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「そりゃ七海さん一択」
「何が?」
勢いよく振り返れば真っ黒で壁のようなものが立っていて、恐る恐る顔を上げるとそこには目隠しをした白髪の男が笑みを浮かべている。
「ねぇ、何が?」
ずい、と一歩迫られ私が一歩下がれば背後の壁にぶつかって、再度の質問に冷や汗を掻く。
私は呪術師で補助監督の女の子達と飲み物を飲みながら廊下で立ち話をしていた。
内容は恋バナ。
そこで出たのは、誰と結婚するのが一番良いか、という話。
各自わいわい話した後、私に質問が来たので冒頭の答えを言った。
そして間髪入れずに最強術師で面倒な男、五条悟が声をかけてきたという流れ。
面倒ごとに巻き込まれたくないと、一緒に話してた女の子達の方を向けば誰もいない。
跡形も無くいなくなったその場所を見て呆然とする。
「あの子達ならすぐに立ち去ったよ。仕事かなー」
お前が元凶じゃ!
という言葉を飲み込み、静かに横へ逃げようとしたら腕を掴まれた。
大きな手が軽々と私の腕を掴んでいて痛さを感じるわけでは無いけれど、絶対に逃げられないことくらいはわかる。
もうこの距離にいた時点で逃げられないとはわかっていたけれど。
「で、何が?何が七海一択なの?」
口元だけへらへらしているが、絶対目隠しの下にある目が笑っていない気がする。
この人は昔からこうだ。
人をオモチャにしては、自分を一番だと言わせないと気が済まない。
僕格好いい?僕イケてる?僕面白い?僕床上手?
どれだけの質問をされても、はい、以外許さないが、さすがに床上手?には知らないのでと返答したところ、その場で部屋に連れ込まれそうになったので全力で逃げた。
もちろん五条さんが逃がす気が無ければ私がどんなに全力でも逃げられるわけは無いけれど。
「結婚相手なら誰が一番良いかって話をしてたんです」
答えないということは出来ないので素直に言えば、不思議なのか首をかしげている。
でかい男が首をかしげても可愛くも何でも無いけれど。
「え、なら僕じゃ無いの?」
「何言ってるんですか。五条さんはあの御三家、五条家当主ですよ?
みんなそんな凄い相手の妻になりたいなんて怖くて思いませんから」
ちゃんと答えが事前に考えてあるからこそ質問に答えた。
ウルトラお坊ちゃま相手に無理ですよ、の方がまだ通用しそうだ。
間違えても面倒な男の妻になりたくなんて無い、という本音を誰も言うわけが無い。
「うち、そんなに堅っ苦しくないけど」
「それは五条さんが当主としてやってるからです。おそらくお嫁さんはいびられますよ」
「あはは、僕が当主でその僕が選んだ相手をいびろうなんて身の程知らず、うちにはいないよ」
すっごく軽く話してるけど、すっごく恐ろしい事言ってるんだけど、この人。
間違いなく五条さんの力で黙ってるだけで、鬱屈している人間は山のようにいそうだ。
私には五条家の世界なんてわからないけれど、それなりに強い女性じゃ無ければあっという間にその嫁が五条さんの弱点になりそうな気がする。
誰もが、どんな金持ちでどんなに顔が良くて強くても、五条さんはムリと口を揃えるわけで。
突然、つ、と頬に指が滑ってびくっと身体が固まる。
その長い指が頬から顎に行き、指先が私の顎でとまると上を向かされた。
私の背後は壁、顎クイされた状態で私の身体が強ばっていく。
もう私で遊ぶ気満々というのが今までの経験で身にしみているのだから恐怖するのは当然だ。
どうしよう、どう逃げようかとぐるぐる頭で考えていたら、
「なんかさぁ、傷つくよね、そういうの」
わざとらしい悲しげな声が私の顔に近づくけれど、顔が固定され逃げられない。
なんだ、なんかいつもと流れが違う。
いつもはすぐにお仕置きだのと苛めになるのに。
「僕だって好きで五条家に生まれたんじゃ無いよ?
でもこんなにイケメンで強いわけだしー、で当主でもあるからさぁ、お嫁さんくらい好きな相手にするよね~」
凄く楽しそうに話しているのに私が恐怖を感じるのは今までの経験からか。
そうですね、ととりあえず笑顔を浮かべて同意を示すと、五条さんは満足げに頷く。
「だから、この僕に見初められる女の子は幸せだよね!」
「そーですねー」
早くここから立ち去りたい。その一新で深く考えずに答えた。
七海さん通ってくれないかなと心底願ったけれど今日は出張だ。
というかこの場所にもうずっと誰も通らないこと自体、不自然であることに今更気が付いた。
みんな五条さんが居るから近寄らない。ということは私に助けは来ないわけで。
「おめでとう!そんな幸せな女の子に君はなれまーす!」
パチパチパチと目の前で拍手され状況が理解できない。
「あの?」
「明日ね、本家の集まりでさー。めんどいよね。でも嫁連れてくにはちょうど良いなって」
「いや、五条さ」
「ここで君を周囲に知らしめて、何かしそうな者は全部お仕置きしていくから」
「それは、私をダシにして反乱分子を一掃するとかいう任務ですか?」
「違うって、僕の嫁を紹介するだけ」
あぁ、地面が揺らぐ。
間違いじゃ無ければ知らないうちに私は五条さんの嫁にされるのでは。
「あの、五条さん私は」
「おっとメンゴメンゴ。大切な言葉を忘れてた。
・・・・・・愛してるよ」
「突然ドヤ顔で言われても困ります。ということで帰ります、お疲れさまでし」
た、という言葉を言い終わる前に私の身体は宙に浮き、肩に担がれていた。
嫌な予感どころじゃ無い、今、私は五条家当主に拉致されてるじゃ無いか!
空気を担いでいるかのように高専内を五条さんが歩いてそれを人が見ているのに、遠巻きに見てる誰一人声をかけてこない。
「ぎゃー!助けてー!五条さんがー!!」
「はいはい、皆さんうちの嫁がすみませんねぇー」
「嫁じゃ無い!誰か!誰か!」
「これからベッドに行くから邪魔するヤツは全員手加減できないかも知れないけど良い~?」
ヒッ、という私の声を無視し、私を担いだまま五条さんは高専を出た。
もちろんその途中、私を助ける人は誰もいなかった。
世の中の冷たさをここまで味わったのは初めてだっただろう。
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「というのが奥さんを初めて実家に呼んだ前日の話」
一年生達がもの凄く引いた顔をしているのに、話した本人はご満悦。
たまたま通りかかった教室から聞こえてきたのは、まさかの夫から生徒への衝撃発言の数々。
私が廊下にいることなど気付いているのだろう、私が聞きながら苛立っているのを楽しんでいる。
たまらず無言で教室のドアを開け、出張帰りのお土産をぶん投げたら、五条さんは笑いながらその袋を片手で受け取った。
「お帰り~!お、ありがとう、僕の好きな和菓子!さすが奥さん!」
「沢山あるからちゃんと生徒さんにもあげて」
「あげるあげる。あ、今夜は久しぶりにイチャつこうね」
「仕事しなさい!!」
バシンとドアを閉めたけれど、初めて会った生徒達にはおそらく怖い人だと思われただろう、とても悲しい。
少しは可愛い登場がしたかったとため息をついていてその場を離れている頃、五条さんがどんなに自分の嫁が可愛いかのろけまくっていたという話を後日生徒から聞いて、笑ってしまう自分に随分五条家当主の妻として図太くなったと内心苦笑いした。