テラーノベル
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凶悪。
160
hbkn、ngkn、srknです。
次回からモブとknが仲が良い描写があります。
「よし、これで全ルート制覇!」
画面に表示された『コンプリート』の文字を見て、僕は大きく伸びをした。
長かった戦いが、ようやく幕を下ろした。
……いや、別に何かと戦っていたわけじゃないけど。
昔からこれといった趣味もなく、ある日なんとなく手に取った一本の乙女ゲーム。
それが、まさかここまでハマるとは思わなかった。
『VLT学園』──発売以来、何度も遊び続けてきた、僕のお気に入りの作品だ。
攻略対象は三人。
どのルートも魅力的だったけれど、その中でも一番好きなのは──。
「……やっぱり……ルートだな」
そう呟いた、その瞬間だった。
画面が、まばゆい光を放った。
それはまるで、こちら側とあちら側を隔てていた薄い膜を、何者かが内側から引き裂いたような光だった。
「……え?」
次の瞬間、視界が白く染まった。
────────
目を開ける。
そこは、見覚えのない教室だった。
着ていた服も違う。
周りには知らない生徒たち。
窓から差し込む光。
聞こえてくるざわめき。
鼻をくすぐる、どこか懐かしい教室の匂い。
……いや、違う。
知らないんじゃない。
知っている。
この教室も。
この制服も。
この光景も。
全部、知っている。
頭の中に散らばっていた記憶のピースが、音を立てて一枚の絵に嵌まっていく。
「……まさか」
ここは、さっきまで遊んでいた乙女ゲームの世界だ。
いやいや、そんな馬鹿な。
きっと疲れているんだ。
ゲームをやりすぎて、脳みそが現実とフィクションの区別を失っているに違いない。
そう思って、試しに頬をつねってみる。
「……っ、痛っ」
ちゃんと痛い。
夢なら、とっくに覚めているはずだ。
なのに、この痛みだけはやけに現実的だった。
まるで夢という名の非常口を、目の前で閉ざされたような感覚。
「…………」
僕はゆっくりと黒板へ視線を向けた。
そこには大きな文字で、
【入学おめでとう】
と書かれている。
「…………」
間違いない。
この作品のファンである僕が、この教室を見間違えるはずがない。
何度も画面越しに見てきた光景。
何度もセーブとロードを繰り返した場所。
それが今、画面という薄いガラス一枚を飛び越えて、僕の目の前に存在している。
確かにここは──乙女ゲームの中だ。
そこで、ようやくあることに気づいた。
──待て。
今の僕って、このゲームでいうところの誰なんだ?
恐らく女性特有の身体つきではない。
ということは、性別は前と変わらず男。
……それなら、できればモブがいい。
モブなら安全。
物語の波に飲み込まれることもなく、岸辺から悠々と攻略対象たちを眺められる。
いわば、舞台裏から観劇できる特等席。
何より──。
(尊いイベントを最前列で見られるかもしれない……!)
それだけは絶対に譲れない。
僕は自分の顔を確認するため、スマホを探した。
「あった」
見つけたスマホを取り出し、カメラアプリを起動する。
そして、画面に映った自分の顔を見た瞬間──。
「……え?」
思わず、掠れた声が漏れた。
(えぇぇぇぇ!?)
