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9
「涼ちゃん!!」
モトキが飛び出す。
床が砕ける。
狼の爪が零号体へ振り下ろされる――
だが。
「……っ!?」
当たらない。
零号体は涼架の髪を掴んだまま、音もなく後ろへ滑った。
速い。
人間の動きじゃない。
ヒロトの猫耳が震える。
見えているのに、身体が追いつかない。
零号体は涼架の髪へ顔を埋めるみたいに近づいた。
『……におい、おなじ』
涼架の呼吸が止まる。
冷たい。
肌が。
体温が、生き物じゃないみたいに低い。
「……離して」
涼架が掠れた声を出す。
零号体は、ゆっくり瞬きをした。
赤い片目が細まる。
『なんで?』
本当に分からないみたいな声だった。
『りょーか、やさしかった』
モトキが唸る。
「涼ちゃんから離れろ」
零号体が初めてモトキを見る。
じ、と。
獲物を見るみたいな目。
『……おおかみ』
「……」
『それ、りょーかの』
空気が凍った。
モトキの瞳が細くなる。
零号体は首を傾げる。
『なんで、さわってるの』
その声に、奇妙な独占欲が滲んでいた。
涼架は顔を青ざめさせる。
「モトキ、刺激しないで」
「でも」
「お願い」
その声に、モトキは歯を食いしばった。
悔しそうに拳を握る。
零号体はそれを見て笑った。
子供みたいな、無邪気な笑顔。
でも。
そこには人間らしい温度が何もない。
『りょーか』
零号体が嬉しそうに言う。
『あそびにきた』
ヒロトの背筋に寒気が走る。
遊び。
この化け物にとって、人を壊すことはその程度なのか。
涼架はゆっくり呼吸を整えた。
恐怖を押し込める。
「……なんでここにいるの」
零号体は少し考える仕草をした。
『わかんない』
「……」
『きづいたら、いた』
記憶が曖昧なのだ。
壊れている。
人格も、時間感覚も。
でも。
“涼架だけ”は覚えている。
それが余計に恐ろしかった。
零号体はふと、涼架の頬へ触れる。
冷たい指。
モトキの尻尾が逆立つ。
『りょーか、ないてる』
涼架は気づかなかった。
頬を涙が伝っていた。
十五年前。
隔離室のガラス越し。
何度も、この子を見ていた。
泣きながら暴れる姿も。
鎮静剤で動けなくなる姿も。
全部。
見ていた。
なのに
助けられなかった。
零号体は涙を見て、不思議そうに眉を寄せる。
『いたい?』
「……違う」
『かなしい?』
涼架は答えられない。
すると。
零号体は突然、涼架へ抱きついた。
ヒロトが息を呑む。
モトキが一歩踏み出す。
だが動けない。
下手に刺激すれば、涼架が危ない。
零号体は細い腕で涼架を抱え込み、小さく呟いた。
『じゃあ、ころす』
空気が凍る。
『かなしいの、なくなるまで』
その瞬間。
モトキの理性が切れた。
「触るなァッ!!」
轟音。
狼の身体能力が限界まで跳ね上がる。
今度は見えた。
零号体の動き。
モトキの拳が零号体を壁へ叩き飛ばす。
家が揺れる。
壁板が砕け散る。
ヒロトが目を見開いた。
モトキの目が、完全に獣になっている。
牙。
爪。
息遣い。
怒り。
全部が剥き出しだった。
「涼ちゃんに」
低い唸り声。
「勝手に触んな」
零号体は瓦礫の中でゆっくり起き上がる。
口元が裂けていた。
だが。
次の瞬間には、肉が蠢いて塞がっていく。
ヒロトの顔が青ざめる。
「……治ってる」
零号体は自分の頬を触り、きょとんとした。
それから。
嬉しそうに笑う。
『おおかみ、つよい』
モトキが地面を蹴る。
だが。
その前に、涼架が叫んだ。
「モトキ、ダメ!!」
モトキが止まる。
涼架は震える声で言った。
「殺せない」
「この子は……被害者なんだよ」
零号体が、ゆっくり涼架を見る。
赤い目が細まる。
『……ひがいしゃ?』
その単語を知らないみたいに。
首を傾げた。
コメント
1件
おお…零号体の「りょーか、やさしかった」が刺さりすぎた。記憶壊れてるのに涼架だけ覚えてるの、怖いんだけど切ないな。モトキの「触るなァッ!!」の怒り爆発シーンは鳥肌立ったわ。でも涼架が「♡♡♡ない、被害者なんだよ」って叫ぶところで一気に世界観変わった。この子、敵なのか味方なのか…続き気になりすぎる🔥