生地をすくう。
ほら、と見せれば、みこと自身も首を傾げる。
「なんで?」
「いやこっちが聞きたいんだよな」
他愛もない話をしながら、同じ空間を共有しながら、互いの存在を確かめ合う。
ゆっくりとした時間を過ごすだけで、幸せに満ちていた。
「ん〜、つかれたぁ」
満足するまで作りあげて、気づけば夕方。
「でも、楽しかったよね」
そう言って笑い合う。
そしてお待ちかねの、実食タイム。
「並べてみよ!」
今日一日かけて作ったスイーツたち。
テーブルに収まりきらないほど、たくさんの種類で溢れている。
「いっぱいだね」
「一週間分はあるなぁ」
なんてけらけら笑いながら、各々好きなものに手を伸ばした。
「ん〜〜っ!おいしいっ」
口いっぱいに頬張って幸せそうにもぐもぐするみことを見たすちは、心の底から満たされた気持ちになる。
大事な人と、楽しさやよろこびを共有できること。
それ以上に、幸せなことはない。
「おいしいね」
すちも微笑み返す。
ふたりで愛情いっぱいにつくりあげたスイーツは、やっぱりおいしかった。
もぐもぐしていたものを飲み込んだみことは、すちの目をじっと覗き込んだ。
「ね、すち。これからもずっと一緒にいようね。来年もその先も…一緒にスイーツ作ろうね」
そのまっすぐな眼差しから、みことの深い愛情が伝わってくる。
心からのみことの言葉に、すちの胸が熱くなった。
思わずみことの肩を引き寄せ、そっと額に唇を落とす。
「もちろん。一緒に生きていこうね」
安心したようににこにこと笑うみことが、ぎゅっとすちに抱きついた。
すちもそれを受け止め、うれしそうに目を細める。
お互いがお互いだけを想っている。
そんなふたりだけの空間は、どうやらスイーツよりも甘いらしい。
Fin.