テラーノベル
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公園のベンチ。蝉の声が響く夕暮れ。
蓮は下を向いたまま、何も言わなかった。
雫は喉が詰まったように言葉を失った。
さっきまでの軽い空気が消えていた。
まるで別の世界みたいに、重たい沈黙。
「……ごめん」
雫が小さく謝った。
「無理に言わせたくなかった」
目の奥が熱くなる。
また泣きそうになる。
でも泣いたら、絶対に伝わらないと思った。
「うちは、知りたかと。なんであそこにおったか。そしたら……助けられるかもしれんけん」
声が震えた。
蓮がゆっくり顔を上げた。
「……助ける?」
「うん」
「俺を?」
「死なんでほしか」
言った瞬間、心臓がドクンと鳴った。
まるで告白みたいに、全力の言葉。
でもこれは恋愛じゃない。
命の話だ。
蓮を守るための本音だった。
蓮は目を伏せて、深く息を吐いた。
「秋元さんさ、たまに変だよな」
「……そうかもしれん」
「なんでそんなに必死なんだよ」
「だって……」
言い淀む。
言ったら終わりかもしれない。
でも、言わないと何も変わらない。
雫は意を決して顔を上げた。
瞳が揺れていた。
「うちは……蓮が死ぬの、知っとるけん」
蝉の声が耳鳴りみたいに響いた。
空気が止まった。
蓮が固まった。
目を大きく見開いた。
「は……?」
「本当のこと。うちは、蓮が……事故で死ぬのを見た」
「……」
「泣いて、葬式も出た。全部、経験した」
「……何言ってんの?」
声が震えていた。
蓮の手がベンチを強く握りしめていた。
「信じられんよね。うちも……最初はわけわからんやった。でも、あの日に戻ったと。転校初日に」
「戻ったって……そんなの……」
「でも本当。だから、うちは絶対に守りたかと。二度と死なせんために」
蓮は俯いた。
何度も頭を振っていた。
「意味わかんねーよ……」
「ごめん。変なこと言って」
「……」
「でも、ほんとに、死んでほしくなかと」
「なんで……」
「好きやけん」
泣きそうな声だった。
「蓮のこと、好きやけん……死なんでほしか」
沈黙が落ちた。
重くて苦しい沈黙。
雫は泣きそうになりながらも、必死に蓮を見た。
逃げたらもう二度と踏み込めない気がした。
「……秋元さん」
蓮の声はかすれていた。
「それ、本気で言ってるの?」
「本気」
「……冗談だろ」
「冗談やない」
「……」
蓮が目を逸らす。
顔が少し歪んでいた。
「死ぬとか……やめろよ。縁起でもない」
「ごめん」
「そんなの、信じろって方が無理だろ」
「……うん」
「でも……」
声が詰まった。
蓮は歯を食いしばるようにして、こっちを見た。
「本気なんだな」
「……うん」
その視線が突き刺さる。
でも逸らさなかった。
絶対に。
ここで目を逸らしたら全部嘘になる。
蓮は深く息を吐いた。
「……怖いな」
「え?」
「そんな必死な顔、初めて見た」
「……」
「でも、なんか……嬉しい」
「っ……」
雫の喉が詰まった。
涙が一粒こぼれそうになったけど、ギリギリで堪えた。
「守れるかわからん。でも、守りたい」
「……」
「だから、教えてほしか」
「……」
蓮はしばらく黙っていた。
沈黙が、痛いくらい長かった。
やがて、ポツリと漏らすように言った。
「……あの日、友達に呼ばれたんだ」
「……!」
「いつもは断るのに、なんか……たまたま行こうって思った」
「どこに?」
「駅前の交差点。コンビニの近く」
「……!」
雫は手帳を取り出してメモした。
「そしたら車が突っ込んできたって?」
「らしいな。俺は……知らないけど」
「……」
「でも、なんでだろ」
蓮はかすかに笑った。
「思い出したら、ちょっと怖くなった」
雫は俯いた。
(友達に呼ばれた。それが原因)
ルートを変えたくらいじゃダメだ。
その呼び出し自体を止めないと。
原因を潰さないと。
「ありがとう。話してくれて」
絞り出すような声だった。
蓮は目を伏せたまま、小さく頷いた。
「……お前、変なやつだな」
「よく言われる」
「でも……ありがとな」
「うん」
「泣くなよ」
「泣いてない」
「嘘つけ」
「ほんとに泣いてない!」
「……そっか」
二人とも、笑った。
涙声の笑いだったけど、確かに笑った。
夜。
家に帰ってから、雫は必死で計画を立てた。
「友達に呼ばれるのを止める」
「タイミングをずらす」
「蓮を遠ざける」
何度も何度も書き出して、線を引いて、消して、書き直した。
泣きながらでもやった。
「今度こそ……」
必ず、蓮を守る。
死なせない。
そのためなら、何度でも
翌朝。
雫は机に突っ伏したまま、夜を越した。
手帳には何十回も書き直した計画の跡が残っていた。
線でぐちゃぐちゃに消して、また上から書いて。
紙が破れそうになるくらい、必死だった。
(呼び出しを止める)
(そもそも誘わせない)
(別の場所に誘う)
(理由を作る)
何度も頭の中でシミュレーションした。
どこで声をかけるか、どんな言い方をするか。
