テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
禪院家の廊下は、いつ歩いても音が遅れてついてくる。直哉はそのことを、昔から好きになれなかった。
畳に足を下ろすたび、かすかな軋みが一拍遅れて響く。
まるでこの家が、人の動きを確かめるみたいに。
直「……生きとるんやろ」
誰に向けたわけでもなく、直哉は小さく呟いた。
答えはない。
あるのは、障子越しに落ちる薄い光と、冷えきった空気だけだ。
伏黒甚爾という男は、もうとっくに禪院家の人間ではない。
そう教えられてきたし、そう扱われてもきた。
それでも——
この家のどこかに、まだ彼の気配が残っている気がしてならない。
庭に出ると、冬枯れの木々が静かに立っていた。
風が吹くたび、枝が擦れ合う音がする。
それを聞くたびに、直哉の胸の奥が、わずかにざわつく。
直「甚爾くんは、もう……」
言い切れない言葉は、いつも途中で止まる。
死んだとも、消えたとも、出ていったとも。
どれも正しいはずなのに、どれも足りない。
背後で、足音がした。
振り返る前から、直哉はそれが誰なのか分かっていた。
この家で、こんな歩き方をする人間は一人しかいない。
甚「……相変わらず、落ち着かねぇ家だな」
低く、ぶっきらぼうな声。
直哉はゆっくりと振り向く。
そこにいたのは、記憶と変わらない男だった。
少し疲れたような目も、無遠慮な立ち姿も。
何一つ、説明をする気はなさそうで。
直「今さら、何しに戻ってきたん、甚爾くん」
問いかけは、柔らかいのに距離を測るみたいだった。
責めているのか、確かめているのか。
直哉自身にも、まだ分からない。
甚爾は答えなかった。
代わりに、直哉を一瞥して、肩をすくめる。
甚「さぁな。帰る場所でも、間違えたかもな」
その曖昧な返答に、直哉は目を伏せた。
怒りも、安堵も、どちらともつかない感情が胸に溜まる。
——やっぱり、甚爾くんは何も決めへん。
禪院家という閉ざされた場所で、
二人の距離は、近いのに、定まらない。
それが、この再会の始まりだった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!