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第七章 揺れる手
急いで病院に戻ると、救急口に一台の救急車が止まっていた。
赤色灯の残光が、まだ夜の空気に滲んでいる。
エントランスへ駆け込むと、さっきまでの寮の温度が、
一瞬で身体から引き剥がされた。
廊下を忙しく走る足音。
遠くで声が響く。
「救急です!」
空気が張り詰める。
ストレッチャー。
医師たち。
血のついた包帯。
運ばれてくる男の周囲だけ、
わずかに温度が低いような気がした。
急いで着替えを済ませて、救急へ向かった。
阿部先生が立っていた。
亮平💚「頭部外傷。脳外に連絡したの?」
その声だけが、やけに落ち着いている。
ストレッチャーの男が、ゆっくり目を開けた。
整った顔。
照明の下でも崩れない輪郭。
――映画俳優だ。
一瞬で分かった。
俳優「……ここ病院?」
場違いなほど軽い声。
俳優は、じっと俺を見た。
少し長い。
……見すぎじゃないか?
視線が、ゆっくり下へ落ちる。
足。
スカート。
腰。
思わず、一歩引いた。
俳優「看護師さん?」
翔太💙「はいっ」
伸びてきた手。
反射的に、叩いた。
バチン。
乾いた音が響いた。
一瞬だけ、周囲の動きが止まる。
俳優「いいねぇ」
にやりと笑う。
俳優「威勢がいいの、だーい好き」
また視線が落ちる。
……気持ち悪い。
だが――
すぐに動いた。
翔太💙「ガーゼ!」
近くのトレイから掴み取る。
頭から流れる血。
思ったより多い。
一瞬、息が詰まる。
息が、うまく吸えない。
手が震える。
それでも――
押さえた。
しっかりと。
翔太💙「動かないでください」
声が少し揺れる。
血が指の間に滲む。
温かい。
――離したら、もっと流れる。
手の震えが止まらない。
そのとき――
上から、そっと手が重なる。
大きな手。
震える指を、包み込むみたいに。
亮平💚「大丈夫」
低くて、落ち着いた声。
亮平💚「そのまま、圧をかけて」
ゆっくりと、
押さえる位置を導かれる。
亮平💚「いいよ、その位置」
不思議と、
震えが少しずつ収まっていく。
翔太は小さく息を吸った。
翔太💙「……はい」
俳優が、うっすら笑う。
俳優「……へぇ」
視線が、重なった手に止まる。
さっきとは違う興味の色。
俳優「震えてるのに、離さないんだ」
くすっと笑う。
わざと、ほんの少しだけ頭を動かす。
翔太💙「動かないでください!」
俳優「その顔、好きだ」
少し間。
俳優「……で?」
ゆっくり視線を上げる。
俳優「 そういう関係?」
一瞬。
誰も、動かない。
俳優「あれ?図星?」
翔太💙「いい加減にしてください」
押さえる手に、わずかに力がこもる。
亮平💚「翔太……力入れすぎ」
俳優「怒ると可愛いな」
くすっと笑う。
俳優「壊しがいありそう」
笑っている。
――目だけが、違った。
俳優「……その顔、離したくなくなる」
翔太💙「この人……元気です」
そのとき。
後ろから低い声。
空気が一段、落ちた。
蓮🖤「医者でもないのに勝手に判断するな」
振り返らなくても分かる。
目黒先生だった。
冷たい視線が、
状況ごと切り分けるように落ちる。
蓮🖤「お前もしゃべるな」
俳優は笑う。
まるで面白がるように。
そして
翔太を指す。
俳優「この子」
俳優「俺の担当にして」
一瞬
空気が止まる。
誰も動かない。
ストレッチャーの車輪だけが
廊下に音を残していた。
その静けさの中で、
目黒だけが動く。
カルテをめくる音。
蓮🖤「相当、打ってるな」
一瞬だけ、俳優を見る。
蓮🖤「正常な判断ができてない」
淡々と。
感情を切り離した声。
蓮🖤「放射線科へ連絡」
翔太💙「はっはい!」
自分の声だけが、少し浮いた。
遠くで。
コーヒーを飲む男。
辰哉💜「なるほどねぇ」
小さく笑う。
その目だけが、全体を見ている。
辰哉💜「モテるねぇ」
