テラーノベル
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『仮面を追うのだ。その先には真実がある。
貴様の求めている、無き記憶の真相も』
夢の男はそう言っていたが――――
「……追えって言われてもよ」
朝のHRの開始を告げる鐘が鳴り、クラスメイトたちが次々に席へ着いていく。
他のクラスから来た奴らに朝から囲まれていた勝人は、少し遅れてやってきた。どうやらあの様子では、昨日の盛り上がりは未だ冷めやらぬようだ。
隣に座る仁が、勝人を見て歯ぎしりしながらこちらに身を寄せてくる。
「おはよう、煌。 勝人のやつ、人気で羨ましいよな」
「羨ましい? 意外だな、仁はそこまで承認欲求が強いタイプだとは思っていなかったが」
「違う、なりたいのはただの人気者じゃない。 女の子に注目されたいんだよ! 欠片も女っ気が無かった勝人が、たった一日であの様子だ。 本当に六連勝を達成したら、もっとすごいことになるだろう。 それを想うと、羨ましいなあと」
「お前ってやつは、何とも悲しい奴だな」
昨日の400メートル一本勝負の後、生徒たちの反応は二極化していた。
つまらない学校生活の中で熱狂できるものを探し、例の事件の影響で圧迫された鬱憤を晴らしたい者の多くは、勝人に期待し、次の試合先はどこの部活だいつにやるんだと噂立てている。
対して、興味のない者を抜いた残りの生徒たちの多くは、勝人の活躍より『失踪の六戦目』のオカルト噂に凝っていた。
”伝説通り、失踪事件は起きるのか?”
仁曰く、過去に部活破りの五連勝を達成したとされているとある男子生徒は、六戦目を目前にして、突如として失踪したという。
そんな突拍子もない怪事件が実際に起きたのかどうかは、詳しく調べたことがないので、肝心の真偽こそ不明だが(なんてったってソースは偏った情報ばかり好んで集める仁だしな……)、問題は話題性の高さにある。
この学校ではそんな不可解な失踪事件が、有名な学園七不思議のひとつとして語り継がれているらしい。
そして数年越しに、再び五連勝の伝説を達成した者が現れた。それが勝人だった。
そのため生徒の半数近くは、それが明らかに悪趣味な興味と理解していようと「勝人は失踪するのか否か」なんていう、非常に第三者的で無責任な衝動に駆られているようだった。
「そういえば聞いたかい? 勝人にSPがつくらしい」
「なんだよ、それ」
「風紀委員会のことさ。 しばらくの間、スクールタイム中の休み時間は常に、風紀委員が交代で勝人のガードにつくらしい」
大袈裟な、とオレが返す前に仁は続けて、
「風紀委員も面白い奇策を思いついたものだよ。 彼らはこの学校の嫌われ役だからね、最近じゃ博物館の件で警戒も強くなっているし、ここらで印象回復のイベントを用意しなくてはと必死なんだろう」
「どうして風紀委員が勝人のSPをやると、印象アップになるんだよ?」
「想像してみなよ、五連勝伝説は言ってしまえば、臨時のプチ体育祭みたいなものだよね? 祭りごとだよ。 失踪の六戦目の噂だって、みんな有り得ないとわかっていながら話題を持ち上げている。 そう、みんなエンタメでこのイベントを楽しんでいるんだ。 それなのに風紀委員だけが真面目ぶって、自らをSPだなんて名乗って、勝人のことを要人護衛していたら、シリアスギャグみたいじゃないか! そんな様子を見たら、風紀委員もただのお堅い奴らの集まりじゃないって印象付けが出来るだろ? ああ、せっかくなら、黒いサングラスと無線機をベルトに繋いでたらもっと最高だな」
少し想像してみたが、あまりにも馬鹿馬鹿しくてシュールだ。
「いつも他生徒たちに校則を教えつけ、遅刻を取り締まり、チクリ魔とも呼ばれる役目を負っている彼らも、あくまで僕らと同じ一介の学生というわけだね」
「勝人が神隠しに合わないよう、手を繋いで登下校するレベルまでやってくれるなら笑えるな」
「お、煌が冗句を言うなんてね。 今日は相当気分が良いみたいだ」
