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حتى تضعها ، فهي فوجي لا تاكانأمانو كاجوياهي طوال الطريق أرجوانيليس كثيرامن فضلك من فض
<ツリ……アゲル……タカネニ……アマノ……カグヤ……カヘリ……モレル……ムラサキ……アラン……アレアレ>
老婆は頭をガクンと垂れると闇の狭間に身体を預けた。俺は砂時計を逆さに置き直し様子を伺うと、生温い風がランタンの焔を朧朧《ろうろう》と揺らす……
たった数分がこれ程長く感じた事は無い、単純な手順でさえ期待と不安が感情を揺さぶり、悲恋《ひれん》の行き場を探す俺を邪魔をする。
これが最後の口寄《くちよ》せの神口《かみくち》。死口《しにくち》、仏口《ほとけくち》、生口《いきくち》と他の三つの口寄せでは何も起きなかった。結果、不帰《かえらず》の者との会話は得られず、エマと今一度、言葉を交わす事は叶わなかった。
⦅いいかい、これはあたし達の勝手なお願いを聞いてもらう呪《まじな》いなんだ。上手く行かない方が多い。求めた相手が現れなくても嘆くんじゃないよ? ⦆
待つ事しか出来ない 時間に不料簡《ふりょうけん》だけが頭を過り、剰《あまつさ》え老婆に不信感を抱き始めてしまっていた。
―――やはりこんな事、現実的じゃあ無い……
≪―――って……いた…… ≫
頭の中に突然、聴き慣れない誰かの声が響いた―――
「―――――⁉ 」
仄暗い部屋の壁を、一本の糸の様な煙がゆっくりと擦《す》り抜けて入ってくると、軈て絡み合い人の姿を模《かたど》る靄《もや》となる。朧に浮かんだその容姿には確かに見覚えがあった。あぁ忘れもしない、一時《いっとき》たりとも忘れた事は無い。ずっと探してた―――
―――――エマーリア―――――
成れ果てた姿に悲しみが軋み心が乱れる…… 胸が詰まり呼吸が脈を掴む。震えた手を伸ばし、溢れんばかりの涕が待ち焦がれた感情を押し出し、壁に佇むエマの姿を暈《ぼか》すと視界を奪い掻《か》き暗《くら》す。
ぁあエマーリアやっと逢えた―――
「すま……い情けない俺を…… 許してくれ」
震える手を伸ばすと、エマの幻影が手を差し出し俺を呼んでいるように思えた。涕と倶《とも》に全ての願いを吐き出す……
(俺はもう何も要らない…… )
―――あぁ俺も連れて行ってくれ―――
すると突然、五方向に貼られた神符《しんぷ》が燃え散り、大人しかった猫がいきなり豹変すると、激しく毛を逆立てエマであろう幻影に向かって飛び掛かった。人の姿を模《かたど》った靄《もや》は一気に霞《かすみ》となり消え去ると徐に猫が瞳を交差させ語り出す。
הנח את הדרקון ומלא את הקערה⦅龍を導き器《うつわ》を満たせ⦆
הסיבה היא המקור שלנו⦅理は我らの源となる⦆
תְקוּמָה⦅復活の―――⦆
直接脳内に響く言語なのか、猫の言葉なのか理解が及ばず倦《あぐ》ねいて居ると、猫の頭がボコボコと突如変形し膨れ上がるとニャア゛と一声《ひとこえ》鳴き、パンッと血飛沫を撒き散らし吹き飛んだ―――
「―――なっ⁉ エマじゃない⁉ 」
すると、今度は屋内の梁《はり》の上から声がする。見上げると一匹の赤い目を光らせた鼠と目が合った。
שחרר את ברק התחייה⦅復活の厳《い》かつ霊《ち》を放ち⦆
להביס את השמים השמימיים⦅神威《かむい》成《な》らざる天を討て⦆
אם תלך, לא תינתן לך את ארץ אן.⦅然《さ》すれば安寧の地を―――⦆
語り途中で鼠はボトリと落ちると同時に、矢張《やは》り膨らむと血溜まりだけを残し弾け飛ぶ。慌てて砂時計に目を泳がすと、まるで時間を止めたかのように途中で止まっていた。胸騒ぎが迫り来る―――
「―――まずい!! 」
老婆がゆっくりと顔を擡《もた》げるとその額がボコボコと赤黒く蠢《うごめ》き出す。彼女の命の危機を感じ取り、結界外へ飛び出し葉の付いた枝で老婆の肩を勢い良く払うと、左手を何者かにより掴まれた。
凡《おおよ》そ人のものとは思えぬ、長く鋭い爪を携えたその手は、靄《もや》の中から突如現れ、赤黒くドクドクと脈動を放ち乍《なが》ら俺の手の甲に熱を帯びた爪を立てる。
「―――何っ⁉ 」
「げほっ――― 」
老婆が吐血し頭を上げると、口を拭い怒号を放つ。
