第4章 友達
バキッ、パキ、ガサッ。
どんどんと、ユーラとポッドは奥へ進んで行く。ポッドはユーラの背に引っ付きながら、先程通った帰らずの門までの道のりを歩いていた。辺りはさっき通った時よりも暗い。
けれど、ユーラが持っている懐中電灯と、彼女がいる、というだけでポッドの恐怖心は幾分ましだった。
「……ポッド、怖いなら無理についてこなくてよかったのに」
彼女は、自分の背後でがくがく震えている幼馴染を一瞥した。
「き、君だけをいかせるわけ、な、ないじゃないか!」
辺りをキョロキョロビクビクと見回しながら言われても説得力はない。
「そう……もし危なくなったら逃げて。私だけじゃ貴方を守れるか分からないから」
「え⁈」
正直ポッドは、ユーラといれば守ってもらえると心の隅っこでほんの少し、ほんのちょっぴりだけ!思っていた。
だが彼女はそんな少年の心を読んでいたのか、きっぱりと断った。そりゃそうだ。ユーラにとって、自分の身は自分で守れ、というのが前提の考えとしてあるからだ。
少年はその返答を聞いて、ここまで来て少し後悔していた。
「(……待てよ。僕にとってユーラは強い味方(物理)だけど、ユーラは1人でも強い。僕がいたら足手纏いになるんじゃないか?……)」と思い至った。
まあ、正解なのだが。
そう思考に耽っている間、
「!」
二人はとうとう目的の場所へ到着した。
「……ここが『帰らずの門』で、あってるかしら?」
「う、うん」
そして目を見開き、目の前の鉄屑を見る。ポッドにとって2度目のご対面である。一度目は、怖すぎてじっくり見られなかったが、もう一度どその門を見たポッド。門の扉には、鎖が巻かれていた。鎖は年月が経ち劣化しているのか、巻き方が少し緩んでいる気がした。
「(見れば見るほど、何かを閉じ込めている檻みたいだ……)」
*
ユーラは、常備していた懐中電灯を片手で持ちながら、ゆっくりと周囲をその光で見渡した。その後、帰らず門をじっくりと眺めだした。
彼女がどんどん門の方へ進むから、ポッドは慌てて口にする。
「っユーラ!やめろ!怪物がいるってさっき言っただろ?!」
ポッドは小声で門に進んで行く彼女へ話しかける。
ユーラは門を調べ始めた。ポッドの声を聴き流しながら足を止める、ふと門を間近で見て気になったのだ。
「これは……開いてる」
そして彼女は門の、扉と扉の間が僅かに開いていることに気づいた。
「そ、その門、さっき来た時も少し開いていて……その間から怪物が見えたんだ!」
ユーラの後方で、震えながら彼女へ話しかけるポッド。
ユーラは持っていたライトを、その門の隙間へ当て、中を確認した。
「……」
けれど、中の様子をできる範囲で覗いても扉の手前だけで、奥の方はほとんど光が入らず見えなかった。――真っ暗だ。
彼女は息を吐くと、自分の視線を門の暗闇の向こうから、今度は足元に向けた。
「(何も見えない……)ふぅ……!」
直後、はっ!と、目を僅かに見開き、その場にしゃがんだ。
彼女の背を後方で見ていたポッドは、恐る恐る問いかけた。
「どうし、!何か、いた?」
ポッドはユーラに尋ねた。
「……いえ。今のところ何もいないし、見えないわ」
そう言うとユーラは一度目を伏せ、そのままゆっくりと立ち上がり、門から二歩下がった。その行動を疑問に思ったポッドは、次の彼女の行動で、目を見開くのだが……。
彼女は、その門から少し下がり距離をとったところで、ふんっ、と言った。ユーラが片脚を上げ始めたところでポッドは、「え、」何やってるんだと言おうとした。だが、声をかける余裕もなくユーラは回し蹴りの要領で、微かに開いていた門を、力ずくで閉め始めたのだ!