脳内で警報が鳴り響く。
モブじゃない。
攻略対象でもない。
よりにもよって──。
「風楽奏斗……?」
このゲームの『当て馬キャラ』。
ヒロインに片思いし、攻略対象たちに敗れ、毎回フラれる。
それが、風楽奏斗という男だ。
「…………」
頭の中で、ゲーム内の彼の扱いを思い出す。
出会って。
惚れて。
頑張って。
玉砕する。
……なんというか、恋愛の踏み台としては優秀すぎる。
「いや、喜びづら……」
攻略対象たちを近くで見られるという意味では、むしろ最高のポジションとも言える。
最前列どころか、舞台袖まで行ける。
普通なら立ち入り禁止の場所まで入り放題だ。
……けれど。
前世の記憶がある今の僕には、ヒロインに対する恋愛感情なんて一切ない。
胸の中にあるはずの『恋する心』は、どうやら前世に置いてきてしまったらしい。
だからといって、好きでもない相手に嘘をついてまで物語を進めるなんて──。
「……僕には無理だな」
そもそも、元の世界に帰れる方法すら分からない。
帰り道の地図もなければ、案内板すらない。
だったら。
「……まぁ、帰れる方法も分からないし」
僕はスマホをしまい、小さく息を吐いた。
こうなった以上、ジタバタしても仕方がない。
「せっかくだ。この世界、思いっきり楽しもう」
どうせ人生という物語のページが一枚めくられてしまったのなら、最後まで読んでみるのも悪くない。
──その時の僕は、まだ知らなかった。
本来ならヒロインへ向けられるはずだった攻略対象たちの視線が。
いつの間にか、僕へと向けられるようになることを。
……まぁ。
そんなことがあったのが、もう一年以上前の話だ。
「……もうそんなに経ったのか」
昼休み。
窓から差し込む柔らかな日差しを浴びながら、僕は窓際の席で外を眺めていた。
暖かな空気に包まれていると、時間までゆっくり溶けていくような気がする。
時計の針さえ、昼休みだけは少し歩く速度を落としているようだった。
ここは窓際。
しかも一番後ろ。
まさにVIP席。
一年間、ゲームの世界を好き勝手に楽しんできた結果──。
「……なんだけど」
僕は、そっと視線を下げる。
「ねぇ」
「はい?」
「ん?」
「なに?」
目の前には三人。
そして現在の僕は──。
セラの膝の上。
アキラが正面。
雲雀は右隣。
「…………」
一体、何がどうしてこうなった。
僕が求めていたのは、攻略対象とヒロインの恋愛模様を特等席から眺めることだった。
なのに今の僕は、なぜか自分自身が恋愛イベントの中心に座らされている。
しかも椅子ではなく、セラの膝の上に。
おかしい。
これはヒロインの特等席だったはずだ。
僕は観客席にいたはずなのに、いつの間にか舞台へ引きずり出されている。
しかも、スポットライトまで当たっている気がする。
「……あのさ」
僕は三人を見回した。
「ずっと思ってたんだけど……君たち、距離感バグってない?」
「「「え?」」」
三人の声が綺麗に重なった。
「いや、だってさ。今だって僕、謎にセラの膝の上に乗せられてるし……」
「だって、他の人から椅子借りるの申し訳なくない?」
セラは何でもないことのように答える。
「だから、自分の膝を椅子にした」
「いや、そうはならないでしょ」
「節約だよ、節約」
「節約の方向性がおかしい!」
僕は思わず額を押さえた。
「普通に椅子を使えばいいじゃん……」
「でも、ここ空いてたから」
「空いてたからって人を膝に乗せる!?」
「奏斗ならいいかなって」
「その『奏斗ならいい』の基準が一番怖いんだけど……」
セラは相変わらず涼しい顔をしている。
僕だけが、状況についていけていない。
……いや、たぶん僕の感覚が正常だ。
そう信じたい。
この一年で、僕のツッコミだけが妙に鍛えられている気がする。
最初は軽い筋トレ程度だったはずなのに、今ではすっかり日課になっている。
このままいけば、卒業する頃にはツッコミのプロとして食べていけるかもしれない。
「それにアキラも!」
僕は正面にいるアキラを指差す。
「え? 私もですか?」
「僕がどこに行くにも連絡求めるのやめてくれない?」
「貴方は危なっかしいですから。私が見ておかないと」
「いや、心配してくれるのはありがたいよ?」
「なら──」
「でも!」
僕は言葉を被せた。
「だからって、僕の行動を全部把握しようとするのは違うでしょ!」
「…………」
「『今どこですか?』『誰といるんですか?』『何時に帰りますか?』って!」
指を一本ずつ折りながら数える。
「それ、心配というより確認作業なんだよ!」
「…………」
「僕はそこらのガキンチョじゃない!」
「ですが、奏斗は──」
「『危なっかしい』は禁止!」
「まだ何も言っていませんが」
「顔に書いてある!」
「…………」
アキラが少しだけ目を細めた。
「……では、言い方を変えましょう」
「何?」
「奏斗は、放っておくと何をするか分からないので」
「それは僕のせいじゃ──」
