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テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで
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先んじて仕掛けたのはヤマヒメ。接近戦を得意とする彼女の一歩の踏み出しは、瞬きする暇も与えない雷撃のような速度でアバドンへ迫った。勢いのままに振った蹴りを杖の周辺に張った小さな結界で彼は即座にいなしてみせる。


しかし、蹴りの威力とは思えない、爆発でも起きたのかと錯覚するほどの衝撃だけで後退を余儀なくされ、全身の骨に罅でも入りそうな痺れを感じた。


『ホホーッホッホッホ! さすがに強い! これは油断してられませんねえ。小手調べに遊んでやるつもりだったが──そうもいかんらしい!』


杖の先で冷気の渦が巻き、巨大な氷柱が瞬時に生成される。


『お返しをさしあげましょう、《アイス・ブラスト》!』


砲弾さながらの氷柱をヤマヒメは拳を握り締めて叩き落す。


「子供騙しな技を使ってんじゃねえぞ、若僧!」


『馬鹿言わないでもらえます? 結構、真剣なんですけど?』


ぐるんと大きく杖を一回転させ、薄黒の魔法陣を創り出した。


『──《テンペスト・シャドウ》』


黒い炎が吐き出され、女性の悲鳴のような声が響く。今度は触れられるものではないらしい、とヤマヒメは触手のようにうねって迫ってくる黒い炎を躱しながら再びアバドンに近づいていった。


「当たるもんかよ、そんなトロくせえ魔法がよ!」


『そりゃあ分かんないよ? 言ったろ、真剣なんだって』


ハッと気付いて見あげる。頭上から降り注ぐ炎に、アバドンとの距離が再び開いてしまう。チッ、と大きな舌打ちをして拳を握り締めた。


「小細工ばかり弄しやがって……。もっとぶつかってこいよ」


『柄じゃないんだけどね、そういうの。ワタシは……いや、なんというか』


手の中にこほんと咳を払って。


『俺はおまえみたいな派手好きとは違うんだよ。魔導師ってのはおそろしくゆっくり、亀より鈍間で、だが鷲のように気高く慎重だ。だからこそ人間という弱い肉体を持ちながらも、神の領域に至れる稀有な生物なんだ』


杖を高くあげ、石突が沈むほど強く地面を叩いた。


『だが人間という可能性を秘めた生物であり続ければ、必ず肉体は滅びのときがくる。老いで、病で、事故で、殺意で、あらゆる道で人は必ず死ぬ。下らぬ権力とやらに縛られた愚者共によって貶められたとき、俺はそれを知った。俺もまた愚かだった。それゆえに! あ、それゆえに! 神の領域に至ったことだけは感謝せねばなるまい!』


黒い魔力が彼の足下から噴き出す。ずっとヤマヒメをざわつかせていた感覚の正体。アバドン・カースミュールという神が持つ真なる魔力。


『哭け、災厄よ。上質なる絶望を喰らい、呑み、歌い踊れ。災厄の化身となりて恐怖を顕現させよ──《イブリス・スピリトゥス》』


アバドン・カースミュールの詠唱を伴う魔法は、大魔導師たちのそれとは遥かに格が違う。魔法陣さえ必要としない。押し寄せる濁流もかくやの黒い魔力は、触れたものを枯れさせ、呑み込み、灰にする大魔法。もし結界がなければ、ホウジョウは災害に呑み込まれて巨大な島国ひとつが地図から消えていた。


だが、本気を見せていないのはヤマヒメも同じだった。


「いいぜえ、盛り上がって来た! 本気でやり合う一発目ってのは何よりも殺す気でいなくちゃあならねえ、決戦の狼煙みてえなもんだからよう!」


握った拳を空を貫く勢いで両腕とも掲げれば、全体が赤黒く染まっていく。


「紅天金剛呪腕《こうてんこんごうじゅわん》。よおく、その紛いもんの目ン玉に焼き付けろ、アバドン・カースミュール! わちきの本気って奴をな!」


黒い魔力の波を正面から受け止め、弾いてみせる。ヤマヒメは一歩も退かず、アバドンの放った強烈な一撃に立ち向かった。


『なるほど、妖力を凝縮した腕で防いでるってわけだ。いやあ、素ン晴らしい実力をお持ちで。……いや、どうやら馬鹿にしている場合じゃなさそうだな』


驚くべきことに、魔力の波を防ぐでは飽き足らず、ヤマヒメは拳で迎え撃ち、道を切り拓きながらアバドンへ徐々に近づいていた。


「おう、やっとこさ拳ひとつ分の距離だな?」


頭骨に触れるか触れないか、その距離に迫った拳にアバドンは微動だにしない。同様に彼の杖がヤマヒメの腹に触れている。どちらも一瞬のうちに相手を殺せるという自信に満ち溢れ、ニヤッと笑う。


『で、この膠着状態をどうするかね』


「そりゃあ、もちろん決まってるだろ」


一拍を置いて、二人同時に攻撃を放った。ヤマヒメの拳はアバドンの頭半分を粉々に吹き飛ばし、アバドンの放った雷の槍が彼女の腹に風穴を開ける。また一定の距離を取り、二人共それなりのダメージを負いながらも楽し気に──。


「やるじゃねえか。よく効いたぜ、今の」


腹をさすれば、傷はあっという間に塞がった。


『いやあ、そちらも中々。触れられたのは久しぶりだ』


無くなった部分が、あたかもあるように撫でる仕草をすれば、黒い魔力が瞬時に彼の頭骨を再生させる。まだまだ余力はある、と二人はまた構えを取った。


『まったく。意地でもヒルデガルドのもとへ向かわせたくないんだな』


「あたりめえよ。今のアイツじゃあ、てめえにはまだ勝てねえ」


エールの力を受けてなお、ヒルデガルドはまだ成長段階にある。その状態で大陸へ戻り、アバドンと戦えば、敗北は必至だ。だが、あともう少しだけ時間があれば、必ず彼女には勝てるだけの強さが身に付く。ヤマヒメは、その邪魔をさせまいと立ちはだかった。絶望を与える筋書きを好むアバドンを食い止めるために。


「わちきの愛した男の血縁だ、途絶えさせるわけにゃあいかねえんだよ。──たとえ、この命がここで潰えることになったとしてもな」

大賢者ヒルデガルドの気侭な革命譚

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