気分が良い、といえばそうなのかもしれない。
あの博物館の一件以降、悩みの種であった頭痛がかなり弱まっていた。
低気圧だのストレスだの、記憶喪失の影響だの、医者には以前、頭痛の波について色々と理由を語られたが、ここまで痛みが弱くなったのは憶えている限り初めてだ。
その影響もあり、睡眠時間も増えた。今朝も妹の理紗にキスされかけて起こされた時、いつもより目のくまが薄いと言われたばかりだ。
体調は快方に向かっている。
これまで過去の記憶を思い出そうとすると、毎度必ず、海馬が途端に霧がかり、頭痛が立ちはだかっていた。
痛みが思考力を鈍らせ、脳内の辻褄合わせを中止させようと邪魔立てる。そうなっては為す術もなく、記憶の森の探索は打ち止めざるを得なかった。
しかし、もしもこの調子で痛みがなくなれば。
森の深部に足を踏み入れ、忘却したはずの記憶を引きずり出す好機が訪れるかもしれない。
「ところでさ……」
仁が廊下の方を気にしながら話し始める。
「先生、HRなのに全然来ないね。 いつもなら鐘ぴったりなのに」
「すぐに来るだろう」
気にせず机にしまっておいた小説を取り出し、挟み込まれた栞のページを開く。
クラスメイト達ももざわざわと喋りはじめ、机に突っ伏して眠りに着こうとする者や、遂には立ち上がって別の机に寄る者まで現れた。
学生にとって、先生がいない時間は例え授業中であろうと常に、イコール自由時間に他ならないのだ。
数行ほど読み進めてページをめくる頃に、オレと仁の席の間を遮るようにして、人影が立ち止まった。
本を読む目を横へ向けると、白シャツ越しでもわかる細い腕になで肩の包帯女、野崎が無言でこちらを覗いていた。
「……煌」
「何だよ、野崎」
まさかこいつが、隙あらば席を立って知り合いに寄って雑談を仕掛けてくるようなタイプだとは思わなかった。
先日は、私の芸術を侮辱しやがって、とか何とか言っていたし、てっきり嫌われているものだと。
「…………」
野崎は何も言わない。
無言のまま、包帯だらけの手に握られていた小さな紙くずをこちらへ放り、ハンドジェスチャーで開けと命令される。
なんなんだこいつは、という想いを一旦伏せ、ぐしゃぐしゃの紙くずを広げると、シワだらけに湾曲した文章が書き込まれていた。
”例の刑事に盗聴器など
つけられていないでしょうか”
……どうして敬語?
しかも、とてつもなく丸文字。
いつも横暴な野崎が書いたと思うと意外すぎる。
いや、あんな一方的な暴力の如き話し方を文章上でも展開されるのは、読みずらいし逆に違和感が強いかもな。とすると、彼女の選択したとおり、文字上は敬語で間違いはないのかもしれない。
ただあまりにも衝撃的で、気になってしまった。
野崎にもこういう一面があるんだなあ。
「……返事は」
「そんなもの、つけられてるわけないだろ」
「絶対にか?」
「確かめたわけじゃないから断言はできないけど、ちょうど昨日、制服にアイロンをかけたんだ」
野崎はポケットからボールペンを取り出して、オレから取り上げた紙に加筆しはじめる。
”鞄や靴は確認されましたか?
先日、刑事は私たちと会う前に
調査のため校内を徘徊していましたから、
机なども要注意ですよ”
「おい、流石にそんなの分かんねえよ!」
「大切なことだ、それくらいチェックしておきなよ。 本当に警戒心のない……、まあいい」
野崎は広げていた紙をぐしゃりと掴み、力任せに半分ずつに引きちぎりながら、
「感じないか?」
「何をだよ」
「そうか、やはり君は『特例』だな……。 ただの鈍感かもしれないけれどね」
『特例』?
野崎がオレのことをそう呼ぶのは、教室なんかでは話すわけにはいかない、仮面の権能だのの話の時だけだ。
野崎は夏の暑苦しさを気にもとめず、上半身をオレの肩にぴったりとくっつけて、耳元に小声を寄せてきた。
「『仮面の引力』だ。 近くで、いや、この校内で、仮面の権能が執行されているのを感じる」
「は……っ?」
権能だって?
この学校の中で?
