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いるまがみことを連れて部屋に引き上げた直後。
まだ台所には、すちの荒い呼吸と重苦しい沈黙が残っていた。
――その空気を裂くように、玄関が賑やかに開く。
「ただいまー!」
こさめの元気な声に続き、ひまなつのだるそうな声が重なる。
「んー、腹減った……って、何、この空気」
「静かだなー」
3人は顔を見合わせながら、リビングに向かう。
台所に立ち尽くすすち。
らんは深く息を吐き、すちを真っ直ぐ見据えた。
「……すち。何かあった?」
ひまなつは壁に凭れながら腕を組み、こさめは不安げにすちを見上げている。
すちは一度唇を開きかけて――躊躇した。
喉の奥が強く詰まる。
(俺は……ただ、手を取っただけなんだ。でも……)
視線を落とし、静かに口を開く。
「……みことくんの手が震えてて。包丁を握ってたから、怪我しないようにって……咄嗟に手を取った」
こさめが「あ……」と小さく声を漏らす。
だがすちは続けた。
「……そしたら、急に崩れ落ちて。俺が触ったせいで……怯えて、蹲んで……」
拳を握り締める。
悔しさと自責の念が混じり、声が震える。
「俺は、そんなつもりじゃなかった。でも……結果的に、怖がらせた。いるまくんがこの状況を見て怒られちゃったんだ」
ひまなつが眉をひそめる。
「……触られるのが怖いんかね、あの子」
「……そう、かもしれない」
すちは弱々しく答える。
こさめは声を震わせながら呟く。
「……みこちゃんは、慣れてないだけで…!」
らんはしばらく黙っていた。
鋭い目をすちに向けたまま、ゆっくり言葉を落とす。
「悪意なんてなかったってわかる。……ただ、これ以上は俺らから無理に近づかない方がいいかもな」
すちは返事をしようとしたが、声にならなかった。
胸の奥に広がるのは、罪悪感と、それでもなお消えない「気になる」という思いだった。
___
ひまなつは「……俺、風呂」と言って部屋に戻り、こさめは階段を駆け上がり、みことといるまの元へ行く。
残されたすちは、深く息を吐き、視線を落としたまま動かない。
まるでその場に釘付けになったかのように。
そんな彼に、らんが声をかける。
「……すち」
「……うん」
顔を上げたすちは、どこか弱った笑みを浮かべていた。
「気にすんなって言っても、無理だろうけどな」
らんは溜息混じりに椅子を引き、そこに腰を下ろす。
「いるまはさ、弟を守ることに必死なんだ。あいつにとってみことは、誰にも触れさせたくない存在なんだろ」
らんは真っ直ぐな眼差しで言った。
「だから、お前が悪いってことじゃねえ。ただ……“タイミングが悪かった”」
すちは俯き、ぎゅっと拳を握る。
「……わかってる。それでも、俺が……怖がらせたんだ」
「……そうだな」
らんは頷き、少しだけ口元を緩めた。
「でもな。みこと、最初から誰にでもあんな反応するわけじゃねえと思う」
「……え?」
すちは目を瞬く。
心の奥で小さな希望が灯るのを感じた。
「……家族になるってのは、そう簡単じゃねぇ。けど……お前が諦めなきゃ、あいつもいつか心を開くかもしれない」
らんは立ち上がり、肩を軽く叩く。
「だから――今は焦るな。ゆっくりでいい」
それだけ言うと、らんはひまなつを追うように廊下へ出て行った。
残されたすちは、その言葉を胸の中で何度も繰り返しながら、深く息を吐いた。