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医者の口が動いているのを、こさめはぼんやり見ていた。
「……余命は、長くて一年」
やけに静かな声だった。
自分のことなのに、どこか他人事みたいで。
(あ、そっか)
最初に浮かんだのは、怖さじゃなかった。
すち、どうするかな。
帰り道。
空は普通に青くて、コンビニも混んでいて、世界はいつも通り。
なのに、自分だけ時間の外に出されたみたい。
(一年かあ)
短い?
長い?
わからない。
でも確かなのは——
すちを置いていくってこと。
そこだけが、胸に刺さる。
家のドアを開ける。
「おかえり」
キッチンから聞こえる、いつもの声。
いい匂い。
それだけで泣きそうになる。
「ただいま」
声が少しだけ震える。
すちはすぐ気づく。
「どうしたの?」
優しい目。
その目を曇らせるのが、自分だと思うと苦しい。
夜
テーブル越し。
こさめは、ちゃんと伝える。
「……病気だって」
すちは黙って聞く。
途中で遮らない。
最後まで聞いてから、ゆっくり息を吐く。
「そっか」
それだけ。
泣きもしない。
怒りもしない。
ただ、こさめの手を握る。
「怖い?」
聞かれて、少し考える。
「ううん」
本当は怖い。
でも。
「すちがいるから」
それは本音。
その夜、こさめは眠れなかった。
隣で寝ているすちの寝顔を見る。
(いなくなるの、やだな)
死ぬのが怖いんじゃない。
すちの隣にいられなくなるのが怖い。
朝ごはんの匂いも、
くだらない会話も、
優しく頭を撫でられるのも。
全部なくなる。
(もっと甘えとけばよかったな)
(もっとわがまま言えばよかった)
後悔が、じわじわ湧いてくる。
でも同時に思う。
(最後まで、可愛いこさめでいよ)
泣き顔より、笑ってる顔を覚えててほしい。
一方のすちは。
こさめが寝たあと、ひとりでキッチンに立っていた。
冷蔵庫を開ける。
閉める。
何も手につかない。
(一年)
頭の中で何度も繰り返す。
受け入れられない。
でも、こさめの前で取り乱すわけにはいかない。
泣くなら、いないところで。
崩れるなら、ひとりで。
決める。
できることを全部やる。
治療法を調べる。
食事を見直す。
少しでも楽になる方法を探す。
それが、すちの愛し方。
次の日。
「今日なにしたい?」
すちが聞く。
「急だね」
「全部やろう」
こさめが好きなこと。
行きたい場所。
食べたいもの。
「遠慮しないで」
優しく言う。
その目は、決意で静かに燃えている。
こさめは少し笑う。
「じゃあさ」
「うん」
「毎日、ぎゅーして」
すちは一瞬だけ目を細めて、すぐに抱きしめる。
「それなら今すぐできる」
強くて、あたたかい腕。
(ああ、好きだなあ)
こさめは思う。
一年しかないなら。
悲しむより、
できるだけ笑おう。
すちは思う。
一年あるなら。
一秒も無駄にしない。
余命宣告は、残酷だった。
でも。
二人の時間が、急に色濃くなる。
限りがあると知ったからこそ、
今日の「おはよう」も、
何気ない「おやすみ」も、
全部が宝物になる。
こさめは思う。
(最後まで、すちの隣がいい)
すちは思う。
(最後の瞬間まで、隣にいる)
残された時間を、
一緒に生きると決めながら。
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