誰がそんなことを、と思ったが、この学校には一人だけ思い当たる男がいる。
陸上部のエース、御山秀次郎。
彼には、昨日の決闘で仮面持ちの疑いがかかっている。
「君も御山を疑うだろうが、どうやら御山ではないようだ。 あの競走の時に感じた『引力』と限りなく似てはいるが、確実に違う波長を感じる」
「どういうことだよ、御山に似てるって」
「サア、私にもよくわからないけどね、御山とは別の仮面持ちが校内にいることは確かだ。 しかも……」
と、野崎は一呼吸を置いて、
「数分前から、何十回も『引力』の発生を感じている。 権能の執行者は、連続して仮面を使用しているようだ。 大胆にもね。 恐らく、大規模な影響を与える何かが……、私たちの知らないところで起きている」
野崎の言う『仮面の引力』とやらを、オレは一切感じていない。
勿論、オレは仮面も権能も持っていないのだから当然なのだが、仮面持ちと信じてやまない野崎は、オレも『引力』を感じて当然といったふうに話しかけてくる。
「あんたでもなく、御山でもないとなると、あんたのとこの仲間じゃないのか」
「監視官である私に、この学校で作戦を決行するんて情報は聞かされていない。 つまり、この権能の主は『少数派』でも、御山でもない。 未知の仮面持ちが近くまで来ているぞ」
野崎は、他の仮面持ちの存在についてこう語っていた。
”仮面を持つ者は私たち『少数派』であれ、
君のような『特例』であれ、
それなりの理由を背負っている。
中には他の仮面持ちの存在を、
快く思わない輩がいることも分かっている”
急に廊下際に座る勝人が立ち上がった。
「なー、さすがに遅えしよ、職員室まで先生呼んでくるわ」
「えー、かっつんー、もうちょっと待ってようよお」
「後からどうして呼びに来なかったってドヤされんのもダリィだろ、行ってくらあ」
そう残して、すぐに勝人は教室から出て行ってしまった。
勝人のアクションで一瞬静まった教室だったが、すぐに賑やかさを取り戻す。
その流れに乗って、仁が口を開いた。
「やあ野崎さん。 僕さ、野崎さんに聞きたいことあったんだよね」
「……どうも仁君、おはよう。 聞きたいことって?」
「野崎さんの前の学校ってどんなところだったの? 確か自己紹介で美術が好きだって言ってたよね、ということは美術系のところだったりするの?」
「あの早口の自己紹介をよく憶えていたね、その通り。 美術専の学校にいたよ」
「なんて名前のところ? 部活とかは入っていたりした?」
「サア、憶えていない。 階段で転んでこの頭の怪我をした時に全部忘れちまったよ」
野崎がまた適当なホラを吹いている。
流石の仁も、この対応には苦笑いだ。
「雑な対応で悪いね、今日は少し体調が悪いんだ。 HRが始まる前に保健室に行っておくとするよ」
「わ、わかった。 保健室が何処かわかる? もしわからないようだったら、僕が一緒に」
「大丈夫。 ちょうど今、煌に連れて行ってもらう話をしていたところだったんだ」
「えっ、オレ?」
この馬鹿、といったふうな目と小声で、
「『引力』の源を探しに行くんだよ、話を合わせてくれ」
「オレも一緒に探しに行くのか!?」
「当然だ、他に誰がいるっていうんだい? 私は君に、他の仮面持ちの存在を疎ましく思う攻撃的な者もいることを伝えたけどね、そんなやつが仮面持ちではない一般人に危害を加えない保証はないんだ。 それに、既に権能は執行されている。 早期のうちにその執行者と、執行された権能の詳細を特定しておかなければ、君の友人たちだって巻き込まれるかもしれないんだよ?」
「それは分かるけどよ、お前が一人でやってくれりゃいいだろ。 オレだって仮面なんてのには関係がない一般人だ」
「いいや、君は私たちと同じ、仮面持ちだ。 何らかの権能を持っている。 そうでもなきゃあ、あの時見せた、私の『爆弾作り』の作品を粉々にするなんて芸当が出来るわけがない」
「知らねえよ! オレには仮面持ちなら感じられるっつー『引力』とやらも感じねえし、あんたの見込み違いだ、巻き込むなよ 」
「ハア、君ってやつは……!」
なんて、野崎と小声でいがみ合っていた真っ最中だった。
廊下の奥から大きな叫び声が聞こえてきて、教室の時が止まったのは。
「っ、今のは……?」
すぐに沢山の廊下を走る音が教室まで届き、何だどうしたと立ち上がったクラスメイトたちが、屋内窓や扉から首を出して廊下を覗く。
誰も状況を理解出来ていない様子だったが、次に廊下にこだました声で、フロアは騒然とすることとなる。
「逃げて!! せ、先生たちがっ、みんなを食べてる!」
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