――ドガァァ――!
――ギィィぃ〜バタン!
それを見て、ポッドは何が起きたか一瞬分からなかった。
「?!」
えぇぇ何やってんの?!と、口をパクパクさせる事しかできなかった。
驚いたのはポッドだけで、少女はその一連の動作を何事もなく終えて、ポッドに向き直り近寄っていった。
「な、な、なな何してんだよユーラぁぁ?!」
突然の彼女の行動についていけないポッド。
「あるべき姿に戻しただけよ、少し開いてるの嫌じゃない」
真顔で答える彼女。けれど表情はどこか暗い。
「いやいやいや、やり方……」
ダメだろ、もっと正しいやり方あっただろ、と突っ込みたい気持ちを少年は抑えたが、ひとまず……
「で、でも、そんな!僕本当に見たんだ!それにカメラを……!」
ポッドは、ここでカメラを落としていた事を思い出した。
「そうだカメラだ!僕、カメラを落としたんだ!」
「カメラ?……そんなの見当たらなかったけど」
「あったら、それに映ってるかも!」
もしかしたら怪物がカメラに写り込んでいるかもとポッドは思い、彼はすぐ周りを探がそうとした。
しかし、それを静止させたのはユーラだった。彼女は未だ深刻そうな顔をしている。
「待って、ポッド」
彼女はすぐポッドを呼び、動かないで、と小声で話す。
「?」
そしてポッドの近くまで辺りを窺いながら近寄った。
「……よく聞いて」ユーラは静かに話し出す。
ポッドは彼女の真剣な面持ちで話し始めたので黙って聞いていた。
「中は……何も見えなかった。鍵と鎖で巻かれているこの門の向こう側を、これ以上見ることはできないわ。けれど、……扉の向こう側から押されているような跡が確認できた。それに扉の入り口付近に……血痕があったの」
「っ、血痕?」
「えぇ。血痕が掠れていた……わりと最近のものよ、おそらく外から来ている。それが人間のものなのか、動物なのか……将又、貴方が言う怪物のものかどうかは不明だし、なんとも言えないわ。私もこの先の構造を知らないから。でもここは、立ち入り禁止区域に指定されているはず。そんな場所から血痕が見つかったと言う事がそもそもおかしいの」
「!」
「侵入されている……この可能性を否定する事ができない」
それを聞いたポッドはゾクゾクッと体中に鳥肌がたった。
じゃ、じゃあもしかして、あの怪物はもうそこら辺に潜んでいるんじゃないのか?!とビビるポッド。パクパクと口から空気がぬける。
「落ちついてポッド」と彼女はさらに続けた。
「この門、錆びている様に見えるけど……中々頑丈だわ。だから壊すのはそう簡単にできる事じゃない。侵入者はずいぶんと手こずっていたようね……それに怪我もしているわ」
ごくりとその内容を聞きながら、唾を飲み込んだ。
「侵入していると考えるなら……街で続出していた怪奇な噂、あれは割と合っているのかもしれないわ」
街で聞いていた南地区から何やら、人影なり、化け物を見たと言う噂をユーラは思い浮かべた。
そして、彼女とポッドの視線が合わさる。
「この国へ入るには、手続きが必要よ。放浪者が不法に侵入した場合、処罰されるわ。……動物であの門を力強くで通れる、かつ小さい生き物を、私は知らない。この事を一刻も早く、王立警察と宮殿に報告しなければならない。戻りましょう」
「戻るって……怪物はどうするんだよ!このままでいいの?!」
「私は、これ以上入ってこないように門を塞いだわ。アレ、応急処置よ。袋の鼠にした方がやりやすい。ポッドは私から離れないで、怖くないならいいけど」
「っ君は、何でそんな余裕なんだ?!今だって、侵入されているかもしれない怪物に襲われるかもしれないじゃないか!」
ポッドは、なぜユーラがこんなに慌てず、恐れないのか不思議だった。
