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ゲートをくぐると、ふわりと甘いキャラメルポップコーンの匂いが鼻をかすめた。
ロボロは立ち止まって深呼吸する。
「……変な話やけど、ここも初めてやない気がする」
ゾムは笑った。
「たぶん、正解やで。何回も来たもんな」
2人で乗ったジェットコースター、ぐるぐる回るティーカップ。
昔は「怖い」と駄々をこねたロボロを、ゾムが励ましながら並んだ列。
そのすべてが、ゾムの胸の中には鮮やかに残っていた。
だが今、隣にいるロボロは、
どれにも「新鮮なリアクション」で驚いて、笑って、首をかしげる。
「前もここ来たんよな? 俺、ぜんっぜん覚えてへんのが、なんか……悔しいな」
「……しゃあないよ。無理に思い出すもんやないし。今 、楽しいって思えるなら、それでええやん」
「うん、まぁな。でも――なんかズルいわ」
「え?」
「ゾムがこんなに“知ってる”のに、俺だけ置いてかれてる感じ。悔しい。 俺、思い出せへんことで、あんたを傷つけてへんかな……とか、考えてまう」
その言葉に、ゾムの心がぐらりと揺れた。
ロボロの無意識の言葉で傷付かなかった訳じゃない。
それは、ロボロの“記憶”でもない。
でも、“心”がちゃんと動いていた。
「……大丈夫やって。 ロボロはロボロのままでいてくれたら、それで十分や」
言葉にしてしまえば、簡単すぎるほどの建前の本音。
本当は記憶を戻してほしい。思い出して欲しいってのが建前じゃない本音。
でも、それはずっと胸の奥で握りしめてた想いだった。
──忘れられても、変わってしまっても、
“今”のロボロが俺の隣にいてくれること。それだけで、意味がある。
ふたりは、観覧車に乗った。
最後に乗ったのは、小学生の頃。
ロボロは知らないけど、ゾムは覚えてる。
その記憶の続きを、今の2人で上書きされていく。
ゴンドラがゆっくりと空に昇っていく間、
言葉は少なかった。けど、沈黙がつらくはなかった。
ロボロは窓の外を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「なんか……夢で見た気がする。この角度、この空。 たぶん……昔も、こうして上がったんやろ?」
ゾムは返事をしなかった。
できなかった。
ただ、心のどこかが、確かに報われていく音がした。
その日の思い出が、“記憶”になるかはわからない。
でも、「何かを残せた」気がした。
それだけで、少しだけ前に進めた。
そう思うと安心して泣いてしまった。