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アンダル様がいるならリリアン様もきているはず、カイランはこの事を知っていたのかしら。知っていてもおかしくはないわ、アンダル様とは付き合いが長いもの。今まで順調にこなしてきたのに厄介が近づいてくるわ。
「カイラン!久しぶりだな。痩せたか?」
元王子だけど今は男爵、相手は小公爵なら人目のあるところでは接し方を変えなければならないのに。けれど相手はアンダル様なのだ。常識的な判断のできる人物ではない。
なぜ呼んだのか、ハインス公爵は正気なのかしら。ハインス公爵には甥にあたる。王妃に頼まれたのかもしれないわね。
「アンダル。妻のキャスリンだ」
「妻のキャスリン・ゾルダークです」
「やあ、はじめましてアンダル・スノーです。で、彼女が僕の妻、リリアン・スノーだよ」
相変わらずふわふわの髪に愛くるしい相貌でアンダル様の横にくっついている。
「リリアン・スノーです。カイラン!元気だった?全然会えないんだもの。さみしいってアンダルと言ってたのよ。領地へ行ってたんでしょ?湖が綺麗って、今度は私達も連れていって」
笑顔を維持している私はとても頑張っているわ。カイランがアンダル様と手紙のやり取りをしているということね。彼女は何も変わってない。笑顔と馴れ馴れしさと甘えた声で今も生きている。これがカイランの愛する人とは…こちらが恥ずかしくなる。
「リリアン、悪いね。とても忙しくて…」
「なぜ?落ち着いたら会おうって言ってたじゃない。また三人で出掛けましょうよ」
「リリ、カイランは公爵家の後継なんだから忙しくて当たり前だよ」
「三人でお話する時間もないなんて…そんなのおかしいわ」
彼女は私が見えてないのね。付き合いきれないわ。沢山の人が聞いているなかで誤解を招く発言を大声で。ここから離れてもいいわよね…
「カイラン、あちらに知ってる方がいらしてるから挨拶へ行きたいの」
カイランは困り顔で私を見る。別に一緒にとは言ってないのよ。
「貴方はこちらでお話していて、久しぶりなのでしょう?」
「キャスリン…」
私は彼の腕を離しちょうど見つけた知り合いの所へ向かう。あちらも私に気づいていた、向かってきてくれる。
「ライアン様こんばんは」
人好きする笑顔で迎えてくれるライアン様に一息つく。
「こんばんはキャスリン様。素敵なドレスだ上手いことできてますね」
それを聞いて顔が赤くなる。まだ身体中にはハンクのつけた痕が残っている。ドレスの下は噛み痕だらけなのだ。私は小声でライアン様に聞く。
「ご夫人のドレスの下は皆そうでしょう?」
やはり見えるところにはつけないものなのだ。ハンクには気を付けてもらわないと。
「そう、そうです、そうなんですよね。皆さん大変ですよ」
この中にもライアン様の患者がいるのだろう。あの薬を塗っているのだわ、苦労するわね。
「こちらにはお一人で?」
確か婚約者は平民と話していたわね。その場合は近親者を相手に参加する方がいる。
「いいえ。とても大きくて強くてむさ苦しい人と共に来ましたよ」
なんて仰ったのかしらともう一度聞こうとしていたらライアン様の後ろに大きな人物が現れた。
「むさ苦しいは余計だ、こんばんはドウェイン・アルノです。これは美しい。ゾルダーク小公爵様が羨ましいですね」
ハンクより大きいわ。ライアン様と本当に兄弟なのかと疑ってしまうけれど顔の造りが似ている。
「こんばんはキャスリン・ゾルダークです。アルノ小伯爵様には以前助けていただきまして、その節はありがとうございました」
彼はあの騒動で私に馬車を用意してくれた恩人なのだ。今日は警備ではなくアルノ小伯爵として参加したようだ。
「キャスリン様、礼などいいのですよ。仕事でしたから」
「いいえ、家族の者も感謝しておりました」
「いやいや、こちらも感謝しているのですよ。ゾルダーク公爵がこいつの後援をしてくれるなんて有り難い。アルノでは皆がこいつを心配してましてね」
ばんばんとライアン様の背を叩きながら話す。
「痛い!馬鹿力め。キャスリン様、兄の奥方が身籠ってまして、なのでパートナーはお互いいないのですよ」
そう言って手を差し出す。ダンスに誘われているのだ。新婚初めてのダンスをまだカイランと踊っていない、振り向くと三人は消えていた。回りを見てもいない。あの日を思い出す。置いていかれて一人きりで…私はライアン様の手をとる。
「先程三人で庭へ向かわれましたよ」
ライアン様がそっと教えてくれる。なら知らないわ。勝手にしたらいいのよ。
ライアン様に導かれ踊る。久しぶりのダンスは楽しかった。音楽を聞いて背伸びしないで踊る。
「キャス!」
踊り終え中央から離れると懐かしい声が私を呼ぶ。
「お兄様!お久しぶりね」
ディーゼル・ディーター小侯爵が近づいてくる。
「こんばんはディーゼル・ディーターです。妹の相手をありがとうございます。ちゃんとした相手がいるはずですが」
「こんばんはライアン・アルノです。これはドウェイン・アルノ、兄です。キャスリン様とはゾルダーク公爵の元で知り合いまして、ダンスの相手がいなかったものですから誘ってしまいました」
なんだか怒っているようだわ。カイランといないからよね。もう少し早く来てくれたら良かったのに。