今だって怪物に襲われるかもしれないのに、ユーラがこんなにも冷静でいられる事が可笑しく、むしろ自分が変な反応なのか?と疑いたくなった。
ポッドは、一度はこの門を二度と見たくないと思っていた、すぐこの場から逃げたい想いでいっぱだ、そのはずなのに、そのはずだったのに!……二度目でユーラとこの門へ来てから、僕はなんで、こんなにも
「(安心できているのだろう?)」
1人か2人の違い?そんなものじゃないと断言できる。
感覚、神経が正常に機能できていないのだろうか。彼女の目、纏う空気に触れてからは、焦りや恐れも薄れているのだ。
少し間を空けて、彼女はこう答えた。
「何でって、私は貴方と比べて――――――強いもの」
はっきりと言い放ったその言葉は事実であり、真実なのだろう。
圧倒的な強さが、素人目からでも分かった。
「ユーラ……君は一体、」
――何者なんだ?と聞きたかったが、彼女の眼光は鋭くポッドを射抜いていた。
――今、それ以上何も言ってくれるな、と。
ポッドはユーラを眼から言われている気がして、目を逸らした。
「……戻りましょう」
ポッドは腑に落ちず、戸惑うばかりだった。
パキパキ、バキバキ、ガサガサ
二人は来た道を、ユーラを先頭に進んでいた。
彼女の頼もしい背を追いながらポッドは気づいていなかった。遠くの茂みに潜み、こちらを観察している黄色い眼光を持ったソレに。
ソレは、ポッドが落としたカメラのフィルムを器用に掴み眺めている。
ユーラはソレの気配に気付いてはいた。しかし、「ソレ」の位置を把握する事ができず、「何かがいる」といった感覚しか掴めなかった。こちらに殺気を飛ばしてもこないソレに、彼女の研ぎ澄まされた本能が告げている。
「(妙ね――すぐ仕留めにこない。相手は息を潜めている。こっちを観察しているの?)」
――空気から伝わる人間特有の感情の揺れらしきものを感じない。かと言って、野生の獣臭さでもない、そんな妙な感覚、 と。彼女はソレの正体が何か分からなかった。
「(まぁどんな相手であろうとも、私は勝つけれど)」
彼女は未知の恐怖よりも、高揚感が勝っていた。
――怪物。それは私の好敵手となって目の前に現れるのだろうか、と。
まだ見ぬ闘いを想像するたびに、自分は喜びを感じていると冷静に理解していた。
「(さぁ……くるなら来い)」
――これが、阿暁一門に生まれた性なのだろうかと、彼女は思考の片隅で思った。
恐怖とは裏腹に己を更なる高みに導いてくれる相手がまだいるかもしれないと言う事実に、漏れ出す微笑みを止めることはできなかった。
ポッドとユーラの後方にある遠くの茂みで、ズズ、と黒い尾が蠢いていた――。
コンコンッ。
「どうぞ」
中から年老いた男の声が響いた。
「夜分遅くに失礼します」
通された部屋には、老人男性が1人。
(王立警察――本部にて)
「ふぅ〜、健康第一、体は資本……zzzはっ!すまん、すまん」
そう呟きながらお茶を飲んでいる、朗らかそうなご老人がそこにはいた。彼は眼鏡をかけ、口元にカイゼル髭を生やしている。見た目的に公園のベンチで花を愛でていそうな雰囲気を持っている人で、誰がこの朗らかそうなご老人を、現役バリバリの警察官だと思うだろうか。
「で、要件は何かね?――」
そんな朗らかな老人の目の前に座ってる少女は、かれこれ数十分話していた。
「‥南地区の門から血痕が?……それは変だ。すぐ捜索部隊を編成し、目撃情報と情報収集を行おう」
「ありがとうございます」
と順調に進んでいた。
「ところで……なぜ、そんなところに阿暁一門の君がいたのかね?」
王立警察の長はユーラを真っ直ぐ見る。疑っていると言うより単純な好奇心なのだろう、目がそう言っていた。
「妙な噂が多発していたと言うのもありますが……目撃者がいたので、真偽を確かめるべく向かいました。嘘ならそれでよいと」