全部決めた。
「絶対に、今日も守るけん」
目は赤かったけれど、意志は固かった。
登校の電車の中でも、ずっと作戦を頭の中で繰り返した。
駅のホームの人混み。
交差点の信号。
一歩踏み出すごとに、心臓が痛くなる。
(あそこで蓮は……)
頭に焼き付いて離れないあの光景。
血の色。
サイレン。
「絶対、見たくなか」
涙が出そうになったけど、耐えた。
学校に着く。
教室に入った瞬間、蓮がこっちを向いた。
「秋元さーん!」
「……おはよう」
「昨日は……その、ごめんな」
「なんで謝ると?」
「なんか……変な空気になっただろ」
「大丈夫」
「でも、ありがとな」
「うん」
心が少しだけ軽くなった。
あの公園で、ちゃんと話せてよかった。
蓮も逃げずに聞いてくれた。
(だから、今日も守れる)
もう決めていた。
どんなことをしてでも、事故の原因を潰す。
休み時間。
机に座る蓮を横目で見ながら、心臓が早鐘を打つ。
スマホを握りしめた。
(呼ばれる前に、予定を入れる)
タイミングを逃さない。
昨日聞き出した「呼び出し」が起こるはずの時間を潰す。
LINEを開いて、メッセージを打った。
『今日、放課後一緒に帰ろ』
『寄り道もしたい』
すぐに既読がついた。
『お、いいね! どこ行く?』
『まだ決めとらんけど、蓮に任せる』
『マジ? じゃあ考えとく!』
小さく安堵の息をついた。
(これで今日、あの呼び出しは防げる)
昼休み。
「秋元さん、一緒食べよーぜ!」
「うん」
もう慣れた流れだった。
でも今日は、少しだけ違った。
机を並べながら、周りの友達を観察した。
特に、あの呼び出しをしたという友達。
誰なのか、特定するために。
「なあ、今日みんなでゲーセン行かね?」
「え、今日?」
「うん」
「夕方?」
「17時くらい?」
雫の耳がピクリと動いた。
その時間。
あの事故があった時間帯と重なる。
呼び出しは、こいつだったのかもしれない。
蓮はそっちを向いた。
「おー、いいな」
「だろ?」
「でも俺、今日は秋元さんと帰る約束したわ」
「えー!」
「ごめんごめん、また今度!」
友達はブーイングして笑った。
雫は胸を撫で下ろした。
(これで大丈夫。今日の事故はない)
でも、安心はしなかった。
「また今度」が怖い。
未来はまた変わるかもしれない。
根本から潰さないと。
放課後。
「秋元さん、どこ行く?」
「んー、カフェとか?」
「いいね!」
「でも、ちょっと遠回りせん?」
「お、探検?」
「そげな感じ」
「いいじゃん!」
蓮は屈託なく笑った。
それが救いだった。
「全部違う道を選ぶ」
昨日までの雫とは違った。
必死さの奥に、冷静さがあった。
「原因を絶つ」
それだけを考えて行動した。
二人で知らない路地を歩いた。
小さな喫茶店を見つけて入った。
アイスコーヒーを飲みながら、くだらない話をした。
蓮が笑うたび、心が解けた。
「なんか、秋元さんってさ」
「ん?」
「東京でも全然負けないよな」
「なんそれ」
「だってさ、最初転校してきた時、ちょっとビビってたじゃん」
「そ、そげなこと……あったかも」
「今めっちゃ強い」
「強くはなか」
「いや、強いよ」
笑って、目が合った。
一瞬、時が止まったみたいだった。
「……ありがと」
「何が?」
「今日、誘ってくれて」
「……」
雫は言葉に詰まった。
(ほんとは、死なせたくないだけやけん……)
でも、それだけじゃない気がした。
本当に、こうして一緒にいたかった。
「こっちこそ、ありがと」
小さく笑った。
帰り道。
いつもと違うルートで駅に向かった。
人通りも少ない道。
事故が起きた交差点は通らなかった。
「今日も送るけん」
「えー、また?」
「よかやろ」
「仕方ないなあ」
蓮は笑った。
改札まで、最後まで見送った。
電車のドアが閉まるまで目を逸らさなかった。
その姿を胸に刻むように見た。
「守った」
心の中で小さく呟いた。
今日も、蓮は死ななかった。
夜。
机に座って手帳を開く。
原因を潰した。
でも、これで終わりじゃない。
「また別の日に呼ばれるかもしれん」
「また事故が起きるかもしれん」
絶対に油断できない。
何度も何度も計画を練った。
呼び出しを断らせる理由を考えた。
友達に根回しする方法を考えた。
ルートを変える案を考えた。
何十通りも書いた。
「守るけん」
呟いた声はかすれていた。
「何度でも」
涙がぽたぽた落ちた。
「死なせんけん」
スマホを開く。
蓮からのLINEが来ていた。
『今日は楽しかったな。サンキュー!』
指先が震えた。
返信を打った。
『うちも楽しかった。無事に帰った?』
『余裕! また明日もよろしく!』
笑顔のスタンプがついていた。
画面を抱きしめるようにして泣いた。
こんなに生きてるって尊いんだ。
また会えるって幸せなんだ。
「また明日ね」
画面にそう呟いた。
声は涙で震えていたけれど、ちゃんと笑っていた。
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