ひょんなことから『なんでも売買屋』の社長、万時さんが仲間になったので、連れだって『大吉酒場』へ向かった。この前は大勢のお客様で溢れていたのに、今日の入りはまばらだった。
「カウンターへ行きましょう」
隅の方でひとり男性がすでに飲んでいて、反対側の端の席はカップルで埋まっていた。真ん中は空いているので、男性が座っている側とひとつ席を空けて座った。
「いらっしゃいませ」
ポニーテールの美しい女将さんがおしぼりを持ってきてくれた。「あら、あなたは…早速来てくれたのね。嬉しい」
赤い紅の引かれた口角が上がった。笑うとまた魅力的。それにしてもこの妖艶な雰囲気はいったいなんだろう。きっと女将さん目当てで通っている男性も多いのだろう。現に隣の男性も――
「「あっ」」
男性の一人客を見て驚いた。優しそうな顔立ちに眼鏡…ビールの人だ!
確か雄大さんだっけ。
「よかった。お会いすることができて。僕、あなたにクリーニング代をお渡ししようと思って、ここに来たらまた会えるかなって思って待っていました」
雄大さんはにこっと笑って懐から名刺を取り出した。
「先日は大変失礼しました。僕はこういう者です」
彼から名刺を受け取り、私も持っていたアプリメイクで作ってもらった名刺を用意して渡した。
――『ファイブスターホールディングス 第二営業部 主任 宇治川 航大 (Kodai Ujigawa)』
宇治川航大(うじがわこうだい)さん、か。
って…ファイブスターホールディングスって、大手広告代理店じゃない!
だとすれば、建真の会社とも取引があるかもしれない。魔王(おっと)は食品会社のマーケティング部に所属していて、今、新商品を売り出し中だから接点あるかも!
「先日はほんとうに申しわけございませんでした。これ、受け取っていただけますでしょうか」
白い封筒を取り出し、私の方へ差し出してきた。
「あ、いえっ。ぜんぜん、シミにもならなかったので大丈夫です! それなのにお詫びをいただくなんて…」
「粗相があった際は、我が家では必ず罰金を支払うようにと言われているのですが…」
「ええっ。そんな罰金だなんて、とんでもないです!」
辞退したら万時さんが私の代わりに封筒を受け取ってしまった。
「くれるというのですから、もらっておけばいいですよ。紀美さんは金欠でしょう。それで僕の店でなにか買ってください」
そう言って万時さんから封筒を押し付けられた。
「お渡しできて良かったです」
にこっと笑う航大さんに、成り行き上もうお金は返せなくなってしまった。あああ…いいのかな…助かるけど…。
「では僕はこれで」
帰り支度をしようとする航大さんを、ちょっと、と引き留めたのは万時さんだった。
「まだお食事の途中でしょう。あなたも訳アリそうですね。よかったらお話しませんか? お金の匂いがします」
どんな嗅覚しているんだこの人は。
変な人を仲間にしちゃったなぁ。
「ちょっと金(きん)ちゃん、うちのお客様に絡まないでよ」
万時さんと顔見知りというのは本当のようだ。金成(かねなり)だから金(きん)ちゃんと呼ぶのね、なるほど…。一連のやり取りを見ていた女将さんが親しい感じで彼に文句を言ったので、万時さんがすかさず笑った。
「絡むなんてとんでもない。北都、俺たちの出番だ。事件を解決しよう」
「は? なに、事件って。それよりまず自己紹介でしょ。私は東雲北都(しののめほくと)。ここの居酒屋を切り盛りしている美人女将でっす★ 北都って呼んでね!」
不敵な笑みと決めポーズで女将さんが自己紹介をしてくれた。北都さんね。名刺もらっていたからもうインプットしてるよ!
「毎度思うんだが、美人って肩書きは他人が評価するものであって、名を名乗る時に言うものじゃないだろう。図々しいな」
万時さんがやれやれといった顔で言った。
「うるさい。アンタは黙ってて」それをジロリと睨む北都さん。
ノリいい人だなぁ。私も名刺を渡して自己紹介した。「五代紀美です。よろしくお願いいたします」
「紀美さんね。オーケー! 言いにくいからノリって呼んでもいい?」
「あ、はい!」
わ。嬉しい。友達みたいに呼ばれるなんて久々だ。
「実はな、紀美さんは旦那から酷いモラハラを受けているんだ。生活費はたった2万円しかもらえず、彼女が稼いだ給料は旦那に取り上げられて、飲み代すら捻出できずに俺の所へ二束三文のネクタイを売りに来る有様だ。どうだ北都。彼女が可哀想だと思うだろう? 助けたいと思うだろう?」
「…んじゃそいつぅっ!!」
北都さんは般若の顔に早変わり。持っていたトレイがミシミシ恐ろしい音を立て始めた。銀のトレイが割れんばかりの勢いだ。
ひょえぇっ…! 怖っ!!!!
トレイがもう破裂寸前だよっ。
それより北都さん怪力すぎない!!??
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