「お兄様、カイランはアンダル様とお話し中なのよ」
面倒なのでリリアン様のことは言わないでおく。
案の定、お兄様は不機嫌な顔になる。アンダル様に良い感情を持っていない人は多い。
「では、お兄様もいらしたことですし、久しぶりにお話でもされては?」
ライアン様の提案に頷く。私は果実水をとりお兄様とテラスへ移動した。
「お一人なの?」
お兄様には婚約者がいる。妹の私が先に婚姻したのは相手がまだ学生だからだ。
「会場にいるよ。しかし、まだ付き合っているのか?」
「そうみたいね」
「知らなかったのか?」
「なかなか聞けなかったのよ。長く領地へ行ったりして」
言い訳だわ。本当は聞く気もなかった。
「閣下がダントルをゾルダークへ連れてきてもいいと言ってくれたの」
「ああ、聞いてる。いつでも行けるようになってるよ…ジュノは元気か?」
「ええ、よく側にいてくれるわ。テレンスは元気?ちゃんと学園で学んでいるのかしら」
テレンスは私の四つ下の弟になる。テレンスの話をするとお兄様の顔が渋る。何かやらかしたのかしら。
「ここだけの話だ。まだ何も決まってない、ただテレンスが乗り気なだけでな、マルタンのミカエラ様は知っているだろう。婚約の話が出てる」
テレンスと?それは実現したら大事だわ。アンダル様と婚約解消となったミカエラ様は公爵家の長女、下には妹しかいない。次男三男達は我先にと申し込んだだろう。それでも未だに婚約者が未定なのはミカエラ様が全てに断りを入れているからと聞いた。アンダル様の残した傷は大きい。お金で解決されるわけはなかった。ディーターとマルタンが繋がりを持てるのは喜ばしい。大手柄な婚約となる。婚姻となれば三大公爵家にディーターが二家と血で結ばれる。結束が一層強くなる。それを狙っているの?王族を牽制するつもり?
「打診したのはマルタン側だ。見合いを嫌がるミカエラ様を騙し討ちでテレンスと引き合わせた。それがな、うまくいったんだよ。あのテレンスがミカエラ様を気に入って…」
テレンスはディーター兄弟の中では一番の変わり者。こだわりが強く執着心の塊。幼い頃から一つのことに没頭し図書館で寝泊まりして読書、部屋に籠って絵画制作。ディーターにはテレンスの絵が飾りきれないほどある。今は確か天文学に嵌まっていると聞いたけれど。
「騙し討ちで邸に来た時に、テレンスの絵を見たんだよ。美しいと褒められて…それからはもう」
あの絵を美しい…テレンスの絵は独特であまり人には受けないのに…感性が似ているのかしら。
「テレンスは乗り気だ。あいつの中では決定だ。時間をかけても婚約する気だ。キャス、カイランにはアンダル様に近寄らないよう話せ。ミカエラ様と繋がればアンダル様は邪魔でしかない」
今も邪魔でしかないわ。テレンスの婚姻は実現しても数年先の話。それまでにカイランを説得するしかない。ため息を吐きながら庭を眺める。全く信じられない光景だわ。
「なんだあれは、どういうことだ」
なんなのかしらね、なぜカイランとリリアン様が二人で薄暗い庭で密着しているのかしらね。アンダル様はどこへ消えたのよ。冷めた目でそれを見つめる私にお兄様が気づく。カイランは抱き締めてはいないようだわ、リリアン様がすがってる?
「お兄様、あれ止めてきてもらえる?」
誰に見られるかわからない所で軽率すぎるわ。
お兄様はテラスから降り二人に近づく。盛り上がっていても人が近づく気配には気付いたのだろう。カイランがリリアン様を引き剥がすがもう遅い。お兄様が彼に話しかけている。カイランはこちらに気付きうつむく。きっとお兄様が嫌味のひとつでも言ってくれるだろう。そういうの好きなのよね。もう帰ろうかしら。お兄様がリリアン様を連れて会場まで送っていった。カイランは私に近づいてくる。
「疲れたわ。私は戻ります。貴方はどうします?」
カイランは私を見ない。言い方が冷たかったか、そんなの知らない。返事のない答を待つのも限界。私は会場から馬車留まりへ向かう。カイランなど振り向かない。公爵家の馬車に乗り込むとカイランも乗り込んだ。乗り込んで欲しくなかった。この狭い空間で吐き気がするわ。微かに香る知らない香水の香り。
「キャスリン…あの」
何を言っても許しはしないわ。
「久しぶりに想い人に会えて嬉しかったのは理解するわ。でも時と場所を考えて欲しかったわね。見ていたのが私達だけとは限らないのよ。閣下には報告するわ。もし噂が上がったら消してもらわないとならないから。貴方にはできないでしょう?」
本当はハンクに言うつもりはない。私が守ろうとしているものを簡単に壊すカイランを許せない。噂がたとうが悪いのはカイランとリリアン様になる。どうなっても貴方は無力だと言っただけ。
「すまない」
「いらないわ、未来を大事にしているのが私だけだと理解したの。貴方は何がしたいの?」
「君を大事に思ってるよ」
「笑わせないでほしいわ。貴方だったら信じられて?新婚初めての夜会で踊ったのは夫以外の人。その夫は友人の妻と逢い引き」
「踊ったのか?誰と…」
頭に血が上る。あの時貴方を気遣って断れば良かったの?必ず踊ると言ったのに。私は問いに答えない。それぐらい自分で調べたらいい。沢山の人が見ていたのだから。
私はもう口を開けない。話す気もない。早く帰りたいの。ハンクが待ってる。