何故? と問いたい気持ちはあったけれど、今それを言ったところでどうにもならない。
私は足早に玄関まで戻ると、すぐに杉野さんに駆け寄った。
「タクシーを待たせていますから、行きましょう」
「はい」
杉野さんは私から鞄を受け取ると、もう片方の手で私の手を掴んで、早々に部屋を後にした。
タクシーに乗り込んだ私たちは杉野さんのマンションへ向かう事になった。
「あの、杉野さん……どうして?」
「どうしてって、何が?」
「その、どうしてあの時、来てくれたんですか?」
「小西さんが“助けて”って祈ったから」
「え?」
「お守り、効いたでしょ?」
確かに、彼の言う通り私はあの時願った。杉野さんを思い出しながら、助けてと。まさか本当にあのお守りがそんな効力を発揮してくれたの? なんて思っていると、
「――なんてね、そのお守りの中に、録音用の盗聴機を仕込んでいたんだよ。黙ってて悪いとは思ったけど、小西さん、痣については頑なにぶつけたって言い張るし、聞いても殴られたとは答えないと思ったから、もしもに備えて仕込んでた。裁判になれば、これも証拠になるからね」
杉野さんは少しだけ戯けた表情を見せながら、お守りのからくりを教えてくれた。どうやら私は、杉野さんがお守りに盗聴器を仕込んでいた事によって命が助かったらしい。
「それにしても本当、酷い事するよな、アイツ。痛かったろ? もう大丈夫だからな」
「……っ、」
ボサボサになった髪を優しく撫でながら「大丈夫」と繰り返す杉野さん。
彼の優しさに涙腺は緩み、タクシーの運転手さんがいる前にも関わらず、私は子供のように泣き出してしまった。
「遠慮しないで、入って」
「……すみません、今朝、ここを出たはずなのに……」
「俺としては、帰らないで欲しいと思ってたから嬉しいよ?」
「え……?」
杉野さんの住むマンションに着いて、再び部屋へお邪魔した私は申し訳無さで頭が上がらない。
そんな中、リビングに荷物を置いた杉野さんはサラリと驚きの発言をした。
「ねぇ、小西さん」
「は、はい……」
「暫くここに居なよ。勿論ずっとって訳にはいかないから、新たな住まいについては俺が考えるけど、それまでさ」
「で、でも……」
行く宛が無い私を気遣っての事だとは重々承知しているけれど、先程の「帰らないで欲しいと思ってた」という言葉の意味が気になって頭が追いつかない。
「本当に遠慮しないで? 今はとにかく、一日でも早くアイツと別れる事だよ。その為にも証拠集め、頑張るからさ」
「……すみません、本当に」
「それとさ、小西さんの方が年上だから、敬語も使わなくていいよ。俺もその方が話しやすいし」
「は、はい……あ、うん……その、分かりました……」
「ほら、また敬語になってる。まあ、少しずつでいいけどね」
「ご、ごめん……」
突然敬語を使わなくていいと言われても、お世話になりっぱなしの人を相手に何だか申し訳なくなってついつい敬語になってしまう。
「後はさ、出来たら名前で呼んで欲しい。それと、俺も名前で呼びたいんだけど、駄目かな?」
「え、えっと……その……私の事は、好きに呼んでもらって大丈夫……だけど、その、私は……名前で呼ぶのが、なかなか出来なくて……」
元から人付き合いが苦手な私は名前で呼び合う事にも慣れず、出来ないと渋っていると、
「――由季」
「え?」
「由季って呼んでみて?」
杉野さんは俯き加減だった私の顔を覗き込みながら、「由季」と呼ぶよう求めてきた。