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レオニスは、ふと手綱を離した。
騎士たちの間に、緊張が走る。
王は静かに馬を降りた。
豪奢な外套がひるがえり、石畳に靴音が落ちる。
一歩。
また一歩。
迷いなく、白の魔女へ。
「王様!」
フェンが素早く前に出る。
「これ以上の接近は危険です」
「退け、フェン・オルマイディ」
声は低い。
だが、怒気はない。
ただ、揺るがぬ確信だけがある。
「御身に万が一があっては……」
「万が一?」
レオニスは、わずかに口元を緩めた。
「この女が、俺を殺すと?」
視線がフェン越しにセレナを射抜く。
恐れはない。
値踏みでもない。
ただ、静かな興味。
「安心しろ。俺の目は節穴ではない」
フェンの肩を軽く叩く。
「この女は敵ではないのだろう」
フェンは歯を噛みしめ、やがて道を開ける。
王は、セレナの目前に立った。
至近距離で、王と、禁忌の魔女のあいだには何もない。
「初めまして、だな」
声音は思いのほか柔らかい。
「……バリスハリス国王、レオニス陛下」
セレナが静かに頭を下げる。
王は目を細めた。
「その呼び方は堅いな」
くくく、と喉で笑う。
「まあ、今はよい」
ふっと視線を遠くへ向ける。
「魔物は、本来、群れを成さぬ」
レオニスの瞳が鋭くなり、空気が張り詰める。
「だが今回の襲撃、明らかに異常だ。統率がある。意図がある。……誰かが動かしている」
森の奥を見据えながら、淡々と続ける。
「なぁ白の魔女よ。お前はその首謀者を知っているな?」
セレナは、わずかに息を止めた。
「三ヶ月前、ヴァルディウスから簡素な通達が来た」
指を一本立てる。
「白の魔女が禁忌に堕ちた。ただそれだけ」
二本目。
「そして、二週間前、追記が届いた」
声が低く落ちる。
「生きたまま連行せよ。報奨金、百万エギル」
ざわめきが走る。
王城がいくつも建つ額。
レオニスは肩をすくめた。
「国外にまで指名手配して、急に白の魔女の値が跳ね上がった」
視線が、まっすぐセレナに戻る。
「禁忌の魔女にそこまでの価値をつける理由は何だ?」
一歩、近づく。
「最近になって広まった噂がある。指名手配と同じ時期に広まった噂だ」
「……」
「魔女の血が、病も怪我も呪いも癒す、と」
沈黙が落ちる。
「ここまで揃えば答えは一つだ」
王の瞳が鋭く光る。
「ヴァルディウス王家は、お前の血を欲している」
その言葉は静かな推論だった。
「今回の魔物の襲撃。時期が出来すぎている」
王の目が細まる。
「ノクスグラートに現れたお前を狙っている可能性が高い」
フェンが息を呑む。
「……まさか」
「ヴァルディウスの追手が、直接動けば外交問題になる」
レオニスは淡々と言う。
「だが、魔物ならどうだ?」
答えは出ている。
「そうそう、ヴァルディウスには魔物を使役する者がいたな」
わずかな沈黙。
「星篝の魔女か」
その名が、空気を凍らせた。
レオニスは、セレナを見つめる。
「お前に心当たりはあるか?」
責める声ではない。確かめる声だ。
そして、その奥には、守る覚悟がある。
「安心しろ、白の魔女よ」
初めて、自然に名を呼ぶ。
「俺は、お前を売らん」
その瞳は真剣だった。
「百万エギルなど、欲しければこちらがくれてやると言うもの」
ふっと笑う。
「俺にとってお前は、それ以上の価値がある」
その笑みは挑発的で、どこか優しい。
「お前が狙われているのなら狙わせておけ」
王の声は、揺るがない。
「俺の国で、好きにはさせん」
一瞬だけ、視線が柔らぐ。
「こういうのも悪くはない。退屈せずに済みそうだ」
王は、くくくと笑った。
その横顔は、愉悦と闘志を帯びていた。