「この前も廊下で壁にぶつかっていましたよね」
「…………」
「その前は階段で足を踏み外しかけていました」
「…………」
「さらにその前は──」
「分かった! 僕が悪かった!」
容赦がない。
この人、冷静な顔をして、こっちの弱点を一つずつピンポイントで撃ち抜いてくる。
まるで狙撃手だ。
しかも弾丸は全部、僕自身の過去。
「でも、だからって監視はダメだからね!」
「監視ではありません。見守りです」
「言葉を変えただけ!」
「似たようなものでは?」
「認めちゃったよ、この人!」
思わず机に突っ伏しそうになる。
……そして。
「雲雀は──」
僕はゆっくりと隣を見る。
「……なんかもう暑苦しい」
「なんか俺だけ対応雑じゃね!?」
「だって雲雀、近くない?」
「これくらい普通だろ!」
「普通じゃないよ」
「普通だって!」
「じゃあ一回離れて」
「それは嫌!」
「なんで!?」
「なんでって……」
雲雀が一瞬だけ言葉に詰まる。
「……嫌だから?」
「理由になってない!」
思わず声を上げる。
本当に。
どうしてこうなった。
僕は、ただの観客でいたかった。
舞台の上で繰り広げられる恋愛を、客席から眺めていたかっただけなのに。
気づけば舞台はひっくり返り、客席とステージの境界線まで消えている。
まるで劇場そのものが僕を中心に回り始めたようだ。
そして今や僕自身が、舞台のど真ん中に立たされている。
……いや。
立たされてすらいない。
座らされている。
セラの膝の上に。
「…………」
僕は遠い目をした。
「……人生、何が起こるか分からないなぁ」
「急にどうしたんです?」
アキラが首を傾げる。
「いや、なんでもない」
僕は小さく笑った。
……自覚がないわけじゃない。
僕には、心当たりがある。
この世界に来たばかりの頃。
僕は、元のゲームのイベントを実際にこの目で見られることに浮かれていた。
攻略対象とヒロインが二人きりになるイベントを見つけるたびに、こっそり近くまで行って ──。
観察していた。
そう。
完全なるストーカー……ではなく、ファン活動だ。
……いや。
今思えば普通に怪しい。
攻略対象とヒロインがいい雰囲気になる。
↓
僕が近くにいる。
↓
物陰からじっと見ている。
どう考えても不審者だ。
そしてある日。
その奇行が攻略対象の一人に見つかった。
普通なら反省する。
「次はもっと遠くから見よう」
とか。
「偶然を装えばいい」
とか。
何かしら対策をするだろう。
しかし。
ここに対策をしなかった馬鹿がいた。
──僕だ。
一度ならまだしも。
二度目も見つかった。
三度目も見つかった。
「……まぁ」
僕は遠い目をする。
「二度あることは三度あるっていうしね」
「それ、三回目までやった人が言う台詞じゃないですよ」
「アキラ、そこは黙ってて」
こうして僕の『攻略対象たちを遠くから眺めて楽しむ計画』は、見事に崩れ去った。
積み上げてきた計画が、ドミノみたいに一瞬で倒れていったのだ。
それどころか。
僕が彼らを観察していることに興味を持たれ。
話すようになり。
一緒にいる時間が増えて。
気づけば──。
本来ヒロインへ向けられるはずだった興味の矢印が、僕へ向いていた。
「…………」
僕は三人を眺める。
渡会雲雀。
四季凪アキラ。
セラフダズルガーデン。
ゲームの中では、三人ともヒロインと結ばれるはずだった。
それぞれに用意されたルートがあり。
それぞれに用意されたイベントがあり。
それぞれに、物語の終着点があった。
なのに今、その三人が僕の周りにいる。
まるで、本来通るはずだった物語のレールから、僕だけが脱線してしまったみたいに。
……いや。
もしかすると。
脱線したのは僕だけじゃない。
この世界そのものが、いつの間にか別の線路を走り始めているのかもしれない。
「……まぁ」
僕は小さく息を吐いた。
「これはこれで、悪くないのかもな」
「何がです?」
「秘密」
「「「?」」」
三人が揃って首を傾げる。
その姿が妙に可笑しくて、僕は思わず笑った。
──ただし。
この時の僕は、まだ気づいていなかった。
僕が『当て馬キャラ』として知っていた物語は、もう存在しない。
僕の知っているシナリオは、ページをめくるたびに書き換えられている。
そして──。
この世界で一番シナリオから外れているのは、どうやら僕自身らしい。
だからと言ってまだヒロインと攻略対象の恋を飽きらめた訳じゃないけどね?!
続きます。
コメント
1件
読み終えたよ!「俺、モブでいいや」って思ってたのに気づいたら当て馬キャラになってて、しかも攻略対象たちからガッツリ狙われてるの面白すぎるww セラの膝の上に座らされてる主人公の困惑とツッコミが最高にキレてて笑った。アキラの「監視じゃなくて見守り」も雲雀の「嫌だから」もキャラの個性がしっかり出てて、この3人の距離感バグがたまらん。原作ファンとしてニヤニヤしながら読んだわ。続き気になる!