俺は母から虐待を受けている。
父は浮気が原因で俺が小さい時に離婚した。
母は離婚してから人間不信になり、仕事も辞め、今ではほぼ一日中自室に引きこもっている。
だから、家事などは俺が全部一人でしなければならない。別に苦手ではなかったし、厭わなかった。
そして、母はたまに自室から出てきて、俺に罵詈雑言を言ってくる。
「産まなきゃよかった」「なんでここにいるの」「育てるのにかかった金を今すぐ返せ」「あんたなんか死ねばいいのに」
このような類の数え切れないほどの罵詈雑言を一身に浴びてきた。
最初は泣いていたが、途中から泣かなくなった。
でも、泣くのを辞めた俺を見て母は面白くなくなったのか、次は暴力を振るってくるようになった。
最初は抵抗したし、ちょっとした切り傷や青痣ができるくらいだったのだが、段々と抵抗するのも億劫になると、暴力もエスカレートし、一度包丁を持ち出してきて殺されそうになったこともあった。
その時は家に結城(ゆうき)という幼馴染が遊びに来て、殺されずにすんだが、もし結城が遊びに来なかったら、どうなっていたか考えるだけで足が竦む思いだ。
そんな生活が高校生まで続いていた。
そして、そんな生活が一変したのも高校生の時だった。
すべてが変わってしまったあの日。
8月という夏真っ只中のとある月曜日。
いつもより暑く、蝉の鳴き声も鬱陶しかった日。
俺は炎天下の中、いつものように通学していた。
教室に入り、窓際にある自分の席に着くと、前方の窓際で結城と結城の友達が話している内容が耳に入ってきた。
「なぁ、結城聞いたか?あの日向(ひなた)が死んだんだってよ。」
「え!?がち?」
「おー、噂だけどな。なんか、日向の家族全員が顔面を潰されて殺されたらしい。」
「えっ…家族まで?しかも顔面を潰すって、よっぽど犯人は恨んでたんだろうな…、」
「そうだなぁ…なんであんなに優等生な日向を恨んでたんだろうな。誰にでも好かれそうなのに。」
「まぁ、誰にでも好かれるからこそ、恨まれるんじゃね?」
「あ〜確かに。なるほどな、さすが結城。あったまいい〜!」
「うむうむ。苦しゅうないぞ。」
ヒナタ。
どこかで聞いたような名前だ。
…あぁ、そう。確かクラスに馴染めていない俺に結城以外で唯一よく話しかけてくれてた女子だった。
そうか。亡くなったのか。
正直そこまで悲しくなかった。
確かにクラスメイトが亡くなってしまい残念ではあるが、特段仲が良かったわけでもない。
窓の外を流れ行く雲を見ながらそんなことに思いを馳せていると、友達と話し終わったのか、こちらにやってくる結城が視界の端をかすめた。
「郁人(いくと)!はよ!!」
「おはよう。日向、亡くなったんだってな。」
俺がそう言うと、なぜか結城は目を丸くさせ、少し申し訳無さそうな様子だった。
「あ〜、聞こえてちゃってた、?」
「あぁ、全部聞こえてた。」
「そっか…わりぃな」
「なんでお前が謝るんだ?」
「いや、だって郁人は日向と仲良かったじゃん。だから、あんま聞きたくなかったかな…って」
「別に特別仲が良かった訳じゃない。悲しくない訳じゃないが、そこまで気を遣われるほどでもない。」
「そっか、!ならよかった!!」
結城は普段全く気なんて遣わないし、デリカシーのかけらもないのに、たまに変なところに気を遣う。
そこまで気を遣わなくていいのにと思うのだが、彼なりに俺の気持ちを考えてくれているのかもしれない。
そこから暫く授業が始まるまで結城と話し、午前の授業も終わり、結城と昼飯を食べて、午後の授業を受ける。
特筆すべきこともない日常だ。
放課後もいつも通り早く帰ろうとした。
早く帰らなければ、母に色々と言われるから。
でも、その日は担任に頼まれて職員室に向かわなければならなくなった。
職員室に行くと、他の教科担当の先生からまた色々と頼み事をされ、すぐ終わるだろうと思って全て引き受けると、帰る頃には気付けば空が紅蓮華色に染まっていた。
「やべっ、また叱られる…まぁ、いいか。」
そんな独り言をつぶやく。
教室に荷物を取りに行くと、女子がいくつかのグループに別れて喋っており、また男子が数人遊んでいた。
いつもなら、その男子の中に結城が居るはずなのだが、今日は珍しく早く帰ったのかそこにはいなかった。
結城以外に一緒に帰る友達もいないので、俺は1人で通学路をとぼとぼと歩いた。
空はさっきより濃い紅蓮華色に染まり、太陽が名残惜しそうにまだ少し顔を出していた。
蝉の声も黄昏時の雰囲気に合わせるように穏やかだった。
カラスが鳴きながら俺の頭上を通っていく音に耳を澄ませながら、思いに耽る。
今日のご飯は何を作ろうか。
母は今日はどんな暴力を振るってくるのだろうか。
俺の父は何故母を捨てて浮気なんてしたのだろうか。
いつも帰宅するときに考えていることに思考を巡らせながら、家の前にたどり着く。
ポケットから鍵を取り出し、鍵穴に差し込み、回す。
すると、ガチャリという音が。
何かがおかしい。
母は外出なんてしないし、俺は絶対に朝鍵をかけたはずだ。
空き巣が入ったのか?なんて不安を抱きながら、慌てて扉を開けると、
そこには結城が背を向けて立っていた。
なんだ。ただ結城が遊びに来ただけか。
そんな考えは結城の足元にある”ソレ”を見た瞬間に消し飛んだ。
そこには、いつも台所に置いてあるはずのナイフと一緒に母が倒れていた。
静寂だけが耳の中で暴れまわる。
カラスの鳴き声が先ほどとは打って変わって不気味に響く。
結城が俺の帰宅に気付いて振り返る。
「あれ、郁人!おかえり!!もう帰ってきちゃったの?もう少し遅くなると思ってたんだけどなぁ、」
こいつは何を言っているんだ?
