社会科見学が終わり、家に帰ったあとも彰が私に向けて書いてくれた手紙がまだ心の中にこびりついていて離れなかった。
私は彰の生きた証を探しだしたのだ。あれは夢ではなかった。あの数々の現実味を帯びた全ての出来事…。出会い、別れを繰り返してあの世界で唯一失いたくなかったたった一人のあなたを失った。
あきら、あなたは私を愛し私も愛した愛しい人。私も死ぬのは怖い。でもあなたと一緒なら死ねる、そんな気もしていたんだ。なのに、あなたは私を置いてたった一人で南の空に飛び立ってしまった。
そう色々と考えていたら、また涙腺が緩んできた気がして私は自分の頬を叩いた。
そういえばお母さんに、帰ってきたらお使いを頼まれていたのを思い出して急いで支度を整えて再び玄関に戻った。
潔く扉を開けると、どこか懐かしいあの花の匂いを纏った風に優しく身を包まれた。あの花…とは百合の花のことだ。ふいに2人で初めて行った百合の花が満開に咲く丘を思い出した。
きっと気のせいだろうと自分に言い聞かせる。私の知る限り、この周辺に百合の花が咲いている場所は無い。ましてやここは玄関先。あれほど濃厚な百合の花の香りが届くわけがない。きっと彰を思いすぎて感覚がおかしくなってしまったのだ。
それでも、私の記憶の中から彰という存在そのもの自体が消えそうな気がして、どうしても思わずにはいられなくなる。しかし、そう思ってしまうとまたもや熱いものが込み上げてくることは知っていたので急いで家の中に入った。
そうだよ。忘れられるわけがない。彰を、優しく、強く、一生懸命に私を守ってくれたあの愛しい人を忘れられるわけがない。
案の定、私は足の力が抜けて立てなくなっていた。そして、思い出したいような思い出したくないようなそんな混雑した感情が胸の中を駆け巡っていた。
あの日、特攻機に乗り込んで私の元からいってしまった彰の後ろ姿を、忘れられるわけがない。
彰が最期に飛び立つとき、その胸許に一輪の百合の花が挿してあったのを私は見逃さなかった。
彰を永遠に忘れてはいけない。だが同時に、この長い人生で一瞬だけでも忘れなければいけないと思う。今の調子じゃ、忘れるなんて考えられないけれど。
…ずっとあなたのことを考えていると、あなたと過ごした時間の中の数々の感情が溢れかえってしまいそうで怖い。でもだからと言って忘れるなんて、あなたのことを考えないなんてできない。私は弱い女。あなたを想えば泣いてしまい、あなたを消しされば苦しくなる。もうどうすればいいの…?
たとえばあなたが私の傍にいてくれたら…。そんな考えも、もう意味ないのに。
苦しいけど、私はこの記憶と共存していかなければいけない。今はまだ辛いだろう。でも少しずつ、あなたを思い出しても泣かないように、前を向けるその日がくるように。
ー私はこの日、そう自分に誓った。
コメント
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あの花いいですよね〜!