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「全ては瑠奈に会うために——」
私の両肩に手を置き
近距離で私を見つめる社長
二人の顔は
わずか数十センチの距離感
真っ直ぐで
真剣で
真摯な社長の眼差し
何かを想っていたわけではない
何かを期待していたわけではない
思考停止状態の私に
突如として浴びせられたその言葉
どのくらい時間が経っただろうか
永遠に感じる程
時は止まり
漆黒の暗闇の中
静寂と沈黙が支配する
極限を迎える緊張
沸き立つ血流
脈打つ心臓の鼓動だけが
体内を伝い鼓膜を震わせる
「気が遠くなる程の昔から、お前に恋い焦がれ、お前を求め、お前を辿り、やっと出会えた」
「俺の全ては瑠奈の為だけの人生なんだ」
私の両肩に置かれた手が解かれ
再び社長の腕の中に堕ちる
社長の筋肉質な腕に抱きしめられ
私は
理由も分かぬ涙が零れた
頭で考えても解らない
だけど
私の細胞の全てが
そうだと確信し肯定する
頭で考えても解らない
だけど
私を求め
私を辿る
何かの存在はあった気がする
それを
私は認知していた気がする
記憶のどこかで
細胞のどこかで
臆病な私が
知らぬ素振りで
気付かぬ振りをしていただけで
社長だったんだ——
涙で潤む脳裏に
鮮明に
遠い昔から見ていた
あの夢が思い起こされた
そうだ
そうだったんだ
私は
遠い昔からずっと
あなたを知っていたんだ
あなたと繋がっていたんだ
自分で認知していた
自分の運命
勝手に決めつけていた
自認する運命が
今
音も無く崩れ
書き換えられて行くのを感じる
麻薬的な
幸福感に
脳内と心を満たしながら
「どうして……どうしてもっと早く来てくれなかったの?」
涙に濡れた顔で
涙声で訴える
「ごめん……ごめんな」
「ずっと探し、ずっと呼び続けてたんだ」
私をきつく抱きしめ
首元に顔を埋める社長
「今なら明確に解る……瑠奈の匂いだ」
「香水は好きじゃない、俺は瑠奈の匂いが好きだ」
雨に打たれ
濡れ落ち
剥がれ落ちた香水
露出した私固有の匂い
それを
恥ずかしげも無く讃え慈しみ
その香りに包まれんと
私の首元に
顔を埋める社長
それを
恥ずかしげも無く嬉し喜び
笑顔を浮かべ
きつく抱きしめ返す
私は
私の首元に顔を埋める社長の頭を
愛おしみ強く抱きしめた
「ああ……落ち着く……」
「やっと……やっと辿り着いた」
あの夢を見始めたのはいつからだろう
昔過ぎて思い出す事すら困難だ
それは
たぶん
きっと
物心ついた時から
途方も無く
長い旅路だっただろう
散々な今日の苦労など
ちんけに感じるほど
途方もない苦労だっただろう
社長は私を見つけてくれた
この広い世界から
私を見つけ出してくれた
運命に導かれるままに
崇高な彼の人生の全てを掛けて
途方もない時間と
途方もない労力を費やして
私の為だけに
私だけを求めて
私と彼だけの
私と彼だけに存在する
二人の運命
私は
これまで歩んで来た自身の人生が
全て報われたと錯覚する程の
幸福感に満たされていた
これまでの人生を
涙と共に排出しながら
あの日
踏切で人生が終わろうかとする刹那
突如現れ救ってくれた社長
あの日
一生分の涙を流し
全ての涙を排出したと思っていた
一滴も体内に残らないほどに
流した涙が
とめどなく溢れ
止まらない
それは
私の
自認していた運命と
真実の運命との
岐路だった
スー……スー……スー……
社長を
強く抱きしめた腕の中から
微かに漏れる吐息
私を
強く抱きしめていた社長の腕から
力が抜け落ちる
気付くと社長は
私の腕に抱かれ
私の腕の中で
寝息を立てていた
私の腕に包まれながら
私の匂いに包まれながら
純真無垢で
天真爛漫な
少年の様な
天使の寝顔で
いつの間にか
寝落ちしていた
篠原愛紀