頭がおかしくなってしまったのか?
母は本当に死んだのか?
そんな疑問が頭の中で交錯し、駆け巡る。
動悸が段々と激しくなり、息が詰まる。
俺はやっとの思いで喉から音を発した。
「ゆ、結城。そ、それ…」
「?」
「足元の…」
すると、結城は”あぁ!”と納得したように説明してくれた。
「僕が殺したんだ!だって、郁人はこの悪魔から虐待受けてたじゃん。僕が気付いてないとでも思ってた?ふふっ、幼馴染舐めないでよね!!」
何が面白いのか、結城はくすくす笑う。
そして、今度は真面目な顔になり、こう続けた。
「ずっっっと疎ましかったんだ。郁人は僕だけの物なのに。それなのにこの悪魔はさ。ほんっと、何回も忠告したのに辞めないなんて馬鹿にも程があるよねw 辞めてたら殺すまではしなかったのに。ナイフで何回も刺した後も『なんで私が』『あいつのせいで』『あいつさえいなけりゃ』『呪ってやる』なんて言っちゃってさ。しぶとすぎだっつーの。まぁ、もう死んじゃったから、全部どーでもいいんだけど!」
俺は死んだという言葉を聞いた瞬間、母に駆け寄った。
「郁人?何してるの??もう死んじゃってるから、何しても無駄だよ?」
結城が何か喋っているが、俺はそんなものは無視し、母に叫んだ。
「母さん!母さん!!目を覚ませよ!!!!」
喉が枯れるまで叫んで、叫んで、叫び続けた。
途中、目に一杯水が張って、滲んで見えなくなるのもお構いなしに叫んだ。
結城は声が外に漏れないように扉を閉め、叫び続ける俺だけをじっと見ていた。
やっと、叫ぶのを辞めた俺に結城が問いを投げかけた。
「なんで?」
俺はその声に反応し、結城の方を向く。
結城は不服そうな顔で俺に再び問いかける。
「なんで…、虐待を受けていたのに、そんなに母親の死を悲しむの?意味分かんないんだけど。」
俺はすぐにこの問いに答えることが出来た。
「そんなの、そんなの決まってるだろッ!母さんは俺に暴力という名の愛を俺の身体中に残してくれたんだ!いつでも愛を感じられるようにって、与え続けてくれたんだ。虐待される時間がどれだけ幸せで、嬉しかったことか、!包丁で刺されそうになった時は刺されてみたいと思うと同時に、死んだらもう二度と母さんの愛を感じられないかもしれない恐怖で足が竦んだよ//そんな愛の痕跡を与えてくれる母さんが死んで、悲しまないわけがないだろう!?」
そう怒鳴り返すと、結城は今にも泣き出しそうな顔で言った。
「そんなの…そんなのあんまりだよ。僕の努力は?僕が、僕が郁人を愛してあげるだけじゃ、足りないのッ?」
俺は泣きそうな結城に反射的にきっぱりと告げた。
「足りない。」
その瞬間、結城は泣き崩れてしまった。
血のついた手で涙を拭うせいで、涙に色が移り、まるで血の涙を流しているようだった。
泣きじゃくりながら『全部無駄だった、なんで、僕じゃだめ』みたいな言葉をずっと繰り返している。
永遠と泣いている結城を見ていると、俺はなんだか申し訳なくなり、声をかけた。
「でも、!もし、結城が俺の母さんの代わりに俺の身体に愛を残してくれるなら、付き合っても、いいよ…。」
すると、結城は驚くほど素早く顔をバッと上げ、少し引きつった笑顔で、
「本当ッ!?僕がこれまでやってきたこと全部っ!!….無駄じゃない、?」
俺は“全部”という言葉に引っかかったが、その質問に頷いた。
数年後
結城side
「じゃあ、今日も”躾”始めよっか。ニコッ」
僕がそう声をかけると、嬉しそうにする僕の彼女。
なんて可愛いのだろう。
そう、僕は彼女に”躾”という名の暴力を振るっている。
最初は傷つけることを躊躇した。
大切な彼女だ。誰だって傷つけたくないに決まっている。
だが、傷つけることで喜ぶ彼女を見ていくうちに、”傷つけたくない”という気持ちより、
“彼女を喜ばせたい”という気持ちが勝り、傷つけることを全く躊躇わなくなった。
むしろ、楽しんでさえいる。
僕は元々S気質だったのかもしれない。
彼女の泣き顔や怯えた表情が今では何よりも愛してやまない。
僕は躾が終わった後、彼女にこんなことを聞いてみた。
「ねぇ、郁人?」
「なんだ?」
「郁人は今幸せ?」
「俺は幸せだ。結城は?」
「僕も!」
そう、これが僕らの、僕の、望んでいた、関係……..
END…?
コメント
3件
今回もめちゃくちゃ良かったよ!!!! ほぉほぉ…てぇてぇですなぁ…(?) きっと彼はソレを愛だって思って 現実逃避してるんだね!!! そうすれば痛みだって愛が付いてる 素晴らしいモノになるからね!!! まぁ…狂っただけかもしれないけど☆(?) ふふ、ヒナタが亡くなったのは 彼がヒナタ達も彼の母親も○した っえ事なんだろうね!!! でも…愛の形だから良い!!!(?) 次回も楽しみに待ってるね!!!!