「たっ、たわけもんがぁ、願っちまったね!! がはっ、そいつはあんたの会いたい奴じゃないよ、紛れ込んで、げほっ、来やがった奴さね」
手の甲には徐々に咒痕《じゅこん》が刻まれて行く―――
「がああああぁ――― 」
俺は声に成らない叫びを上げると、またもや声が頭に響き入る。
―――לא ניתן⦅与えられん⦆
血が滴り落ち、咒痕《じゅこん》は焦々と刻まれ、ゆっくりと焼き付けられて行く……
「ぐあぁ――― 」
「そいつは、心を盗みあんたの弱い部分に入ってきやがった、まんまと弄《もてあそ》ばれちまったようさね。持って行かせはしないよ、覚悟を御為《おし》!! お前みたいな邪念魂《じゃねんこん》はあたしが祓い飛ばしてやる!! 」
老婆は火鉢に大きく息を吹き掛けると、灰を巻き上げ呪水《じゅすい》を天井に向けて撒き、結界領域を広げる。両手の指で印を結ぶと咒師祓《しゅしはら》いの呪文を唱えた。
خارج الأفعىممزقة في الشمس <外法咒蛇滅《げほうじゅじゃめつ》――― 陽裂《ようれつ》>
ドドンと場の空気が揺れ動き、磁場により巻き上がった灰が渦を巻く、肌に振動が伝わると同時に老婆の右の眼球が破裂し、惨憺《さんたん》たる現状が姿を現す。建物全体に人では無い何者かの断末魔の叫びが轟き鼓膜を叩くと、建物の一部が崩れ始め、同時に拘束された身体に自由が戻る。
「おいっ!! 大丈夫か? 」
右目を抑える老婆に向け悲痛の叫びを上げる……
「あたしゃ大丈夫…… とは言えないね、外法咒《げほうじゅ》の対価で右目を持ってかれちまった、あんたは大丈夫だったようだね、なら、此処も崩れるかもしれない、取り敢えず外に逃げるさね」
「それより早く止血を…… 」
「大丈夫。傷はもう閉じられちまったさね」
老婆が手で覆い隠した右目を露《あら》わにすると、何かで焼き付けられた様な痕だけが残されていた。
「なっ⁉――― 」
「これが呪《のろ》いで失うって事なんよ。だからもう大丈夫、これも覚悟の上さね。歩くには慣れが必要だがね、痛み無しじゃ祓い事は収まらん。あたしも対価で右目を持ってかれちまったが、あんたもとんでもない物を刻まれちまったね」
老婆を抱え半壊寸前の家屋を飛び出し難を逃れると、周りの住人も何事かと飛び出して来た。
「天使か悪魔か分からないけどね、アレは同等の力を持つ存在に違いない。あんたは以前から目を付けられてたみたいだね、それがその証拠だよ、その咒痕《じゅこん》は血呪《けつじゅ》の刻印さね」
立ち込めた埃が静まると老婆は沿道にヘタリと腰を下ろし、住民が差し出した飲み水を受け取り喉を潤す。
「あぁ悪いね、助かるよ…… 」
「血呪《けつじゅ》の刻印? この傷は一体…… 」
ジュクジュクと痛み引かぬ焼き抜かれたその印を見ては呟いた。
「あたしも実際本物は見た事無いんよ、でも昔みた呪術の本で同じ様な紋様を見た記憶があってね。それとよく似ている気がするんよ、憑《つ》き人《びと》の証としてね」
「憑《つ》き人《びと》? 」
「あぁ、人以外の者に見初《みそ》められちまった者の呼び名だそうだよ、こうなった以上、気を付けなきゃイケんよ? あんたを導く存在なのか邪魔をする存在なのか見当が付かないからね、油断したら危険だよ? 」
「…… 」
「その顔だと、少し心当たりがあったようだね。それで? さっきの奴はあんたに一体何を語って来たんだい? 」
「龍を導き器を満たせと…… 何の事を言っているのか…… 」
「ふむ、その言い草だと、あんたに何かをさせたいって事だね。その為にあんたを選んだって訳か…… 理由は分からんが、なら、あんたを導く存在なのかもしれんね。龍ってのはムルニの審判の化け物の事なのか、その辺は今一どうも良く分らないね」
薄暗く、辺りが間も無く一日を終えようとしている。俺はヴェインの極大大剣を瓦礫の中から探し出し、老婆の元を後にした。
老婆の今後を心配したが、通りの突き当りにある小さなモスクに身を寄せるから心配ないと、住民達と一様に口を揃えた。
何かあればまた力になると、老婆はそっと微笑んだ……
―――危険過ぎる……
老婆を頼るのはもう止めておいた方がいいだろう。俺に取り憑《つ》く者とは一体…… 俺に課された運命とは一体…… 結局何も得られないまま、薄暗い裏通りを真っ直ぐに進んで行く事しか、俺には選択肢が揃ってはいなかった。
姿無き望まぬ闇の邂逅は、如何《いか》に況《いわ》むやその身に宿る奇《く》し天命か。已《や》む無《な》し因果に蠢く兆しは、果たして現《うつつ》に何を齎す鍵となる。