事務長の声。
事務長「理事長、会食のお時間です」
辰哉💜「えー今いいとこなのに」
事務長「理事長!」
辰哉💜「ちぇっ」
名残惜しそうに、
だが一歩も動かない。
康二🧡「お呼びですか?天才放射線技師を」
翔太💙「お願いします」
一拍。
康二🧡「おい無視すなや」
一瞬だけ患者を見て、
康二🧡「頭部やな、MRI回すで」
にやり。
康二🧡「骨の髄まで覗いちゃうぞ」
翔太💙「きもっ……」
康二🧡「今度うさぎさんも撮りたいな〜」
康二🧡「白衣姿の雪うさぎちゃん♡」
蓮🖤「お前の頭も覗いた方がいいみたいだな、康二」
温度が下がる。
康二🧡「怖いのやめてぇ」
ストレッチャーの横。
カルテを開く目黒先生。
真剣な目。
さっきまでとは別人みたいだった。
蓮🖤「……佐久間」
翔太💙「あっ……」
蓮🖤「患者名……大介」
翔太💙「そうだ!名前出てこなくって……あぁスッキリした」
佐久間が笑う。
――大介。
名前を知った途端、
急に距離が近くなった気がした。
大介🩷「君ほんと面白い子だね……気に入った」
場違いな軽さ。
でもその奥に、
なにか隠してる気がした。
ふと視線を上げると――
長身の二人。
目黒と阿部。
並ぶだけで圧迫感がある。
その隙間から
ひょこっと顔を出す阿部先生。
亮平💚「……」
太腿のあたりで
小さく手を振っている。
こっそり。
子どもみたいに。
思わず
同じように手を振った。
――嬉しい。
その一瞬だけ、
空気が柔らかくなる。
そのとき。
ぬっと
視界に影が落ちた。
目黒先生。
蓮🖤「お邪魔なら退きましょうか?」
冷たい視線。
一瞬で現実に戻される。
蓮🖤「ワタナベ君」
蓮🖤「仕事しないなら寮に戻りなさい」
翔太💙「すいません」
阿部先生が
こっそり口を動かす。
「ごめん」
声にならない謝罪。
つい
自然と口角が上がった。
その様子を
ストレッチャーの上で
大介が見ていた。
にやり。
翔太💙「……やっぱり元気ですこの人」
ストレッチャーが止まる。
処置室の前。
大介が翔太を見る。
大介🩷「ねえ」
翔太💙「はい?」
大介🩷「さっき言ったよね」
翔太💙「?」
大介🩷「俺の担当」
少し笑う。
大介🩷「この子にして」
沈黙。
カルテを閉じる音。
蓮🖤「却下だ」
即答だった。
大介は笑う。
大介🩷「冷たいなぁ先生」
少し間。
大介🩷「じゃあさ」
天井を見て言う。
大介🩷「退院しない」
翔太💙「え」
大介🩷「この子いるなら」
翔太💙「困ります」
大介🩷「かわいいし」
蓮🖤「……」
後ろで阿部が息を吐く。
亮平💚「翔太」
翔太💙「はい」
亮平💚「人気者だね」
遠くで。
コーヒーを飲む男。
辰哉💜「なるほどねぇ」
小さく笑う。
辰哉💜「恋の巨塔だねぇ」
事務長「理事長!まだ居たんですか⁉︎」
辰哉💜「ちぇっ――面白いとこだったのに」
―――
ストレッチャーが動く。
処置室の前。
扉が開いた。
蓮🖤「処置する」
翔太💙「はい!」
扉が閉まる。
赤いランプ。
救急処置中。
廊下に残ったのは
静かな緊張だけだった。
数十分後。
処置室の扉が開く。
医師たちが出てくる。
亮平💚「とりあえず命に別状はないですね」
康二🧡「よかったぁ」
蓮🖤「頭部外傷。念のため入院」
翔太💙「はい」
康二🧡「でもこの人」
康二🧡「芸能人やろ?」
沈黙。
亮平が言う。
亮平💚「特別室は……」
翔太💙「宮舘さん」
康二🧡「埋まってるな」
蓮がカルテを閉じる。
蓮🖤「一般個室」
亮平💚「芸能人ですよ?」
蓮🖤「だからだ」
康二🧡「バレたらニュースやで」
蓮が翔太を見る。
蓮🖤「だから看護師を限定する」
黒い瞳が向く。
蓮🖤「渡辺」
亮平💚「翔太」
翔太💙「はい?」
亮平💚「担当」
翔太💙「えぇ!?」
――俺!?
遠くで。
コーヒーを飲む男。
辰哉💜「……いい配置だ」
その目だけが、
静かに全体を見ていた。
コメント
2件
ギャグなのか真剣なのかもはやわかんない😂
