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テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで
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大賢者。その称号を持っているからといって、ヒルデガルドはすべての人間に対して優しいわけではない。明確に自身へ敵意を持つ者や、他人の信頼を無下に平然と裏切れる者には容赦をせず、むしろどうやって蹴落とすかを考える。


当然の報いは受けてもらうべきだ、と。


「……セリオンはきっと、ボクたちよりも先にギルドに着いてあらぬ話を披露するんだろうね。仮にボクたちが生きて帰っても、騙し慣れた舌で嘘を並べ立てるんだ。まるでこっちが悪者みたいに大声で騒いでさ」


イーリスが腹立たしそうに俯いて唇を噛む。ギルドに入るときからずっと独りで友人もいない。町で暮らしていくのは窮屈だったが、それでも自分のステップアップになる大切な場所だった。それを奪われるかもしれない、と。


「なに、心配は要らない。面白いモノも拾ってある」


「えっ。面白いモノって、セリオンに関係あるモノなの?」


「あいつが顔を青ざめさせるのもすぐだよ。楽しみにしていたまえ」


町へ戻ってきたとき、すっかり深夜で町はまだ賑わいがあるものの静けさに委ねられつつあった。そんな中、ギルドのロビーは明るく、酒場も兼ねているので、これからが楽しいのだとばかりに人々の朗らかな声は絶えていない。ヒルデガルドは目立たないよう、イーリスからローブを借りる。


しかし雰囲気はいつもと少し違う。受付の周囲に人だかりが出来ている。中心にいるのはセリオンで、彼はまたも嘘の話を創りあげて披露しているまっ最中だ。


「……それで、俺は驚いちまって逃げてきたわけ」


周囲の関心が彼の話に注がれる。どうやらいくらかの真実を織り交ぜながら嘘をつき、巧妙に自分の地位を守ろうとしているようだった。そのうえ話の内容が『自分を盾にして逃げようとした連中とひと悶着あったが、ホブゴブリンたちに襲われて自分は上手くしのぎ切った』というものだったので、ヒルデガルドがつい噴き出しそうになった。


「ぷっ……くくっ……聞いたか、イーリス? あいつはあろうことか私たちを悪役に仕立てて、大立ち回りの末に生き延びたと言っているぞ。そんな腕があるなら、とっくにシルバーランクの冒険者でもおかしくないんだがね」


ホブゴブリンはブロンズ程度の冒険者が簡単に逃げ切れるほど身体能力は低くない。夜目も利き、暗い森の中でもはっきりと多くのものを認識できる目も持っている。書籍にすべて|認《したた》められていない、後に分かった細かな知識のひとつだ。


彼の話に人々が感心して称えているのを見て、彼女は「そろそろ喜劇を始める時間だな」と懐から何かを取り出して握り締めて隠す。


「失礼、受付に届け物があるのですが」


わざとらしく丁寧に、少し高めの声で言った。


「こんな時間に届け物ですか? いったい何です?」


受付のイアンが少し眠たそうな目をしている。もうそろそろ仕事を終えるところだったのだろう。書類の山を抱えて奥の部屋に戻ろうとしていたのをやめて振り返り、フードを被って顔を隠すヒルデガルドと、イーリスが抱えるローブの包みに目を向けた。


カウンターの上にどすんと置かれた重い包みをイーリスが開いて見せる。中から出てきた氷漬けのホブゴブリンの首に、イアンも周囲にいた冒険者たちもぎょっとした。もちろん、それでいちばん顔を青くしたのはセリオンだったが。


「首飾りを持ってくるよう言われていたんだが、こちらのほうがギルドにも有益かと思ってね。──まさか先に馬車へ乗って帰るとは思わなかったよ、セリオン。大賢者とお友達の君が私たちを裏切るだなんて」


フードの中から見える瞳に彼は「ひっ」と短い悲鳴をあげた。


「どうした、幽霊でも見たような顔だな。ああそうか、自分が生き残るために痺れ効果のある煙玉まで用意して、私たちを囮に使ったのがバレるのが怖いのか」


ロビーがどよめきに包まれる。ヒルデガルドが手の中から受付のカウンターに転がした痺れ玉を見て、あのセリオンが嘘をついているのか? と疑念が生まれたが、彼は慌てて取り繕った余裕をみせる。


「ハッ……。俺を囮にしようとした連中がよく言うぜ。偉そうにしてみせたって、あんたらにはそれが俺のだって証拠は──」


「もうやめておけ、セリオン。恥の上塗りをするだけだ」


カウンターの上に置いた煙玉を指で押さえて転がす。


「君がどう思っているかは知らないが、私がただの冒険者志望と勘違いされては困る。この煙玉に入っている印は作り手を示す証だ。誰が買ったかを調べるなど容易い話とは思わないか。それともまだ私のものだと言い張るのかな?」


セリオンが何も言い返さないのを見て、ヒルデガルドは今このときが好機だとばかりに、さらに言葉を紡ぐ。


「では真実をお教えしよう。たかが冒険者志望の私とブロンズランクであるイーリスが、どうしてホブゴブリンの首を持ち帰り無事に生き延びることができたのか? 信じるかどうかは君たち次第なんだが、ぜひ聞いてくれ」


こほんと小さく咳払いをしてにやりとし、彼女は両手を広げて。


「あの大賢者が偶然にもゴブリンの巣窟を訪れていたところで、ホブゴブリンを瞬く間に凍らせてみせた。そしてギルドに持っていくよう言ったわけだ。クイーン以外はほとんど駆除も済ませてあるから、あとは勝手に飢えて死ぬ。気になるなら調べてもらっても構わない。冒険初心者にとって都合の良い修行場はなくなってしまったが、少なくとも地域の安全は確保してくれた。──ちなみに」


カウンターに肘をおいてだらしなく姿勢を崩し、彼女は最後に付け加えるかのようにセリオンへ視線を向け、目を細めた。


「セリオンという男については知らんそうだ」


彼女はなにひとつ嘘を言っていない。他人事のようにして語っただけ。ホブゴブリンの首という証拠まである。周囲が誰の言葉を真実と思うかは明白だ。彼らには目の前で快弁をふるうヒルデガルドが、ただの冒険者に見えているのだから。


「さて、ここへ来る途中に憲兵に声は掛けてある。そちらに言い分があるのならぜひ聞かせてもらおうか、セリオン?」


彼は膝から崩れ落ち、震えた声でぼそりと呟いた。


「あ、な、ない、です……全部俺のせいです……」

大賢者ヒルデガルドの気侭な革命譚

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