「そして、それは見逃せない案件になったと言うことかね」
「はい」
あの門の後、2人は何事もなく無事に帰宅できた。その道中、ユーラはポッドに色々話を聞いていた後、ここへ来たのだ。
「ふむふむ……怪物のぅ。……あそこは立ち入り禁止区域じゃ。なぜ一般人が入っているのかの?」
「確か……肝試しのようなものだった、と。安心して下さい。その者に注意はしときました」
その目撃情報はポッドの話が主だった。彼がいじめっ子達に、無理やり門に行かされていた事を、肝試しのようなもんだろう、と彼女は濁した。そうすれば、門へ向かわされたポッドを罰せられるリスクはなくなる。嘘は言っていないはず、と。
「ハァ……今度からその門に限らず、立ち入り禁止区域の警備を厳重にしとくべきかの。……だが、王立警察ではなく、『王の右腕』とも言われる阿暁一門が自ら赴く案件かな?それとも、それほど我々の警備は頼りないかね?」
「いえ、そんな事はございません。今回、偶々私が近くを通りかかっただけですので。それとも……私を疑っていますか?」
「ほっほ〜ん!そんな事はない!むしろ一般人より君達の言葉なら信憑性がある。気分を損ねたのなら謝るよ。どれ茶菓子はいらんかね?」
「(ほっほ〜ん?)いえ結構。兎に角、警備強化の件と情報収集、頼みましたよ」
バタンッ!(扉を閉める)
「いいんですか?あんな小娘を簡単に信じて?怪物の話だって絶対嘘でしょ!我々を侮って、遠回しに警備が杜撰だと言いたいんだ!こっちだって真剣にやってるってのに!それに、禁止区域へ一般人が立ち入った罰はさせなくていいんですか?!王の右腕だからって、注意するだけで見逃して……」
老人の補佐の男、メルベンは苛立ったように言った。
「ほっほーん、そんな邪険に言うてやるなメルベン。的外れな嘘は言っておらんようじゃしの。それに彼女は我々を信頼しておるよ」
「ふんっ、どうだか!」
「……ただ、彼等の主君は王だ。それに楯突く事はしないだろう。彼らも彼らの役割があり、それを優先させているだけじゃ。――『王の右腕、右翼の矛・阿暁一門と、左翼の盾・吽暁一門』²⁾彼らは王族に従えている。いわば、首輪に繋がれてる番犬。……下手するとこっちが痛い目にあうからね。それに彼女は阿暁 由良。現在、一門の当主代理だ」
「あの娘が例の!?……風の噂で聞きましたが、確か……過去に一門の長男は死亡している。順当にいけば彼女が当主となる筈では?」
「ふむ、まあそう思うじゃろうな。彼らも当主は由良様で問題ないと言うておるらしいのじゃが……今は彼女の母親が現当主だ。どうも一悶着あるらしくての……10年前の一件からじゃ、深追いするなよメルベン」
「……はい」
その言葉にメルベンは納得していなかった。
窓の向こうは、街々のネオンの輝きが闇夜に映えていた。
「(なんとまぁ、大きい満月かのぅ、)」
窓際に立って、月を眺めた。周りの木々が揺れてる。風は、不気味に葉を踊らせていた。
___________________
1) ペクタは、この世界のお金の単位。円=ペクタとして表記した。
2) ・阿暁一門 (あぎょういちもん)攻めの体術、剣術での攻撃を主流とする。 自らの力量によって、相手の能力を凌駕しようとする。
・吽暁一門 (うぎょういちもん) 守りの体術、結界などでの防御を主とする。 相手の力量によって、その能力は左右する。
どちらも古代より王に仕える。相手の気配を察知し、危険察知ができる。王は両一族を庇護下に置き、かつ「王の右腕」として、その地位を保証している。
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